プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

前岡勤也

2016-05-29 17:19:16 | 日記
1955年

高校野球随一の大物投手としてプロ野球各球団が懸命な獲得工作を続け、その去就が注目されていた新宮高校前岡勤也投手(18)はこのほどセ・リーグ、阪神タイガースと正式に契約を行い、近く球団と本人から共同発表されることになった。

前岡投手談 中学時代から阪神ファンでしたし、前から真田さんに個人的なコーチを受けましたので、はじめからプロ入りするならタイガースと決めていました。幸い古角監督も、両親も私の意思を尊重して下さったので、あこがれのタイガース入団を決めたわけです。

二十七年の三重県中学大会に亀山中のエースとして優勝したのが古角監督の目にとまり新宮高へ入学、この時姓を井崎から前岡に改めた。同年秋の県大会に優勝したのをはじめ、二十八年春夏、今夏の甲子園大会に出場したが熊本工、中京商に惜敗。六尺、十八貫五百の巨体を利した左腕からの快速球と大きなドロップは超高校級の威力を持ち1試合平均15近い三振奪取記録を誇り今夏のハワイ遠征にもエースとして参加。打撃も四番打者の真責を果した強打者である。
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柄崎英樹

2016-05-29 09:38:38 | 日記
1960年

東都大学リーグ切ってのスラッガーとして去就を注目されていた日大の柄崎英樹左翼手(22)の大洋ホエールズ入団が正式に決った。大型化をめざす大洋はかねてから東京六大学、東都六大学をはじめノンプロ、高校などあらゆるところに補強の手を伸ばしていたが、三原監督の用兵よろしきを得て奇跡の初優勝をとげたのがチームの大きな魅力となり、スカウト合戦でも着々結果を収めている。柄崎選手の入団決定はさきに発表された大崎投手(平安)につぐクリーンヒット。三原監督が直接乗りだしたのが、この成功をもたらしたものとみられる。柄崎選手はまだリーグ戦が残っているので正式契約をかわすにはいたっていないが「大洋入りを決めた」と十月三十一日夜、東京都桜上水の日大合宿所で入団を明らかにした。

柄崎選手の話 大洋入りをはっきり決めました。夏ごろまでは八幡製鉄あたりに就職したいと思っていたが、好きな野球に命をかけるのもひとつの人生の行き方だと考え、プロ入りにふみ切った。大洋を選んだのは大洋がもっとも自分の力に達し、自分の力を生かしてくれるチームだと思うからだ。三原監督のすばらしさも魅力のひとつだ。プロの水が甘くないことは知っている。しかし十分やっていける自信は持っている。

三原監督の話 きょうゲーム前に柄崎君の親父さんがわざわざ会いにきてくれ、よろしくとたのまれた。リーグ戦が終わりしだい契約することになっている。わたしもこの目でプレーをみたが力のあるいい選手だ。ものになるだろう。

戸畑高校から日大に進学、二年のときからレギュラー・メンバーに加わった。現在日大のキャプテン。足がはやく、しかもロングヒッターで、昨年大洋入りした黒木弟とコンビを組んで日大の大きな得点源となっていた。ずっとトップを打ち春は0・254の打率で15位に甘んじていたが7盗塁を記録、プロにはうってつけの大型一番打者。大きくすくいあげるバッティングは豪快。秋は第6週現在0・386の高打率を示し、シーズンなかばから大洋田村スカウトが目をつけ三原監督でダメ押しして獲得に成功した。西鉄の村山投手と高校では同期。大洋渡辺、西鉄滝内両選手が高校の先輩にあたる。身長1㍍77、体重75㌔、経済学部四年生。右投げ右打ち。
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岡野義光

2016-05-29 09:00:13 | 日記
1962年

中日ドラゴンズでは、さきに入団が内定していた岡野義光捕手(23)=ノンプロ三協精機(長野)明大出=と二十二日正式契約したむね。同日午後名古屋の球団事務所で、松田球団常務から発表された。同選手は身長1㍍79、体重75㌔、右投げ右打ち、背番号は62。三協精機は、広島で行われた産別大会の機械部門で出場、二十一日の準々決勝で東黎工業との試合に負けたためすぐ来名し正式契約をしたもの。いったん帰省したうえ、二十四日ごろ再び来名、二十五日に中日の練習に初参加。二十七日、中日球場で行われる対国鉄ダブルヘッダーから、ベンチ入りする予定。ノンプロでは無類の強肩捕手として定評があり、長打力のあるバッティングは高く評価されていた。今シーズンの残り試合もすくなく、すぐ戦力として期待するのはムリかもしれないが、来シーズン正捕手をねらう有力な一員として楽しみな存在。筋肉質のしまった体格で捕手としてはかなりの長身。一見して馬力の持ち主とわかる。話しぶりも、テキパキとして、陽性の明るい性格をのぞかせている。

岡野選手の談 プロへはいるなら、始めからセ・リーグのチームを望んでいた。さいわい、中日が自分にとって、一番うってつけのチームと考えたから入団した。今シーズンは残り試合がすくないが、出ろといわれるなら、もちろんよろこんで、いますぐにでも出場したい。中日には明大で一年先輩だった捕手の佐々木さんもいるので、こんども改めて競争することになるわけだが、いままでの経験を生かして、しっかりとがんばっていきたい。

茨城県出身。土浦一高から三十二年明大に進学。高校の中途から捕手をつとめ、大学では一年先輩だった佐々木(現中日)のカゲにかくれ控えだったが、四年生のときからレギュラーとなる。一時、投手を練習したこともあるほど、大学時代から強肩が認められていた。昨年三協精機入り、四番打者として二シーズンに8本の本塁打。通算打率は2割8分5厘。打撃面でもグングン頭角を現し、ノンプロ界の注目を集めていた。本籍は茨城県筑波郡谷田部町赤塚町、昭和13年11月28日生まれ。
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