これは倉本聰の最後の映画脚本となる(たぶん)作品である。TVドラマで70年代から半世紀にわたって山田太一と共に第一線でドラマ界を牽引した彼の偉業は日本人なら誰だって知っている。これはそんな彼の最後の映画である。見ないわけにはいかない。
久しぶりに本木雅弘が映画に主演する。しかも共演は小泉今日子。監督は若松節朗。これは彼の監督作品であるにもかかわらずこの映画の冒頭には「作、倉本聰」というクレジットが出る。その後に『海の沈黙』というメインタイトルが出て、本編に突入する。
これは倉本さんからの最後のメッセージなのだ、と改めて思う。映画はとてもよかった。伝えたいことがしっかりこちらの胸に届く。こんなにもストレートな映画でいいのか? とは思わない。これでいいのだ。
主人公である画家(本木雅弘)は映画が始まって50分くらいまで登場しない。これも破格であろう。この幻の画家は贋作作家だった、のではない。彼の絵に対する想いが描かれる。彼を支える中井貴一演じる男が何者なのかは描かれない。そんなことはどうでもいいことだからだ。
石坂浩二演じる日本画壇を代表する作家は展示会に展示された自らの作品を贋作だと見破る。お話はそこから始まる。だけど、彼にはわかっている。この贋作は自分が描いた絵よりも遥かに優れたものだということを。
その画家はゴッホやモネ、ドガの贋作を描いた。あまりの完成度に誰もが贋作だと切り捨てることが出来ない。
彼が求めた本当の美を巡る物語は海で亡くなった両親への想いにつながる。いささかセンチメンタルな結末だが、嫌いじゃない。映画にはこのくらいの甘さはあっていいと思うからだ。さらには最期に彼が見る夢もいい。彼の描いたゴッホの贋作を見たゴッホ本人が「これを描いたのはオレだよ」と自慢げに言う。これも甘いけど。生前まるで評価されなかったゴッホの無念を知っている僕たちはそんな微笑ましい彼の嘘を受け止めてあげる。
倉本聰の渾身の一作をスタッフ、キャストが一本の映画として全力で作った。素晴らしい作品である。