プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

山口富夫

2016-05-11 22:43:55 | 日記
1972年

太平洋クに二位指名された三協精機・山口富夫投手(23)は、長野県諏訪郡下諏訪町の同本社で、磁性事業部製造課製造技術係に勤務している。ドラフト指名の知らせを受けるとまず「何位ですか?」と問い返した。これまで横浜高ー神奈川大を通じてプロから指名されたこともなく、ことしも打診はなかったが、本人は「チャンスがあればプロで投げてみたい」という気持が強かった。それだけに、うれしさとともに、太平洋クが自分に対してどのていどの期待度を寄せているのかを知りたかったのだろう。「別に九州のチームだからという抵抗はない。プロで自分の力をためしてみたかった。会社や監督と相談して決めたい」本人ははっきりプロ入りの意思ありを表明した。しかし、同チームの光沢監督は「素質はあるが、まだ実績がない。いますぐプロ入りして果たして本人のためになるかどうか。最後は本人の気持ちしだいだが、そのあたりをよく本人と話し合ってみる」と、やや反対の口ぶり。ことしの産別大会後エース玉井を巨人に取られたばかりの三協精機としては、これからを期待している投手に抜かれるのが痛いということだろう。山口は恵まれた体格を生かした本格派。その速球は即戦力として大きな期待が寄せられている。
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佐藤昭夫

2016-05-11 22:10:15 | 日記
1972年

阪急ブレーブスは十三日、大阪・梅田の球団事務所で、昨年のドラフト会議で第二位に指名した札幌鉄道管理局の佐藤昭夫投手(21)=180㌢、80㌔、右投げ右打ち、八雲高出身=と契約金八百万円、年棒百八十万円(いずれも推定)で正式に契約、午後二時から入団発表を行った。佐藤は中央での知名度は低いが北海道では社会人NO1の右の本格派で、その速球はさきにロッテ入りした井上(三菱自動車)と、現太平洋クラブが入団交渉ちゅうの吉田(丸善石油)の二人に並ぶノンプロ・ビッグ3の一人。発表には納谷札鉄総監督と実兄の進一氏も立ち会ったが、佐藤は今月いっぱいで局を円満退社、故郷の八雲でトレーニングを積み、来年一月十日ごろ来阪して自主トレから参加する。背番号は未定。佐藤はプロ入りを一年間延期した理由は、鉄道百年祭記念大会と産別大会初出場というチームの目標があったため。産別大会には出場できなかったが、記念大会では佐藤の快投で準優勝を飾ることができた。このため局側も快く佐藤のプロ入りを認め、入団交渉はスムーズに進んだ。社会人三年間の通算成績は21勝10敗で一試合平均8個の三振を奪っている。カーブ、シュートも投げるが武器は伸びのあるストレートで制球力もかなりのものを持っている。阪急としては即戦力として期待をかけているが、佐藤にこれまで接触してきた丸尾編成部長は「最近にない速球派だ。いろいろな面で米田に似ている。プレート度胸も20勝投手の風格があり、米田の片リンをうかがわせる。将来は山田と並んでうちのエースになるだろう」とぞっこんのほれこみよう。発表の席に立ち会った納谷札鉄総監督も「タマは速くて重い。打球はほとんど中堅から右に飛び、めったに左に打たれない」とプロでも通用することを強調している。阪急にとっては昨年新潟鉄道管理局から入団した今井に続いての国鉄出身の選手。梶本、米田、石井のベテラン連が一段と老化、また宮本、水谷の若手も伸び悩み状態にある阪急投手陣にとって、佐藤の入団は戦力的にかなりのプラスになるだけでなく、若返りへの潤滑油の役目も果たしそうだ。

阪急・丸尾編成部長の話

最近にない本格派投手として、目をつけていた。その顔つき、体つきからの印象で、米田が阪急入りした当時を思い出す。一見、おとなしそうな風ぼうをしているが、いったんマウンドに上がると頼もしい。そういう点が米田と似通っている。体つきも昨年から比べてまた大きくなった。
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広島尚保

2016-05-11 20:45:06 | 日記
1955年

広島尚保(18)=浪商、右投右打、5尺8寸5分、19貫、甲子園に出場した浪商の主力投手。上背に恵まれ真向上段からノビのある速球と鋭いドロップに定評がある。ピッチングは未完でやや荒いが本格的投手としての素質は今後の成長が楽しみ。引く手は数多あったが「プロへ入るなら中日」と自分で決め、わざわざ名古屋に野口監督を訪れ入団したほど、シンからのドラゴンズ好き。杉下投手も甲子園大会では「一番いい素質を持つ投手だ」とその印象を語っており、また入団の動機についても「いまどき珍しい骨のある選手だ」と感心させた。順調に伸びれば将来性は多分にあるから中日投手陣の一角を背負って立つ日も約束されている大物の好投手。
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林正毅

2016-05-11 20:27:58 | 日記
1977年

広島がドラフト3位指名の柳川商・林正毅外野手(18)=178㌢、74㌔、右投げ、右打ち=の入団が九日、決まった。契約金千五百万円、参加報酬二百万円(いずれも推定)。広島のドラフト指名選手の入団決定第一号。同選手は全国的には無名だが、パンチ力、足、肩と三拍子そろった「九州一の好外野手」(宮川スカウト)で、九州産交入社に固執していたのを木庭、宮川両スカウトが粘り強く説得した。
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寺田陽介

2016-05-11 20:20:30 | 日記
1955年

ノンプロ球界の長距離打者日鉄二瀬の寺田陽介一塁手(21)は十一日南海ホークスと正式契約を行った。かねて南海、西鉄、毎日から勧誘されていた寺田一塁手はこのたび日鉄二瀬を円満退社、自ら希望する南海ホークスと契約することになったものでノンプロ二年間に二十数本ホームランを放ち、本年は3割4分の高打率で、南海山本監督がしょく望してやまなかった大型打者。早くもオープン戦に使いたい意向である。寺田選手は博多高出(大神投手の二年後輩)で五尺九寸五分、二十一貫、高校時代は三塁、外野をやった万能選手であった。右投、右打。なお背番号は3番と決定。

山本監督談 大型打者の寺田クンがうちのチームに入ってくれたことはまことにうれしい。将来はチームの中心打者として期待は十分かけてよいと思う。さっそく五番を打ってもらうかも知れない・・・。

寺田選手談 南海というチーム・カラーが何となく好きでしたから、西鉄、毎日から勧誘がありましたが南海にきめました。日鉄二瀬のときの思い出も色々ありますが南海に入った以上、監督の期待にそう働きをしたいと思います。
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