蟋蟀のセレナーデは、おずおずとやってくる秋を告げる。 昼の暑さを忘れさせる夕べの、なんと美しき調べ。
あるときラジオで、中国のコオロギ文化について熱く語っていた。 その話があまりに面白かったので、早速本を読んだ。おととしのことだ。 闘蟋(トウシツ) 瀬川千秋 (大修館書店)
中国には闘蟋(トウシツ)と言う遊びがある。
以下に引用する
コオロギを闘わせ、ひと秋をかけてチャンピオンを決めるあそび。 飼い主たちは、戦士の育成に持てる金と時間と知識のすべてを注ぎ、 熱中のあまり家屋敷を失ったものは数知れず、 一国を滅ぼした宰相さえいた。
1200年の時を超え、男たちを魅了し続ける中国の闘うコオロギとは?
飼育するときに使う「養盆(ヨウボン)」には、 鈴房( リンファン )というコオロギのベッド。半月形の水皿には、耳かき2・3杯分の清水を湛え、楕円形の餌皿には、ふっくらと柔らかそうなご飯粒二粒。これらがセットされる。 どちらも幅が15~45㎜、高さ4~10㎜、コオロギの小天地を見るようとある。 こおろぎの闘いも、牛や鶏に劣らず変化に富み、見事なものである… 瀬川千秋
その歴史、闘いの作法、道具類など。 興味は尽きず、虫好きではないが、とにかく面白く読んだ。 思い出すのは、映画ラスト・エンペラーおわりのシーン。 紫禁城で、少年のころ隠しておいた瓢箪を、玉座の間から取り出すと、虫が勢いよく飛びだしてくる。 中国最後の皇帝溥儀、 波乱に満ちた後半生が夢のようにはかないことを暗示させる。
去年、美容室で上の写真を見つけ、あっと声を上げたほどだ。 蟋蟀について愉しくおしゃべりしたことは言うまでもない。 ハサミを片手にみなさんも、おもしろがって喜んだ。 蟋蟀をお風呂にいれる話。 リングはお弁当箱より一回り小型の楕円形。 翅をふるわせ、かちどきをあげる勝者。 敗者は背中を見せて、負けを認める等々。
写真は、平山美知子コレクションより紹介されている蟋蟀入れ。 雑誌ミセス シルクロード夢幻 九月より
本体はヘチマ。実が小さなときに、内側に模様が彫ってある型に入れる。 実の生長とともに模様が浮き出す。 大きくなったら中身を掻きだして乾燥、象牙の枠や、蓋をつける。 これを「葫蘆 ころ」と言う。 蘆の字は、本当は七と皿の間に田が入った文字。パソコンでは出てこない。 天然の共鳴箱である。
清朝第六代の乾隆帝(在位1735~95)の61歳の大寿の祝いに、臣下たちから皇帝に贈られたもの。 黒く見えるところには、 乾隆帝の御歳にちなんで、 61の鼈甲の蝙蝠がはめ込んである。 蝙蝠の蝠は、幸福の福に発音が同じなので、蝙蝠はたいへん縁起の良いものと考えられていた。
なるほど、香港で蝙蝠のマークをたくさん目にしたわけが、ここにあった。 美しい造形は遊び心いっぱい。 小さな虫にそそがれた情熱が伝わってきた。
蟋蟀を歳時記で引くと…つづれさせ、つづりさせ(衣の綴れを刺せと、秋の用意を促すようにその声を聞きなしたもので、これを古くはキリギリスと言った。万葉時代は秋鳴く虫の総称だった。その後もキリギリスや竈馬と混同している)、ちちろ、ちちろ虫、ころころなど、とある。
ころころやこのごろ物の影深く 臼田亜浪
こほろぎや暁近き声の張り 内田百
髪を梳きうつむくときのちゝろ虫 橋本多佳子
闘いを知らない蟋蟀が今宵も、りーりーりーと 美声を? 震わせる。
ころころりーんと秋の夜は更けていく。