山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

青春アミーゴ

2006-01-19 23:36:02 | 未分類過去
きょう、会社の帰りにいつものスーパーに寄ると、そのスーパーにはめずらしく、修二と彰の「青春アミーゴ」が流れていました。買物をしながらそれを聴いていたら、なんだか涙がでてきてしまうほど感動してしまいました。いい歌です。ドラマの影響もあるのか、友情というかなにか温かくなつかしい、人と人のつながりを感じるメロディーです。

このスーパーは一昨年まで私が勤めていたスーパーと同じ会社の違う支店です。
だからいつも流れている曲はだいたい共通していて、前の店で仕事中に聴いていたものばかりです。それはその本部から用意されている曲で、流行なんかは関係ない適度に明るく軽快で題名もわからないような曲です。ですから、そんな曲を聴いていると、仕事のことを思い出すくらいなもんでした。

前の店では、店長がいないときを見計らっては、大学生のバイト君が今風の曲を持ってきて流したりしていました。すると、働いている人たちは、おっ!と言う感じで喜んだものです。「開店前にはいつも流してよ」などとリクエストしていました。
もしかして、この店もそんなバイトがいるんじゃないのかなとニヤリとしてしまいました。

前の店ではときどき変な演歌なんかがかかったりしたこともあります。
品出しのときは軽快な曲がかかっているものなんですが、そこに氷川きよしの演歌なんかがかかると、なんか手がおそくなって調子がでません。
「ちょっと、趣味悪いんじゃない?調子がでないよ。」「スーパーって感じじゃないんじゃない?」などと文句を言うと、「だってレジの○○さんがかけろっていうからさあ」などと言います。「いやウソだ、レジのおばさんのせいにしてるけど実は自分の趣味に違いないわ」などと言われていました。
見かけが中年太りのおっさん風大学生だったんで。

青春アミーゴの速さだと、働くほうにとってもなかなかいいのではないでしょうか。
お客さんも喜ぶしネ。

買物を終えて、外に出て、彰と修二とノブタの3人のつながりがよかったなあとドラマを思い出しました。思えば今の自分にも腐れ縁みたいな気の合う仲間がいるにはいます。それは子供が小さいときに公園や児童館で知り合った人の中から自然にできた気の合った仲間ですが、やはりそういうのが一番気楽で疲れない存在だと思うのです。今は子供を抜きにして酒を飲みに行ったりできるようにもなりました。

学生時代の友達とはちょっと違うけれど、そういう仲間がいるのは幸せなことだなあと感じました。
考えてみればすでに20年の付き合いになっています。


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忙しい会社

2006-01-19 22:47:21 | 未分類過去
3月の年度末を前にいよいよ最後の追い込みに入ってきたようです。
昨年、私が1月に入社したときも、新人に仕事を教える暇がないというほどの忙しさで、会社の業務内容も自分の仕事の詳細も何もわからないままで、いきなり校正をまかされました。見慣れない文章で、直さなくてもいいところまで直してしまったりもしました。
仕事については、あとになってから改めて説明されるなどということもないままに、なんとなく周りの状況を察しながら社員のやり取りに耳をそばだてつつ、自分なりの解釈で今にいたっているわけです。

私が会社に行くと社員さんたちは、すでに仕事に没頭しています。そして、帰るときも同様に没頭しています。一日中パソコンを打ちつづけて文書を作っている人もいます。そして、ときどきうめいたりしています。
グループで動いている仕事もあり、だれか手が空いている人はいないかと、中堅社員が若い社員に予定を聞きながら仕事の割り振りを調整しているのですが、結局みんな沢山の仕事を抱えていて、それ以上は無理な様子。
結局、一日がかりの出張から帰ってきた夜、その人がやるしかない、などという状況になっているようです。

そんな姿を毎日見ていると、
「男は顔に汗してパンを食べ、ついには地面に返る」などという創世紀で神がアダムに向って言ったという言葉が思い出されるのでした。

私は疲れるほども働かず、家に帰りますが、それでも時間は充分にあるとは言えません。
何が趣味かと言って、おいしいものを食べる事とテレビドラマを見ることくらいですね。
だから、社員の男の人たちの中に、テニスラケットやギターなどを持ち歩いている人も見るには見ますが、ほんとうにささやかな短時間の趣味を楽しむ程度ではないかと思います。
昼休みには弁当箱を洗い、机の上で乾燥させて持ち帰る人も複数いますし、中には子供の保育園の送り迎えをしている人もいるかもしれず、家庭の事情で出張にはどうしてもいけない日などを申告している人もおり、妻の負担を減らしたり、家庭を守ったりしている様子が伺われます。

そういう夫の苦労があって、中には専業主婦をして子供の教育に力を注げる妻もあるかもしれないし、共稼ぎで家のローンを返しているひともいるのかもしれないなあなどと思うこのごろです。

