Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

呼び寄せ妻の所期の務め

2008-07-09 | 
三月に米国二世の遠縁の逝去を知ったが、この度、僅か三か月で奥さんの訃報を聞くとは思わなかった。ご主人が享年94歳であったので、14歳以上の年齢差があったとして80歳ならば、まだ若い。最後に見たクリスマスの写真が、その実年齢に比べて老けていたのは気が付いていた。だから、驚きはしなかったのだが、後を追うよう亡くなった。

戦後の早い時期に迎え日本人妻として米国に渡ったように聞いた覚えがある。二世本人が、太平洋戦争前の影響を受けて、日本で中高等教育を受けたためか、そのような形で妻帯したと思われる。その後、全米をよりよいポストを求めて渡り歩いたのは、丁度日本が戦後から高度成長を果たした時期に重なる。

そのような人生を、日本の社会などは全く脳裏に無く、夫唱婦随でセピヤ色の写真や天然色の写真に写されていた米国の豊かさを日本の親戚などより一足先に体験していたのだった。当時は、当然の事ながら太平洋港路の船旅であり、国際電話すら使い出したのは1970年ごろの頃と覚えている。

横浜から船に乗って見知らぬ土地に行くときの気持ちは如何なるものであったろう。最後まで危うい英語を使って、夫の死を看取った彼女が、孫養子を含めてありとあらゆる人種の混ざり合った多くの孫達に囲まれながらも、所期の務めを終えて成就したと感じたのは十二分に想像できる。伴侶の死後三ヶ月間、一度もその嘆きから立ち直る事はなかったらしい。

2001年9月11日に最後に会った時に、彼女に記念に買って頂いたショットグラスに、永らく切らしているスコッチの代わりに凍ったジンを注ぐ。



参照:三世紀を架ける思い出 [ 雑感 ] / 2008-03-26

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