深津篤史の初期作品である戯曲に橋本匡市が挑戦する。これは2020年2月に若手演出家コンクール決勝で上演された作品らしい。コロナ禍で無観客上演となった幻の作品。だから今回再演であるにも関わらず、観客は初めて劇場でこれを見ることになる。どうりでこんな作品を万博設計で見てないな、と思ったのは当然のことだった。僕が忘れていたわけではない。
舞台美術は段差のある空間の和室。畳の部屋に置かれたちゃぶ台。それが段差のある空間に置かれているから不思議な気分になる。(ちゃぶ台の足の長さが違う)そこで向き合うふたりの男女。大森の妻(千田訓子)と小山(三田村啓示)だ。
1年前。殺された大森の謎。刑事の小山は捜査のためにこれまでもこの家には何度もやって来て、大森の妻君枝は彼に対応してきた。そんなある夏の日。死者が帰ってくる予感。
大森の遺体は土砂崩れでまだ見つからない。君枝の前夫木下は大森殺しを自供してから消息を断った。大森ではなく、木下(加藤智之)がこの家に帰ってくる。
当日パンフを見るまで木下が前夫だったことを知らなかった。木下、小山、大森の3人は幼なじみだがそこは明確に描かれないし、彼らと君枝との関係も明確には描かれない。いろんなところが不明瞭なまま何の説明もなく話は展開していく。うなぎを捌く話(ここは料亭か?)や君枝と小山の関係、さらにはやって来た木下を自然に受け入れること。いろんなことは依然曖昧なまま。あっと驚くラストまで。
ラストで冒頭の小山がナイフで人を殺すシーンの意味は明確になるが、だからといってすっきりするわけではない。何もわからないまま終わったといってもいい。
まぁ深津戯曲にわかりやすい答えを求めるのは野暮。だから橋本さんは納得は目指さない。混沌としたイメージを大切にして丁寧にこのお話を紡ぐ。そこには漠然とした怖さと寂しさがしっかりと残る。