誰もこない森の奥で咲いている。どんな気分かだって?
誰も見ていない 誰も触らない 誰も呼ばない。
花のわたしを訪れるのは無作法なハチ 乱暴な蜘蛛 おっちょこちょいの蟻
それぞれが自分のことに忙しい わたしの花びらでとんとんと足をならし
引っ掻き傷を作ってもおかまいなし
誰もわたしを呼ばないので 雨粒に頭を垂れ 少しうとうとして過ごした
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ただ雨に打たれて咲いているだけじゃ かわいそうよねとあなたが言って
わたしを摘み取って行く
その声に目が覚めて そうなのか、かわいそうなのか、と考えてしまった。
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わたしはかわいそうだから あなたの元へ行くのですか。
雨にあたらず、ただ眺めているだけの位置に来て、きれいな冷たい水を吸い
あなたの得意げな声が聞こえている。
あなたの声はあの梢でさえずる、あの太った鳥に似ている気がした。
ここいらで森のおしゃべりおばさんと噂されているあの鳥に。
わたしは咲いているだけじゃかわいそうなのか、その疑問を早く忘れるために
またじっと目を閉じてしまった。
雨の日に咲いて、気持ちが清々としているよとつぶやいて、眠りに落ちていく。
花を咲かせたのはわたし、とおしゃべりな鳥が歌いながら木の葉を揺らしている。
君に歌うことを教えたのは誰?と、桜の木がそっと尋ねたのも届かない高らかなさえずり。
「かわいそう かわいそう」と雨音にだぶって聴こえ、子守唄のようにわたしを包む。
ふたたび降りだした雨が地表を叩く音がして、勢いを増して広がっていった。