1965年
グラウンドへくるなり会うごとに「残念だったね」といわれた。オールスター戦の推薦にもれたことだ。「防御率第一位の投手が出られないなんてほんとうに珍しいことだ」とさかんに首をかしげる西沢監督。しかし水谷寿はそんな同情はしてもらいたくないといわんばかりにいってのけた。「ちっとも残念じゃないですよ。オールスター戦の休みのスケジュールはもうちゃんと決めているし、第一いやな飛行機にも乗らなくてすみます。それにオールスター戦に選ばれるのはえらい人たちばかりで、ぼくのような補欠が出るとお客さんには迷惑でしょう」昨年まで六年間下積み生活にもくさらずにたえてきただけに、シンは強く、負けずぎらい。その気持ちをマウンドで十分に発揮した。五月十一日の対大洋戦以来約二か月ぶりの完投勝利。ナインより一日早くこの一戦に備えて名古屋に帰ってきていただけのことはある。「立ちあがりは阪神がねらってきたのでわざと球を散らした。四回、藤井に真ん中まっすぐの球をホームランされたけれども、あれでかえって気持ちが引きしまった」汗をかかないことでは中日投手陣の中で一番といわれる水谷寿もこの日だけは別。ベンチへ帰ってもしばらくは汗がとまらない。「暑い(この日の名古屋地方の最高は32・7度)のにはまいった。それに1点差だから最後まで息が抜けなかった。六回、二死三塁でモリミチ(高木守)がヒット性の当たりをとってくれていなければどうなったわからないな。バックに勝たせてもらったようなものだ」二回に二死三塁から中前タイムリー、四回にも一死一、三塁に三塁右へ打点となるしぶいゴロをはなって3点のうち2点をひとりでたたき出している。ピッチングで目立ったのはクイック・モーションとスリークォーターからのスローカーブを多くまぜていたことだ。「モーションと球筋がすなおなのでスピードが落ちるとどうもいかん。オールスター戦後にどんどん出てもらうためにもいまピッチングを変化させようとくふうしているんです」近藤コーチはまず第一テストに成功したといわんばかりにニヤリと笑った。山内一番の阪神新打線については「はじめてぶつかったが、かえって投げやすいね。山内一番だと吉田と本屋敷がはなれるからね。ぼくは小さくてうるさい二人が一、二番にならんで細工されるのが一番いやなんだよ」といっていた。
グラウンドへくるなり会うごとに「残念だったね」といわれた。オールスター戦の推薦にもれたことだ。「防御率第一位の投手が出られないなんてほんとうに珍しいことだ」とさかんに首をかしげる西沢監督。しかし水谷寿はそんな同情はしてもらいたくないといわんばかりにいってのけた。「ちっとも残念じゃないですよ。オールスター戦の休みのスケジュールはもうちゃんと決めているし、第一いやな飛行機にも乗らなくてすみます。それにオールスター戦に選ばれるのはえらい人たちばかりで、ぼくのような補欠が出るとお客さんには迷惑でしょう」昨年まで六年間下積み生活にもくさらずにたえてきただけに、シンは強く、負けずぎらい。その気持ちをマウンドで十分に発揮した。五月十一日の対大洋戦以来約二か月ぶりの完投勝利。ナインより一日早くこの一戦に備えて名古屋に帰ってきていただけのことはある。「立ちあがりは阪神がねらってきたのでわざと球を散らした。四回、藤井に真ん中まっすぐの球をホームランされたけれども、あれでかえって気持ちが引きしまった」汗をかかないことでは中日投手陣の中で一番といわれる水谷寿もこの日だけは別。ベンチへ帰ってもしばらくは汗がとまらない。「暑い(この日の名古屋地方の最高は32・7度)のにはまいった。それに1点差だから最後まで息が抜けなかった。六回、二死三塁でモリミチ(高木守)がヒット性の当たりをとってくれていなければどうなったわからないな。バックに勝たせてもらったようなものだ」二回に二死三塁から中前タイムリー、四回にも一死一、三塁に三塁右へ打点となるしぶいゴロをはなって3点のうち2点をひとりでたたき出している。ピッチングで目立ったのはクイック・モーションとスリークォーターからのスローカーブを多くまぜていたことだ。「モーションと球筋がすなおなのでスピードが落ちるとどうもいかん。オールスター戦後にどんどん出てもらうためにもいまピッチングを変化させようとくふうしているんです」近藤コーチはまず第一テストに成功したといわんばかりにニヤリと笑った。山内一番の阪神新打線については「はじめてぶつかったが、かえって投げやすいね。山内一番だと吉田と本屋敷がはなれるからね。ぼくは小さくてうるさい二人が一、二番にならんで細工されるのが一番いやなんだよ」といっていた。