ブラスカル

元マラソンランナーですが、今や加齢と故障でお散歩専門、ブラタモリっぽく街歩きをしています。

「タモリのTOKYO坂道美学入門」

2017-03-24 22:40:13 | 読書
走ってみて感じることだが、東京は、京浜東北線を境にして、西側は実に坂と川の名残りを残す暗渠上の道が多い。
荒川と多摩川が作り出した河岸段丘に挟まれた台地を、様々な河川が削って谷を作った。思わずアスファルトの薄皮をはがして素の姿を見てみたくなる、実に興味の尽きない地形を、東京はしている。
広大な関東平野を後背地に抱えた入江でありながら、徳川家康が目をつけるまで寒村であった理由は、この凹凸が多い地形ゆえであろう。
家康は、河川の流れを変えたり、埋め立てたりして、低湿地を陸地化、碁盤の目に道と水路を切って、町人の住む下町とした。そして凹凸の多い台地には大名屋敷や寺社を設けた。
江戸時代には住所がなかった。様々な由来により名づけられた坂道は、時として住所の役割を果たしたことだろう。

かくいう私も坂道好き、ジョギング中によさげな坂道を見つけるとついそちらに惹きつけられてしまう。
テレ朝に、「全力坂」という、カワイイ女の子が坂道を駆け上がってハアハア言うだけの素晴らしい深夜の帯番組があるが、私も、時々ひとり「全力坂」をやっている。

で、タモリさんのこの本である。
今でこそ彼のマニアックな博識ぶりは「ブラタモリ」で有名になったが、10年以上前のこの本にもその片鱗が見受けられる。私の好きな坂もいくつか紹介されていた。
私の生まれ育った町にある文京区の善光寺坂、道にせり出して大きな老木がある。実家を訪れる際はわざわざ手前のバス停で降りてでもこの坂を通りたくなる、そんな風情のある坂である。
今住んでいる新宿区落合も、神田川、妙正寺川が作った段丘なのか、新目白通りと目白通りの間の急こう配が見事な坂をいくつも創出している。
私の一押しの目白台の日無坂、富士見坂との分岐点の民家(廃屋?)になぜかデジャブ感を誘われる。タモリさん、この民家が取り壊されることを心配されていたが、大丈夫、定点観測しているがいまだ健在です。
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