(承前)第二夜「ジークフリート」一日目の公演の評が載っていた。歌手の調子もあって、二日目とはフィンケへの評価は控え目なようだが、管弦楽へのつまりキリル・ペトレンコへの賞賛と、アンドレアス・クリーゲンブルク演出の効果に関しては正しい。
但しそこでは、その陰影に富んだ響きやプリズムを通されたような音色、瞬時の色変化をして、額縁に収まったようなワーグネリアンの幾らかが喜ぶようなルーティンな喧しくフェットな音がこの偉大な国立管弦楽団からは一切響かないと評する。それは、その劇内容に想起され、コメントし、対照化される殆ど実験音楽である素材をペトレンコは示しているということになる。
その一つとしての森の囁きであり、一幕での弦のクラスターと同じように、上の言及の具体例とされてもよいだろう。二場ではそこに旋律が乗ってくる訳だが、ソロヴァイオリンのオブリガートから管楽器間での鳥の囀りの呼応があって、フライヤの動機由来の三連符など出て来る。それが丁度その前のミーメとジークフリートとのディアローグに対応する形となって、その歌における受け渡しの秀逸さが、ここに改めて楽器間の受け渡しとして呼応してくる。恐らくここは楽匠が書いた最も美しい場面であると思うが、正しいテムポをしっかりと刻んで、そこに各々の奏者が制御されたソロを披露しないとこの場面が活きてこない。一幕では一番のホルンにはいつもと違うおじさんが座っていたので訝ると、二幕からはいつものデングラーが座った。舞台裏での吹奏での移動なのだろう。勿論ここでのソロなどは、注意して目指す響きを出すだけなのだが、やはり声に寄り添うような響きは格別であり、交響楽団の響きではこうした効果は出ないと改めて思う。今回は第二夜までは目立つ音外しは「ラインの黄金」のフィナーレのトラムペットぐらいでその他は万全に進んでいる。
一場におけるファーフナーの登場も演出上とても目立つ舞台仕掛けなのだが、信頼のおける舞台職人であるアンドレアス・クリーゲンブルクが、敢えてバスのファーフナーを上から歌わせたことを聞き逃してはならないだろう。これを、新聞にあるように効果とみるか、四部作創作の核心へと迫るかの評価の仕方で大きな違いだろう。なるほどポストモダーン的な舞台解決とするのは正しいかもしれないが、そこで思考を停止してしまうとこの作品への理解は特に音楽的には深まらないと思う。蛇足乍ら新制作としてこれを指揮したケント・ナガノの音楽ではそこまでは深まらないことは確かで、殆どファンでもあるだけに、天才というものが存在する世界ではあれだけの超一流オペラ指揮者が哀れにさえ見えるのである。
三場におけるミーメ、アルベリヒ、ジークフリートの絡みとの並行関係が管楽器におけるそれにも表れていて、ペトレンコ指揮の技術的な秀逸がそのアゴーギクとリズムの組み合わせにも明らかだ。チェロが柔らかな音色でカンタービレで歌いと、カラヤン指揮の抒情的なベルリンのフィルハーモニカーのスタディオ録音でも到底出来なかった細かで豊富なニュアンスで、そして一際ダイナミックを下げながら終えるフィナーレまでの流れは神業であった。
それゆえに、三幕での演奏が、到底座付き管弦楽団ではとても実現不可能な次元である限界を改めて認識させたと述べておこう。なによりも不満が大きかったのは例のハイライトへと繋がる山なりの一節がクリーゲンブルクの演出のフォイルの漣の雑音にマスキングされてしまったことで、これは看過できなかった。ペトレンコは、少なくとも再演として、それを受け入れた訳だ。もし舞台一杯に広がる透明フォイルを他の材料で調達しようとしたら可成りの費用が予想されたのでもあろうが、音楽的にこれを受け入れたことも留意しておく。いかんせん、この三楽章の大変奏曲のような音楽はベルリンのフィルハーモニカーとのバーデンバーデン公演を待つしかない。バイロイトでも独占的に行わなければ難しく、これだけの精度を要求するとなると殆ど演奏不可能な感じさえする楽譜である。何時かの楽しみに仕舞っておくべき三幕である。
まさしく、南ドイツ新聞の見出しにあるように、そこで「ごっついフィナーレはまだこれからじゃ」となる。このように恐るべき舞台祝祭劇の上演となって来ている。木曜日に第一日目となるが、その第三夜に関してはお勉強を始めると同時に、2015年の印象を下ろしてきて夢想することになる。その時のダイナミックの頂点は「ジークフリートの死」にあった訳だが、それは今回も変わらないだろう。それを思い出すだけで胸の動機が高まる思いだが、楽譜を最初から最後まで見てそのダイナミックの音楽的な根拠が読み取れるだろうか。少なくとも最初の「三人のノルン」や「ラインへの旅」のそれは分かっている心算だ。
当日の観客の反響は、第一夜「ヴァルキューレ」に比較して、より多くの人が数回後のカーテンコールでも残っていた ― 平土間前半の人々がそこまで熱心に喝采するのは珍しい。同じ回数で第一夜には二ケタだったのが、第二夜には三桁以上の人が残っていて、それも300人を軽く超えていたかもしれない。その後いつものように二回続いたのだが、私は前夜祭と同じく最後の最後は駐車場に急ぐべくロージュまで降りていた。
参照:
Das dicke Ende kommt noch, Harald Eggebrecht, SZ vom 1.2.2018