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北風の強い日

2006-01-19 20:06:41 | 未分類過去
15日のぽかぽか陽気がウソのように、また真冬に戻ってしまいました。
きょうは特に風が強くて寒さが厳しいです。

会社の帰りに自転車で道路を渡ろうとするときに、いつも立ち往生する場所があります。
路地に入ったところに、中学受験の塾があるのですが、広い道に続々と自家用車がやってきては、その路地に入るところで一時停止しては小学生を下ろしていくのです。
私はそこで広い道路を渡ってその路地に入りたいのですが、進むのか止まるのかわからない車に最初の頃は翻弄されていました。
今は、多くの自家用車がそこで止まるものであり、一旦ドアが開いて子供が降りない限りは前進しないのだということを学習しました。しかし、子供を下ろしてすぐ走り出す親もいれば、手を振って見送る親、塾の中に入るまで見届ける親など様々であるために、相変わらず車の前を横断できるのかできないのかの判断に迷う毎日です。
何台かの車が立て混んで、後ろがつかえていると停車位置を前方にすすめてからとめるらしく、数台が連なって路地の入り口の付近をふさいでしまい、車が立ち去るまでは通れないこともよくあります。

ところで、このような子供の育て方は、私には無縁だなあと思うわけです。
今、貧富の差が激しくなっていると言いますが、そのようなことは以前からある程度変わっていません。お金持ちの家庭では夫の収入で充分暮せるので、奥さんが専業主婦で、小学校から帰ってきた子供に手作りのおやつなど食べさせた後、自家用車を運転し塾に送り届けるなどし、子供の教育に手間ひまとお金をかけているのでしょう。
子供は勉強もよくして、いい学校に入って、品良く賢く育つというわけでしょう。
しかし、母親が働いている場合は、子供の教育には、たとえお金はかけられたとしても、手間ひまをかけることはできません。いい塾を探している暇もないし、送り迎えをしたりはできないのです。
だから、生まれた家庭によって、子供の進路や生活習慣も必然的に決まってきます。

暑い日も寒い日も快適な温度の日も、この一年間、いつもいつも多くの子供たちが自家用車から降りてその塾に吸い込まれていくのを見てきました。

一日ひたすら働いて、北風の中を自転車で帰る私、その子供は、親同様にどこにいくにも自転車を走らせて行きます。
私立人間対公立人間の違いですね。

*  *  *  *  *

会社の帰り道に強風時には非常に危険なところがあります。
一度、ある大きなビルの前を走っていたら、前車輪が横から風を受けてあおられ、浮き上がってしまったことがありました。すごく恐かったです。自転車もろとも飛ばされるところでした。
ビル風です。 おそろしい力が働くものです。
それ以降そこは通りません。

ビル風が激しいところはそこだけでなく、毎日通るところにも高いビルがあって、ふだんから風が強いです。今朝はそこを追い風で通ったのですが、帰りは風に向って通過しようと臨んだものの、人が自転車をこぐ力では完全に前進不可能状態でした。あきらめて、100mくらい道をずらしてから別の道を北に向ったところ、問題なく走れたので、やはりビル風の強さは恐ろしいものだなあと思いました。
事故がおきないのが不思議なくらいです。

今、子供がバイトに行っているので、強風が心配です。

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掲示板の戦い

2006-01-19 00:59:25 | 未分類過去
以前、「日本語オンライン」という掲示板を毎日のように訪問していたのですが、この数ヶ月はさっと目を通すだけになりました。

最近、読んでいるとまた加熱しています。
ある外国人が自分には日本語の自信があるのだが、仕事上の日本語の応対に不備があったと日本人の上司から指摘され、それはどうしてなのかという質問から始まったのですが、日本語教師の書き込みによって自分の間違いは理解したものの、もし日本人が多少間違った日本語を使ってもそのように指摘しないのではないか、外国人だからより日本人らしい日本語を使うようにきびしく求めるのだろう、というような気持ちを消し去ることができない様子でした。

その人の書き方が、すごく人の気持ちを逆なでするような要素が強く、そのことをさらに日本人が指摘すると、また輪をかけたような返事が返され、日本人のほうもだんだん怒り狂ってきたわけで、何度かやり取りを繰り返した後に、最後には捨て台詞で決裂。そこに日本人で中立というか、外国人の見方のような人の意見も出て来て、またさらにごたごたで、ついには最初に親切に解答を寄せた日本人が、もう二度とここには登場しませんなどとまで言い放って退場して行きました。
(ざっと読んで把握した印象なので、詳細は少し違っているかもしれません)

ああ、読んでいるだけでこっちまで力が入って来てストレスがたまります。
言葉だけで人と理解し合うって言うのは本当に難しいものですね。

私も以前はそんなやりとりに加わっていたことがありますが、意見があっても、加わる事無く、傍観しているのが一番だなあと思います。



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