大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・18『商店街デビュー・3』

2017-03-19 06:37:01 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・18
『商店街デビュー・3』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 男性が指差した先には、地味ではあるが立派な高級車が停まっていた……。


「すまんね、手間を取らせて」
 後部座席に座ると初老の紳士がポツリと言った。
「はい、あの……どういうご用件でしょうか」
 美乃は穏やかだが、警戒心のこもった声で聞いた。美乃が乗り込むと、ゆっくり車が動き出したからである。
「すまん、停まっている車は目立つんでね。少し街を一回りして時間には間に合うようにするからね」
「ひょっとして、足利理事長さんですか?」
「ハハ、簡単に分かってしまったね。どこで分かったのかな?」
「車に案内してくれた男の人の襟に○に二本線の足利のバッジが付いていました。運転手さんの襟にも」
「さすがは、信長さんだ。丸に二両引きの紋所を見抜いたんだね。あ、まずは礼を言っておこう。先日は孫のルリを助けてくれてありがとう」
「それなら、校長先生から言われました」
「顔も見ないでぞんざいだっただろう……ひょっとしてパソコンで仕事するふりしてゲームなんかやってたんじゃないかね?」
「あ、はい……ゼルマの伝説です。ごく初歩のダンジョンで躓いておられました」
「やれやれ、お飾り校長とは言え、もう少しキチンとしてもらわなきゃね。改めて礼を言って正解だったね」
「やっぱり、学校も陰で操ってらっしゃるんですね」
「無理もないが、それは誤解だよ。確かに清州高校は私が買い取ってはいるが、校長に弟を送り込んだだけで、なにもしてはいないよ」
「……じゃ、どうして、あんなひどい状態のまま学校を放置していたんですか。毎年240人入学して、卒業するのは100人ほどしかいません。無秩序で不登校になる子も、中途退学していく子も多いんです。あたしも、ついこないだまでは不登校でした」
「そうだね、きみの頑張りは目覚ましいものがある。ルリを助けてくれた時に調べさせてもらったよ。連休明けからガラッと様子が変わったようだね」
「……自分でも分からないんです。大河ドラマを見ていたら、あくる日なんだか体中に力が湧いてきて……LET IT GO!って感じになったんです」
「雪アナか……いいアニメだね。私の贔屓のジブリを蹴落としただけのことはある」
「あ、忙しくって、まだアニメは見てないんです。ただ歌が好きで、動画サイトなんかでは、よく見ています」
「君の頑張りは素晴らしいと思うが、それでいいのかな?」
「理事長先生は……清州高校があのままでいいと思ってらっしゃるんですか?」
「LET IT BEだよ」
「英語はよく分かりませんが、それは、そのままでいいという意味ですか?」
「そうだよ」

 美乃は混乱した。足利グループのリーダーでもある理事長は、多くの企業を買収し、その陰では、夢羅と夢理の両親のように職を失った人も多いのだ。

「確かに、私が買収した企業が全てうまくいっているわけじゃない。中には業績向上のために下請けを切ったりリストラをやる会社もある。だから個人的に、私に恨みを抱くものもいるだろう……社会というのは、そういうもんだ」
「だから、学校もうまくいかなくてもいいということですか?」
 そのとき、無理な追い越しをかけてきた車があり、二人を乗せた車は大きくハンドルを切って揺れた。理事長が美乃に倒れ掛かってきた。
「いや、すまん。私も年だな。今ぐらいの動きは乗り切れたんだがな」
「あたしも、つい先日までは、こんなに運動神経良くなかったんです」
「私は、清州高校は、今の君のようでいいと思っているんだ」
「え……」
「勉強はできなくてもいい、楽しく青春を実感できるような学校になればと願っている。清州高校一つを優秀にすることは簡単だ。だが、清州高校の偏差値が上がったら、清州高校に入っていたような子の行く学校が無くなる。今の社会は高卒の資格が必要だ。正しいとは思わんがね。だったら、そういう学校を受け皿として存在させる意味は大きいと思う。それに、偏差値が高い学校の生徒が幸せだとは限らないからね。」
「少し違うと思います。勉強もできて、生徒も先生も生き甲斐を感じられる学校ってできると思うんです」
「勉強もできて、生徒も先生も生き甲斐を感じられる学校……まあいい。君を見ていると、そんなこともできるかもしれないと思えてきたよ、賭けてみよう。今日は話ができてよかったよ」

 理事長が握手の手を差し伸べてきた。意外なほど包み込むような温かさがあった。

「だが、今の君には気づかない問題もある……まあ、それは、これからの課題としよう。まあ、ゆっくりと分かればいい」
「……はい」
「ハハ、その頭から人を信じないところもいい。さあ、では第三部の準備にかかってくれたまえ。事故のないことを祈ってるよ」

 元の銭湯前で降ろされて、思わずため息をついた。覚醒して初めて理解不能な人間に出会った。いや自分は、まだ覚醒しきっていないと思う美乃であった……。

コメント
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