信長狂詩曲(ラプソディー)
『始まり・3』
荒木夢羅は黒板の張り紙を見て、わずかに驚き、美乃の顔を見た。
「信長のミノムシ、久しぶりだね」
美乃は確信した。こいつだ……。
「これ、ちょっと言葉が足りないわね、あんたの頭と一緒」
「なんだと……」
夢羅の顔が怒りで赤黒くなってきた。美乃は、サインペンを取りだして書き足した。
「死ね、信長!」が別の意味に変わった。
「これが、正しいの。読んでみて」
美乃は夢羅の鼻先に突きつけた。夢羅は、怒りに震えるだけだった。
「じゃ、あたしが代わりに読んだげる……『死ねと、信長は言った!』どーよ」
教室の空気が凍り付いた。
「てめえ、ぶっ殺してやる!」
美乃は拳を伸ばしてきた夢羅に対し、わずかに身をかがめ、頭の上で腕を組んだ。組んだ両腕は夢羅の腹部に柔らかく当たり、夢羅はそこを支点として前のめりに回転した。回転した先には開いた窓があった。見かけによらない可愛い悲鳴をあげて、夢羅は四階の教室から、中庭に転落……するはずであった。
しかし、夢羅が美乃が頭上で回転している間に窓ぎわのカーテンを投げてやっていた。かろうじて夢羅は、それにしがみつき、転落を免れた。
ビビ、ビビっと音を立ててカーテンが千切れていく。
「た、助けて!」
「みんな、なにやってんの。クラスメートが命の危機なんだよ!」
美乃が、そう叫ぶと、クラスの男子が集まって夢羅を引き上げようとした。しかし、まるで統制がとれていないので、転落するのを止めるのがやっとだった。
「なにやってんの、丹羽君と柴田君は体でカーテンを持つ。壁際で足つっぱって、テコの原理で引き上げる。夢羅は手すり持って、窓の張り出しに足をかけ……え、パンツが? バカ、命の方が大事だろうが!」
やっと夢羅は救助される寸前のところまできた。
美乃は手を止めて、救助のみんなの方を向いた。
「ちょっと確認しときたいんだけど。夢羅は自分で落ちたんだよね? そうだよね!?」
勢いに押されて夢羅を含む全員が頷いた。
「じゃ、いくよ。一、二、三!」
ドシャっという音をたてて、夢羅は教室の内側に落ちてきた。
クラスのみんなは遠巻きにして見守るだけだ。
「人をオチョクルと、こういう目に遭うの。あ~あ、女の子なんだから身繕いしなよ。へっちゃらパンツで下半身は防御できてるけど、おへそむき出しだよ。なんだよ、その目は。助けてもらったら『ありがとう』だろうが!」
夢羅がなにも言わないので、美乃は我関せずと、一人団子を食べていた滝川の側にいき、手にした団子を、滝川が持ってきているペーパーナイフで横様に突き刺した。
「ちょっと尖りすぎ。もう凶器だよ、このペーパーナイフは」
滝川は、あやうく唇を切られるところだった。
「夢羅、口開けて。ほら団子食って糖分補給。そうすりゃ口もきけるから」
美乃はペーパーナイフにつきさしたまま団子を夢羅の口元へもっていった。
夢羅は、ペパーナイフに刺さったままの団子を食べた。そして小さな声で言った。
「……ありがとう」
一年A組の支配者が変わった瞬間であった。
「あら、荒木さんてば、字間違えてるよ!」
美乃が可愛い声で言った。
「死ねの『し』は『詩』よ、ね。『信長は、詩ねといった!』が正しいの。人間、人生は詩よ。そう思わないこと。荒木夢羅さん」
美乃は、口元の笑顔だけで、夢羅に言った。
「は、はい!」
不登校の信長美乃の高校生活は、こうやって、新しく始まった……。
『始まり・3』
荒木夢羅は黒板の張り紙を見て、わずかに驚き、美乃の顔を見た。
「信長のミノムシ、久しぶりだね」
美乃は確信した。こいつだ……。
「これ、ちょっと言葉が足りないわね、あんたの頭と一緒」
「なんだと……」
夢羅の顔が怒りで赤黒くなってきた。美乃は、サインペンを取りだして書き足した。
「死ね、信長!」が別の意味に変わった。
「これが、正しいの。読んでみて」
美乃は夢羅の鼻先に突きつけた。夢羅は、怒りに震えるだけだった。
「じゃ、あたしが代わりに読んだげる……『死ねと、信長は言った!』どーよ」
教室の空気が凍り付いた。
「てめえ、ぶっ殺してやる!」
美乃は拳を伸ばしてきた夢羅に対し、わずかに身をかがめ、頭の上で腕を組んだ。組んだ両腕は夢羅の腹部に柔らかく当たり、夢羅はそこを支点として前のめりに回転した。回転した先には開いた窓があった。見かけによらない可愛い悲鳴をあげて、夢羅は四階の教室から、中庭に転落……するはずであった。
しかし、夢羅が美乃が頭上で回転している間に窓ぎわのカーテンを投げてやっていた。かろうじて夢羅は、それにしがみつき、転落を免れた。
ビビ、ビビっと音を立ててカーテンが千切れていく。
「た、助けて!」
「みんな、なにやってんの。クラスメートが命の危機なんだよ!」
美乃が、そう叫ぶと、クラスの男子が集まって夢羅を引き上げようとした。しかし、まるで統制がとれていないので、転落するのを止めるのがやっとだった。
「なにやってんの、丹羽君と柴田君は体でカーテンを持つ。壁際で足つっぱって、テコの原理で引き上げる。夢羅は手すり持って、窓の張り出しに足をかけ……え、パンツが? バカ、命の方が大事だろうが!」
やっと夢羅は救助される寸前のところまできた。
美乃は手を止めて、救助のみんなの方を向いた。
「ちょっと確認しときたいんだけど。夢羅は自分で落ちたんだよね? そうだよね!?」
勢いに押されて夢羅を含む全員が頷いた。
「じゃ、いくよ。一、二、三!」
ドシャっという音をたてて、夢羅は教室の内側に落ちてきた。
クラスのみんなは遠巻きにして見守るだけだ。
「人をオチョクルと、こういう目に遭うの。あ~あ、女の子なんだから身繕いしなよ。へっちゃらパンツで下半身は防御できてるけど、おへそむき出しだよ。なんだよ、その目は。助けてもらったら『ありがとう』だろうが!」
夢羅がなにも言わないので、美乃は我関せずと、一人団子を食べていた滝川の側にいき、手にした団子を、滝川が持ってきているペーパーナイフで横様に突き刺した。
「ちょっと尖りすぎ。もう凶器だよ、このペーパーナイフは」
滝川は、あやうく唇を切られるところだった。
「夢羅、口開けて。ほら団子食って糖分補給。そうすりゃ口もきけるから」
美乃はペーパーナイフにつきさしたまま団子を夢羅の口元へもっていった。
夢羅は、ペパーナイフに刺さったままの団子を食べた。そして小さな声で言った。
「……ありがとう」
一年A組の支配者が変わった瞬間であった。
「あら、荒木さんてば、字間違えてるよ!」
美乃が可愛い声で言った。
「死ねの『し』は『詩』よ、ね。『信長は、詩ねといった!』が正しいの。人間、人生は詩よ。そう思わないこと。荒木夢羅さん」
美乃は、口元の笑顔だけで、夢羅に言った。
「は、はい!」
不登校の信長美乃の高校生活は、こうやって、新しく始まった……。