山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

援助金の貰い方

2006-01-05 10:34:02 | 未分類過去
私の住んでいるところは東京23区内ですが、小中学校時は就学援助金をもらう手続きが非常に簡易であるということがいえると思います。要するに自治体が親切であり、学校もそういう人のことを考えて、誰にもわからないように拾い上げてくれるやり方をしてくれます。

申し込み書類は生徒全員に配り、全員から回収する形をとる。
内側に希望するかしないかを記入して提出するために、外からは誰にもわからない。
住所・名前などを書くだけで複雑な事項の記入は不要で、収入の調査などは、役所のほうでしてくれる。
支給対象であれば、自動的に銀行や郵便局に入金してくれるので、他人には知られずに受け取ることができる。

義務教育で援助を受けていた我が家は、都立高校でも減免が受けられるくらいの低収入であったかもしれませんが、高校では自ら申し出て手続きをするシステムであったため、学費が払えないような状況でもないので、長女は3年間普通に払って卒業しました。

下の子が高校になってから夫がリストラに合い、失業したため、都立高校の学費を半額免除してもらいました。このときは、さすがに家計に不安を感じました。
高校では、小中学校より手続きがたいへんでした。

まず、希望者は自分で高校まで行って用紙をもらわなければならないことです。子供は毎日通っているので、子供がもらいに行くことはできるのですが、同級生などにそんなことを知られたくはないはずです。ですから、私がパートの合間に時間を作ってとりに行きました。

それから、収入を証明できる書類を家族全員分そろえました。
夫は失業給付を受けているという証明。
私は1月から転職していたので、2~4月分の給料証明を会社に書いてもらうようにとのことでしたが、これには困りました。前年の11月頃試験を受けて入った会社ですが、そこの雰囲気としては、夫がちゃんとした仕事をしていて夫の収入で食べていける素性のあやしくない主婦を雇いたいという感じだったのです。
試用期間3ヶ月が終わってすぐに、夫が失業中で子どもの学費を免除してもらうための書類を書いてくれなどとはとても頼めないと思いました。その書類には「都立高校授業料減免願い」とかいう書類名がついていて、そこに会社で記入してもらう形になっています。用途を隠して書いてもらうことはできないのです。
そのことを高校に伝えると給料明細書のコピーでもいいということでそれで済ませました。

つぎの問題は大学生の長女の収入でした。18歳を過ぎている場合、大人と同様に収入額を証明しなければいけないそうなのです。
長女はバイトをしていますが、学校の授業がない期間は収入が多くなり、試験期間中などはほとんど収入がなくなります。また、数ヶ月置きにバイト先を変わったり掛け持ちしたりで、決まった職場で安定した収入を得ているわけではありません。
3月でやめたところから給料証明をもらったりするのも大変だし、そのような証明で今後の収入予測をするのはほとんど意味がないといえます。

学生バイトの雇い方の特徴としては、店などは余剰人員を抱えておく方針が多いです。だから希望者がいればどんどん新人を入れて行き、一人当たりの勤務時間数を減らします。そのようにして人数を確保しておくわけです。だから、バイトは一定金額の収入が保証されないのです。週に3日入っていたバイトが、新人が増えて月に2日しか入れなかったなどということになり、新たに別の仕事を探すなどということをしているわけです。

そんな状況でどう考えても長女のバイト収入が次女の学費に関係するような額ではないことは明らかなのですが、働いている限りは証明が必要なのだそうです。
逆に働いていなければ妻であろうと18歳以上の兄弟であろうと、なんら証明する必要はないのだそうです。たしかに職場がないんだから証明のしようはないわけですが、これでは怠け者のほうが簡単に援助してもらえるということになります。

でも、普通、夫が失業して家族が働かないなどということがあるわけがないではありませんか。
そして、微々たる収入の証明をするための苦労がはじまりました。

結局、長女のバイトの状況を話したところ、非課税証明書でいいということになりました。ところで、それが5月のはじめころだったのですが、非課税証明書は6月にならないと前年度のものができないので、結局提出するのは前々年度のもので、長女が高校のときのものとなりました。なんか変ですね。
まあ、それでいいというわけですからいいでしょう。
非課税証明書を役所にとりに行くと、我が子のものながら個人情報保護のために本人か又は本人の委任状がないと取れないのだそうです。
もう容易じゃありません。

でも、なんとか収入証明をそろえて提出し、めでたく?学費の減免を受けました。

私は給料明細書をコンビニでコピーして、現物をコピー機にはさんだまま忘れて来てしまい、後で取りに行ったのですがなかったです。店の人にも聞いたのですが、わからないそうです。誰かが持ち去ったということです。これこそ個人情報の流出だけど、どうなっちゃったんだろう・・・。

さまざまなことがありました。
書類を届けて、また不足書類を届けて何度か高校に足を運びました。
手続きだけでも楽じゃありません。

だから、親によってはそんな面倒なことをしないであきらめる人もいます。

学校に鉛筆を持ってこない子供、いつも上履きを履いていない子供など、小学校のとき、子供の同級生にいました。
それは、お金があるかないかじゃないと思います。
親の意識の問題です。
そんな子が、アタマを茶髪にしていたりします。

親が一日パチンコをするお金があっても、幼稚園の子供にメロンパンひとつの弁当しか持たせられない家庭があるのです。

就学援助を受けている子と、見た目が貧乏な子が意外に一致していない場合も多いんじゃないんでしょうか?

