Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

需要の大きさに拘わらず

2018-10-11 | 文化一般
午前中時間があったので並んでみた。12月10日の「オテロ」公演の前売りである。気が付いた時は丁度いい時刻だと思ったが、結局ランダムで1183番しか貰えなかった。当日の件は先に入手しているので冷やかしでしかないが、色々と勉強になった。始まってから35分程で完売となった。最初のランダムの計算も三十秒以上時間が掛かっていた。約1500人ぐらいが並んでいたようだ。つまり競争率は五倍ぐらいになる。想定以上の可成りの競争率だ。

券の割り当て数とか、その実際とかある程度分かっている心算なのだが、その演目や日程による需要の差などはまだ分からないところもある。それにしても243ユーロとか143ユーロとかが飛んで行く様に売れるのには驚く。それどころか16ユーロもする楽譜席と称する何も見えない席まで完売だ。

これは「オテロ」人気なのか、ヨーナス・カウフマンか、アニヤ・ハルテロスか、キリル・ペトレンコかは分らないが、全般に注目度が高いのだろう。システムは問題なく作動しているようで、その点は安心した。30分経過後には殆どの大勢が決まっているので、泣いても笑ってもそこまでの勝負だ。以前のように前夜や早朝から試す必要が無くなっただけでも良しとすべきか。やはり初日シリーズは厳しい。2016年の「ルル」初日が発売後に、60ユーロほどの比較的良い席を分けて貰ったのと大違いである。

デアターゲスシュピーゲル紙でツェッチマン支配人が語っている。この夏のフィルハーモニカーのツアーを終えての感想である。正式就任まで一年もあるのにも拘らず、フィルハーモニカーも芸術的な限界域へと操舵を進めるまでの意識を共有するに至ったことと、それを観客も感じ取れたことが素晴らしかったと話す。またペトレンコの指導で、毎日が新たな芸術的な深化へ細部へ完成度へと、会場でのサウンドチェックで以って、既に慣れた会場もあったにせよ、新たな可能性を引き出して、ペトレンコ自身とても楽しんでいたとする。繰り返すことも無い、我々が生で、放送で追いかけた通りそのままである。

そこからが面白くて、2019年4月末に発表されるシーズンプログラムへと話題が移る。重点として、ペトレンコ自身が、ラトル時代の16年間のレパートリーに目を通して、抜け落ちが殆ど無かったが、それでもバルトルディー・メンデルスゾーンがあまり演奏されていなく、将来に亘って取り上げられるものとした。当然のことながらロシアの作品もより多く演奏されるだろうとしている。勿論メインレパートリーのモーツァルトからブラームス、シュトラウスも名が挙げられる。

その一方、とても評判の良かったベートーヴェンなどはツィクスルの予定は無く、精々交響曲年一つ位づつのようだ。七番、九番、三番ぐらいの順になるのだろうか。モーツァルトが挙げられたことに注目したい。モーツァルト指揮者ではないと自認しているようだが、ピアノ協奏曲を中心に継続的に取り上げられるのだろうか?

もう一つ重要なのは、フィルハーモニカー財団へ連邦政府から7.5ミリオンの予算へと増額されたが、ベルリン市が減額したために1.8ミリオンの増額にとどまった一方、その予算執行裁定の自由度が増したことである。これによって、ポーランドなどのように、日米の豊かな市場とは比較にならない市場で、安価にフィルハーモニカーの演奏会を行えるという。要するに二年に一度のブカレストのみならず更に多くの国で演奏会が開かれて、連邦共和国の文化大使としての位置づけが高まることになる。大変素晴らしいことだと思う ― 今日の連邦共和国を体現して貰いたい。

日曜日のゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会評がルントシャウ紙に出ている。読んだことのある書き手であるが、短い中で報告している。マーラーのゆりかごのようなヴァルツァーでうっとりして、チャイコフスキーでは柔らかな音色でと自信なさげに書いている ― 簡単には評論家に教えない企業秘密なのである。しかし何よりも新曲のアンドリス・ズェニティス作「マラ」について比較的詳しく報じている点はとても評価したい。なるほど彼女の書くようにこれだけの大編成の新曲が二つの交響楽団で演奏されるのはとても幸運であるのは間違いない。そして、あれだけの高品質で演奏されるなんて、ショットの販売力があっても、リームでさえもなかなか叶わない。この点だけでも、その舞台捌きなどはぎこちないアンドリス・ネルゾンズであるが ― それに引き換えシャイと言われるペトレンコなどはその舞台捌きは堂に入っていて、パーヴォ様どころか熱心なお客さんへの流し目も忘れない ―、その中々いいセンスと熱心さが伝わって、大関昇格推挙でもしてみようという気にさせた。やるじゃない。



参照:
„Wir können jetzt freier denken“, Andrea Zietzschmann, Der Tagesspiegel vom 9.10.2018
Großformat und Wiegemodus, Judith von Sternburg, Frankfurter Rundschau vom 10.10.2018
大関昇進を目指せ 2018-10-10 | 音
飛んで火にいる夏の虫 2018-09-16 | 雑感
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