信長狂詩曲(ラプソディー)・5
『広がる世界・2』
信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。
美乃は光を思い出していた。
ほんの夕べ、大河ドラマ『石田三成』前半の山、本能寺。あのとき山形勲というベテラン俳優が演じていたのは信長の役ではなく、信長そのものだった。あの時本能寺書院で自ら命を絶った信長の目から発せられていた光は、四百数十年の時空を超えて伝えられた信長の魂そのもの。
それさえ、朝から広がった美乃の世界では、どうでもいいことだった。
今をどう生きるか。どう充実させるか。それが美乃の関心の全てだった。
クラスは完全に制圧した。ケチなスケバン荒木夢羅は、昼休みには美乃の家人になり果て、何人もクラスに居た服装違反のミニスカートを直させた。家庭科の実習室はハーパンやヘッチャラパンツの女子が揃って、上げたスカート丈を直していた。
「できました!」
見せにきた女生徒には、その場で穿かせ、ハーパンやヘッチャラパンツを脱がせた。しかし、生徒手帳通りのダサイ長さは許さない。適度のミニを奨励した。しかし、自分の意志で、最初から長目の者には何も言わない。
美乃は校則に従わせているのではない。自分の美的センスに合わさせているのだ。ブラウスの外出しは許さない。リボンは第一ボタンを絞めキッチリする子もいたが、それも好きずきにさせた。自分自身は、第一ボタンは外しリボンは緩くくつろげていた。
男子の腰パンにも容赦なかった。昼休みに巻き返しを図った滝川は腰パンのまま教室を出ようとしたが、廊下で美乃に足払いをかけられ、転倒したところを馬乗りになられズボンを引き上げさせられた。瞳に反抗の色を宿すと、首筋に、あの鋭いペーパーナイフが当てられた。
「バカね、これペーパーナイフなんでしょ? ペーパーナイフをスーっと引いても切れや……するのね。もうちょっと力入れたらどうなるんだろ?」
「バ、バカ、よせ!」
「バカ……まさか、あたしのこと言ってるんじゃないわよね。今の主語が抜けてるから、もう一度言い直して」
「バ、バカは……おれだから」
「だから?」
「腰パン直す。直します!」
「言えば分かるんじゃない……ちょっと待って森さん」
森蘭はクラスでも成績優秀だが、自分のファッションにはこだわりがあり、眉を細く剃っていた。
「あなたの顔に、その眉は細すぎる。明日から伸ばしなさい。それまでは……」
近くの席の浅野敦子のメイク用ペンシルケースからダークブラウンのペンシルを取りだし、美しく描いてやった。最初は抵抗していた蘭だったが、鏡に写った眉の美しさで納得し、恐れ入った。
こうやって放課後になると、一年A組の様子は一変した。
美乃の関心は、クラスの外へ向いていった。
「学校というのは、もっと美しく楽しいものでなくっちゃ……」
そこに、明るいテンポの曲が聞こえてきた。
「ダンス部か……」
ダンス部がAKBの『前しか向かねえ』を掛けて体育館の前で練習していた。
「下手じゃないけど……これじゃ、単なるコピーだ」
そう思うと、部長とおぼしき上級生に声を掛けた。
「あたしにも、やらせてもらえませんか?」
「あ、体験入部! いいわよ、ジャージ持ってきて」
「ここにあります」
朝、家から五キロの道のりを走って汗みずくになっていたので、洗って干しておいたものを取り込んでサブバッグに入れていた。
「いい肉の付き方してるね。それに……」
部長の高山宇子が美乃の体と着替えの潔さを誉めた。美乃はパンツとブラだけになると、さっさとジャージに着替えた。
「オリジナルで、一番だけ踊っていいですか?」
「いいわよ。ちょうどいい、その間休憩」
美乃は最初の四小節だけ踊ってみた。
「あんた、スジいいよ!」
「いいえ、まだ、こんなじゃダメです」
美乃は、四小節を五回繰り返し、やっと納得すると、一番を通して踊った。
「いけてるよ!クール!」
休憩中の部員から拍手が起こった。
「ありがとうございます。でも、まだまだです。うちで研究してきます」
「十分だわよ。あんたさえよかったら、たった今からでも入部しなよ!」
「すみません、まだ納得してないんで。明日の出来で判断。いいですか?」
「いいわよ。久々に根性ありげな子にあったわ。一応クラスと名前教えてくれる?」
「はい、一年A組の信長美乃です。では、明日の判断ということで」
美乃の「判断」には主語が抜けている。そう、判断するのは美乃自身なのだ。
とりあえず信長美乃の世界が広がり始めた……。