うちの子は就学援助を受けていましたが、そんなことは多くの人は知りません。
こつこつためたお金で海外旅行に行ったりしていたので、お金持ちだと思われていました。


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二つの考え方

2006-01-05 02:44:28 | 未分類過去
就学援助のことを書いていて、なんだか頭が支離滅裂になっています。

ひとつは、
確かに収入格差が大きくなっている社会は問題かもしれないということ。
もうひとつは、
しかし、貧しいといっても死ぬほど貧しいわけではない人が大部分であるということ。
実際に援助をもらっている人が援助をもらわなくても生きていける場合がほとんどであるといえるでしょう。

そして、そのことから、考え方が両極端に分かれるのです。

つまり、
一方に収入を我が物にして裕福な人間がいるから他方に貧乏人が生まれるので、そんな格差がおきる社会をなんとかしなくてはいけない
ともいえるし
大して困っているわけでもないのに、援助なんかをもらえるから、甘えて頑張らない人がふえるのだ
ともいえるわけです。

いったい、どっちの考えが適切なんでしょうか?

援助を受けている人が多いのは、援助をしすぎであるからとも取れるし、それだけ援助が必要な人が多くなったことを素直にとれば、多くの人の貧しさが問題となります。

じゃあ、貧しいか貧しくないか、生活が苦しいか苦しくないか、人間らしい生活かそうではないか、は、何を基準にするのでしょうか?

援助を受ける状況になるのが不平等で間違っている社会だというなら、援助という制度があって、それをうけることによって格差が埋まればそれでいいんじゃないかともいえるでしょう。

アタマ混乱です。



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就学援助について

2006-01-05 00:24:33 | 未分類過去
いつも愛読しているブログの中のいくつかに、就学援助についてのニュ-スに関して書いてあるものがありました。それは朝日新聞に載った記事らしく、東京大阪の児童で4人に1人が援助を受けているとのことです。そのことから、収入格差が激しくなり、貧しい子供が増えているという現象が見られるという結論に達するようです。

この援助、うちも受けていたものかなあと思います。
毎年、年度初めに学校で全員に書類が配られ、該当しないことがあきらかな人は「希望しない」のところにマルをつけ、希望者は必要事項を記入して、外からは中が見えない状態で提出するものがあるのですが、出すと収入の審査があって、審査が通れば援助金がいただけるという仕組みになっているものだと思います。

うちは、学用品を買うのに困るほどの低収入ではないと思ったので、最初は関係ないと思っていたのです。
しかし、近所の同級生のお母さんで、お子さんが3人いる普通の家庭の方から支給を受けていると聞き、ためにし出してみるといいと言われました。もし収入が超過していたら支給されないだけのことだからとのことです。
でも、健全な親が2人そろっている家庭で、そんな援助をしてもらうのは格好が悪いと思ったので、上の子が小学生のころはずっと「希望しない」にマルをつけて出していました。
しかし、他にももらえるものなら当然もらうわよという友人がいて、その人は審査ではずされるらしいですが、毎年「希望する」と書いて出しているとのことでした。
それで、私もやはりもらえればうれしいかなあと思い、あるとき記入してみることにしました。
うちの場合、子供は2人ですが、夫の母が特別身体障害者で扶養家族になっていました。母を扶養家族にしていて、現金が出ていくことはほとんどなかったのですが、それによって控除額が多くなるために収入が低い状況と同様になります。
それで、希望を出してみたら、就学援助がされ、いくらかの援助金が定期的に銀行口座に入金されて、それらはあっという間に生活費の足しにされ、ありがたく利用させていただくことになりました。
修学旅行費の援助もあるとのことで、おそらく申請すればいただけたのではないかと思うのですが、実際低収入とは言え、貯金をおろせば修学旅行費が払える状況でしたので遠慮しました。

この援助を受けている家庭が、学用品が買えないとか給食費が払えないとか、それほどの貧乏だと思うのは極端だと思いますが、確かにこの援助がないと苦しいと言えば苦しいです。余裕で子供を育てることはできないでしょう。援助があったからといって生活水準が上がるわけではないし、それで余裕ができるわけでもありませんが・・・。

お金持ちの人が、あたりまえに子供にかけるほどのお金はもともとかけていません。
塾や家庭教師にもお金は使いません。お年玉もほとんどあげないし、豪華な冬休みもありません。
最近、驚いたのですが、中学生が学校でスキー教室に行くのですが、そのための予習として冬休みに親が子どもをスキーに連れて行き、ある程度できるようにさせておく家庭が多いのだそうです。お金持ちの人が考える物事の最低基準というのは、貧乏人には驚くようなことばかりです。

そういうことが普通だと考える人たちから見れば、就学援助を受けている家庭は信じられないくらい貧乏だと思うかもしれませんが、援助を受けている当人たちは自分を普通の人間だと思っているわけです。

やっぱり、4人に1人のビンボーだったのか!

東京大阪という都会に支給を受けている人の割合が多いということについてですが、地域による財源と支給基準の違いにもよると思いますが、もうひとつは、都会の人間というのは面子よりも合理性を重視するからではないでしょうか。
だから、貧乏人と思われようが、とりあえずもらえるものはもらったほうがいいという考えです。地方の人は対面を気にするので、援助なんかもらわないで頑張るんじゃないでしょうか?
せっかくある介護保険制度も田舎の人は利用しない人が多いみたいです。
私の身近には大学の奨学金なんかもけっこう利用している人が多いです。
うちは今は利用していないんですが、今後利用しようと思っています。

この新聞記事で問題としていることは、援助を受ける家庭が近年急速に増えたということですね。
確かに、それは問題かもしれません。
うちの状況も以前よりさらに苦しくなっていることは確かです。
しかし、貧乏人からしてみると、生活が苦しいのはむしろ普通であり、裕福すぎる人が存在していることのほうが不自然だと思うんですよね。

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