信長狂詩曲(ラプソディー)・17
『商店街デビュー・2』
信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。
幸い男は、自分の足元に瓶を落としていったので、アーケードの舗装を焦がしただけで済んだ。
しかし、警察が来て大騒ぎになった。
鑑識がびんの中身が硫酸であると確認、防犯ビデオに写った男の映像を解析、ただちに警察の犯罪者リストとコンピューターで照合されたが該当者はいなかった。
「こりゃあ、人相変えてるなあ……信長さん、こいつ一言も喋らなかったでしょう?」
「はい、一言も。おかしいと思ったのも、あまりにも無言だったからです」
「含み綿で、頬を大きくしている。鼻も……たぶん演劇用のノースパテで形を変えている」
「分かるんですか、そんなこと?」
「鑑識を長くやっているとね、不自然な顔って分かるんだ。これじゃ、前があってもコンピューターでは解析できないし、これで人相書き作っても役にたたないね」
「あ、でも目とかはメイクしてないようでしたから、目は手掛かりになりません?」
「キャップを反対に被ってるでしょ、普通とは逆だ。いかにも防犯ビデオに撮ってくださいって感じだ。帽子の中に仕掛けがあるなあ」
「野球帽で人相変えられるんですか?」
「ああ、簡単だよ。こうやってね……どう、変わるでしょ」
「おおー」
鑑識のおじさんはこめかみの皮膚を両手でグイと引き上げた。なんと十歳ぐらい若くなり、人相が変わってしまった。
「リフティングって言うんだ。この引っ張り上げたところを、帽子で隠したら、もうお手上げだね。一応お巡りさんが聞き込みやってるけど、これはプロだね。尻尾は掴ませないだろう」
「で、午後の第三部は中止したほうがいいと思うんだが」
別の刑事さんが、強い調子で言った。
「いいえ、やります。清州高の最初の校外公演なんです。負けたくありません!」
「しかし……」
「さっき、みんなで意思統一もやりました。それに、立て続けにはやらないでしょう。もう今日はケチがついてますから」
「仕方ないね、商店会の会長さんも君たち任せだって言ってるしな」
「それに、手は出さなくっても、様子ぐらいは見に来るかもしれないでしょ。プロを雇ったやつが……」
「それも一理ある。じゃ、うちも私服を何人か入れとくよ。こんな場所だ写真もビデオも撮り放題だからね」
さすがは。と、警察も美乃も思った。
銭湯にいくと、みんな、まだ脱衣場にいた。
「あら、もう入っちゃったの?」
「だれが、そんな薄情なことを。みんなで、美乃が終わるの待ってたのよ。で、第三部は許可してもらえた?」
「もちろん。でも、自分たちで決めたことだから、なにがあっても自己責任だよ」
「まかしとけ!」
「おお!」
みんな頼もしいトキの声をあげた。キャーキャー言いながら、風呂から上がると、商店会のオバサンとオネエサンがいた。
「みんなのがんばりに応えたくって、インナーとか汗づいてるだろうから、よかったら使って」
「ユニホームも、古いテニスウェアーだけど、おそろいで二十着ほど用意したの。よかったら使ってみて」
「あ、ありがとうございます!」
みんな新しいインナーとテニスウェアーに大喜びだった。
「先輩。これって勝負パンツですね!」
木下藤子が、パンツ一丁のエッヘンスタイルで、宣言した。
「あのね、あんただって一応女の子なんだから、考えなさいね!」
部長の高山宇子が叱った。藤子が慌てて女の子らしく恥じらってみせるが、どうも藤子には似合わず、みんなの笑いを誘った。
みんなで意気揚々と会場に戻りかけると、一人の若い男性が待っていた。
「信長美乃さんですね。お時間いただいて申し訳ないのですが、うちのご主人様と少しご一緒していただけないでしょうか?」
男性が指差した先には、地味ではあるが立派な高級車が停まっていた……。