『広がる世界・2』
信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。
美乃は光を思い出していた。
ほんの夕べ、大河ドラマ『石田三成』前半の山、本能寺。あのとき山形勲というベテラン俳優が演じていたのは信長の役ではなく、信長そのものだった。あの時本能寺書院で自ら命を絶った信長の目から発せられていた光は、四百数十年の時空を超えて伝えられた信長の魂そのもの。
それさえ、朝から広がった美乃の世界では、どうでもいいことだった。
今をどう生きるか。どう充実させるか。それが美乃の関心の全てだった。
クラスは完全に制圧した。ケチなスケバン荒木夢羅は、昼休みには美乃の家人になり果て、何人もクラスに居た服装違反のミニスカートを直させた。家庭科の実習室はハーパンやヘッチャラパンツの女子が揃って、上げたスカート丈を直していた。
「できました!」
見せにきた女生徒には、その場で穿かせ、ハーパンやヘッチャラパンツを脱がせた。しかし、生徒手帳通りのダサイ長さは許さない。適度のミニを奨励した。しかし、自分の意志で、最初から長目の者には何も言わない。
美乃は校則に従わせているのではない。自分の美的センスに合わさせているのだ。ブラウスの外出しは許さない。リボンは第一ボタンを絞めキッチリする子もいたが、それも好きずきにさせた。自分自身は、第一ボタンは外しリボンは緩くくつろげていた。
男子の腰パンにも容赦なかった。昼休みに巻き返しを図った滝川は腰パンのまま教室を出ようとしたが、廊下で美乃に足払いをかけられ、転倒したところを馬乗りになられズボンを引き上げさせられた。瞳に反抗の色を宿すと、首筋に、あの鋭いペーパーナイフが当てられた。
「バカね、これペーパーナイフなんでしょ? ペーパーナイフをスーっと引いても切れや……するのね。もうちょっと力入れたらどうなるんだろ?」
「バ、バカ、よせ!」
「バカ……まさか、あたしのこと言ってるんじゃないわよね。今の主語が抜けてるから、もう一度言い直して」
「バ、バカは……おれだから」
「だから?」
「腰パン直す。直します!」
「言えば分かるんじゃない……ちょっと待って森さん」
森蘭はクラスでも成績優秀だが、自分のファッションにはこだわりがあり、眉を細く剃っていた。
「あなたの顔に、その眉は細すぎる。明日から伸ばしなさい。それまでは……」
近くの席の浅野敦子のメイク用ペンシルケースからダークブラウンのペンシルを取りだし、美しく描いてやった。最初は抵抗していた蘭だったが、鏡に写った眉の美しさで納得し、恐れ入った。
こうやって放課後になると、一年A組の様子は一変した。
美乃の関心は、クラスの外へ向いていった。
「学校というのは、もっと美しく楽しいものでなくっちゃ……」
そこに、明るいテンポの曲が聞こえてきた。
「ダンス部か……」
ダンス部がAKBの『前しか向かねえ』を掛けて体育館の前で練習していた。
「下手じゃないけど……これじゃ、単なるコピーだ」
そう思うと、部長とおぼしき上級生に声を掛けた。
「あたしにも、やらせてもらえませんか?」
「あ、体験入部! いいわよ、ジャージ持ってきて」
「ここにあります」
朝、家から五キロの道のりを走って汗みずくになっていたので、洗って干しておいたものを取り込んでサブバッグに入れていた。
「いい肉の付き方してるね。それに……」
部長の高山宇子が美乃の体と着替えの潔さを誉めた。美乃はパンツとブラだけになると、さっさとジャージに着替えた。
「オリジナルで、一番だけ踊っていいですか?」
「いいわよ。ちょうどいい、その間休憩」
美乃は最初の四小節だけ踊ってみた。
「あんた、スジいいよ!」
「いいえ、まだ、こんなじゃダメです」
美乃は、四小節を五回繰り返し、やっと納得すると、一番を通して踊った。
「いけてるよ!クール!」
休憩中の部員から拍手が起こった。
「ありがとうございます。でも、まだまだです。うちで研究してきます」
「十分だわよ。あんたさえよかったら、たった今からでも入部しなよ!」
「すみません、まだ納得してないんで。明日の出来で判断。いいですか?」
「いいわよ。久々に根性ありげな子にあったわ。一応クラスと名前教えてくれる?」
「はい、一年A組の信長美乃です。では、明日の判断ということで」
美乃の「判断」には主語が抜けている。そう、判断するのは美乃自身なのだ。
とりあえず信長美乃の世界が広がり始めた……。