生という運動の環境 2018-02-03 | アウトドーア・環境
予定調和ではない破局 2018-01-31 | 文化一般
但しそこでは、その陰影に富んだ響きやプリズムを通されたような音色、瞬時の色変化をして、額縁に収まったようなワーグネリアンの幾らかが喜ぶようなルーティンな喧しくフェットな音がこの偉大な国立管弦楽団からは一切響かないと評する。それは、その劇内容に想起され、コメントし、対照化される殆ど実験音楽である素材をペトレンコは示しているということになる。
その一つとしての森の囁きであり、一幕での弦のクラスターと同じように、上の言及の具体例とされてもよいだろう。二場ではそこに旋律が乗ってくる訳だが、ソロヴァイオリンのオブリガートから管楽器間での鳥の囀りの呼応があって、フライヤの動機由来の三連符など出て来る。それが丁度その前のミーメとジークフリートとのディアローグに対応する形となって、その歌における受け渡しの秀逸さが、ここに改めて楽器間の受け渡しとして呼応してくる。恐らくここは楽匠が書いた最も美しい場面であると思うが、正しいテムポをしっかりと刻んで、そこに各々の奏者が制御されたソロを披露しないとこの場面が活きてこない。一幕では一番のホルンにはいつもと違うおじさんが座っていたので訝ると、二幕からはいつものデングラーが座った。舞台裏での吹奏での移動なのだろう。勿論ここでのソロなどは、注意して目指す響きを出すだけなのだが、やはり声に寄り添うような響きは格別であり、交響楽団の響きではこうした効果は出ないと改めて思う。今回は第二夜までは目立つ音外しは「ラインの黄金」のフィナーレのトラムペットぐらいでその他は万全に進んでいる。
一場におけるファーフナーの登場も演出上とても目立つ舞台仕掛けなのだが、信頼のおける舞台職人であるアンドレアス・クリーゲンブルクが、敢えてバスのファーフナーを上から歌わせたことを聞き逃してはならないだろう。これを、新聞にあるように効果とみるか、四部作創作の核心へと迫るかの評価の仕方で大きな違いだろう。なるほどポストモダーン的な舞台解決とするのは正しいかもしれないが、そこで思考を停止してしまうとこの作品への理解は特に音楽的には深まらないと思う。蛇足乍ら新制作としてこれを指揮したケント・ナガノの音楽ではそこまでは深まらないことは確かで、殆どファンでもあるだけに、天才というものが存在する世界ではあれだけの超一流オペラ指揮者が哀れにさえ見えるのである。
三場におけるミーメ、アルベリヒ、ジークフリートの絡みとの並行関係が管楽器におけるそれにも表れていて、ペトレンコ指揮の技術的な秀逸がそのアゴーギクとリズムの組み合わせにも明らかだ。チェロが柔らかな音色でカンタービレで歌いと、カラヤン指揮の抒情的なベルリンのフィルハーモニカーのスタディオ録音でも到底出来なかった細かで豊富なニュアンスで、そして一際ダイナミックを下げながら終えるフィナーレまでの流れは神業であった。
それゆえに、三幕での演奏が、到底座付き管弦楽団ではとても実現不可能な次元である限界を改めて認識させたと述べておこう。なによりも不満が大きかったのは例のハイライトへと繋がる山なりの一節がクリーゲンブルクの演出のフォイルの漣の雑音にマスキングされてしまったことで、これは看過できなかった。ペトレンコは、少なくとも再演として、それを受け入れた訳だ。もし舞台一杯に広がる透明フォイルを他の材料で調達しようとしたら可成りの費用が予想されたのでもあろうが、音楽的にこれを受け入れたことも留意しておく。いかんせん、この三楽章の大変奏曲のような音楽はベルリンのフィルハーモニカーとのバーデンバーデン公演を待つしかない。バイロイトでも独占的に行わなければ難しく、これだけの精度を要求するとなると殆ど演奏不可能な感じさえする楽譜である。何時かの楽しみに仕舞っておくべき三幕である。
まさしく、南ドイツ新聞の見出しにあるように、そこで「ごっついフィナーレはまだこれからじゃ」となる。このように恐るべき舞台祝祭劇の上演となって来ている。木曜日に第一日目となるが、その第三夜に関してはお勉強を始めると同時に、2015年の印象を下ろしてきて夢想することになる。その時のダイナミックの頂点は「ジークフリートの死」にあった訳だが、それは今回も変わらないだろう。それを思い出すだけで胸の動機が高まる思いだが、楽譜を最初から最後まで見てそのダイナミックの音楽的な根拠が読み取れるだろうか。少なくとも最初の「三人のノルン」や「ラインへの旅」のそれは分かっている心算だ。
当日の観客の反響は、第一夜「ヴァルキューレ」に比較して、より多くの人が数回後のカーテンコールでも残っていた ― 平土間前半の人々がそこまで熱心に喝采するのは珍しい。同じ回数で第一夜には二ケタだったのが、第二夜には三桁以上の人が残っていて、それも300人を軽く超えていたかもしれない。その後いつものように二回続いたのだが、私は前夜祭と同じく最後の最後は駐車場に急ぐべくロージュまで降りていた。
参照:
Das dicke Ende kommt noch, Harald Eggebrecht, SZ vom 1.2.2018
生という運動の環境 2018-02-03 | アウトドーア・環境
予定調和ではない破局 2018-01-31 | 文化一般