『商店街デビュー・2』
信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。
幸い男は、自分の足元に瓶を落としていったので、アーケードの舗装を焦がしただけで済んだ。
しかし、警察が来て大騒ぎになった。
鑑識がびんの中身が硫酸であると確認、防犯ビデオに写った男の映像を解析、ただちに警察の犯罪者リストとコンピューターで照合されたが該当者はいなかった。
「こりゃあ、人相変えてるなあ……信長さん、こいつ一言も喋らなかったでしょう?」
「はい、一言も。おかしいと思ったのも、あまりにも無言だったからです」
「含み綿で、頬を大きくしている。鼻も……たぶん演劇用のノースパテで形を変えている」
「分かるんですか、そんなこと?」
「鑑識を長くやっているとね、不自然な顔って分かるんだ。これじゃ、前があってもコンピューターでは解析できないし、これで人相書き作っても役にたたないね」
「あ、でも目とかはメイクしてないようでしたから、目は手掛かりになりません?」
「キャップを反対に被ってるでしょ、普通とは逆だ。いかにも防犯ビデオに撮ってくださいって感じだ。帽子の中に仕掛けがあるなあ」
「野球帽で人相変えられるんですか?」
「ああ、簡単だよ。こうやってね……どう、変わるでしょ」
「おおー」
鑑識のおじさんはこめかみの皮膚を両手でグイと引き上げた。なんと十歳ぐらい若くなり、人相が変わってしまった。
「リフティングって言うんだ。この引っ張り上げたところを、帽子で隠したら、もうお手上げだね。一応お巡りさんが聞き込みやってるけど、これはプロだね。尻尾は掴ませないだろう」
「で、午後の第三部は中止したほうがいいと思うんだが」
別の刑事さんが、強い調子で言った。
「いいえ、やります。清州高の最初の校外公演なんです。負けたくありません!」
「しかし……」
「さっき、みんなで意思統一もやりました。それに、立て続けにはやらないでしょう。もう今日はケチがついてますから」
「仕方ないね、商店会の会長さんも君たち任せだって言ってるしな」
「それに、手は出さなくっても、様子ぐらいは見に来るかもしれないでしょ。プロを雇ったやつが……」
「それも一理ある。じゃ、うちも私服を何人か入れとくよ。こんな場所だ写真もビデオも撮り放題だからね」
さすがは。と、警察も美乃も思った。
銭湯にいくと、みんな、まだ脱衣場にいた。
「あら、もう入っちゃったの?」
「だれが、そんな薄情なことを。みんなで、美乃が終わるの待ってたのよ。で、第三部は許可してもらえた?」
「もちろん。でも、自分たちで決めたことだから、なにがあっても自己責任だよ」
「まかしとけ!」
「おお!」
みんな頼もしいトキの声をあげた。キャーキャー言いながら、風呂から上がると、商店会のオバサンとオネエサンがいた。
「みんなのがんばりに応えたくって、インナーとか汗づいてるだろうから、よかったら使って」
「ユニホームも、古いテニスウェアーだけど、おそろいで二十着ほど用意したの。よかったら使ってみて」
「あ、ありがとうございます!」
みんな新しいインナーとテニスウェアーに大喜びだった。
「先輩。これって勝負パンツですね!」
木下藤子が、パンツ一丁のエッヘンスタイルで、宣言した。
「あのね、あんただって一応女の子なんだから、考えなさいね!」
部長の高山宇子が叱った。藤子が慌てて女の子らしく恥じらってみせるが、どうも藤子には似合わず、みんなの笑いを誘った。
みんなで意気揚々と会場に戻りかけると、一人の若い男性が待っていた。
「信長美乃さんですね。お時間いただいて申し訳ないのですが、うちのご主人様と少しご一緒していただけないでしょうか?」
男性が指差した先には、地味ではあるが立派な高級車が停まっていた……。