大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・秋物語り2018・3『変身エスケープ』

2018-07-22 07:14:19 | 小説4

物語り2018・3
『変身エスケープ』 
 
               


 麗と美花とわたしの3人で、その夕方、東京をフケた……。

 ほんとは、小島みなみって子がいっしょに行くはずだった。どたんばで親にバレ、不参加になったので、わたしは、すんなりと、みなみの代わりに入ることができた。
 家には、今夜友だちの家に泊まるって、デタラメの名前と電話番号をお母さんに渡したら、すんなりOKになった。
 わたしは、今まで問題なんて起こしたことのない子だったのと、弟の方がグレかけていたので、拍子抜けするほど怪しまれなかった。

 新宿の集合場所に行くと、まず、美花が目に付いた。夜行バスの待合いの正面にいたので、すぐに分かった。約束どおり、三人揃うまでは口をきかない。
 わたしに尾行とかが付いていないのを確認したんだろう、目の端に麗が見えた。麗は、わたしたちの一つ後ろの列に座った。

「これが学生証。東都短大の一年生ってことになってる。あたしが吉田志穂、美花が田中咲、亜紀が氷川聡子ってことになってる。平成12年の生まれ。亜紀の聡子だけが誕生日過ぎてるから、19歳。ということで、よろしく。たった今からサトコとサキだから、よろしくね。それから、スマホで東都短大のこと、一応見といて」

 そして、三十分後の夜行バスに三人は収まった。サキの美花と隣同士の席になった。わたし美花、いやサキとあまり親しくないことを気遣った麗……いや、シホの配慮。

「あたし、在日だってことは知ってるよね?」
 走り始めて5分ほどでサキが切り出してきた。
「うん、水泳部にも、ちょこっと見学に来てたよね」
「覚えていてくれたんだ……」
 サキは嬉しそうに言った。
「お下げが似合ってたのと、名前がよく分かんないので覚えてる」
「呉美花(オ ミファ) あたしの本名。使えっていわれたから、そう名乗ったんだけどね……」

 うちの学校は、入学式に本名を使うように、担当の先生が、わざわざ言った。最初のホームルームでも、クラスによっては、担任が本名宣言を勧める。美花の担任は若い組合の先生で、熱心だった。で、美花は、こう自己紹介した。

「呉美花と書いて、オ ミファって読みます。よろしく……」

 担任一人、盛大な拍手をしてくれ、正直戸惑った。そんな特別な扱いはして欲しくなかった。日本人でも在日外国人でも同じだから、普通に受け止めてくれれば、それでいい。英雄みたいに拍手なんかいらない。拍手するんなら、あたしが、絶滅寸前の水泳部志望ってあたりでして欲しかった。

 クラスで、本名を宣言したことで、特にシカトされたことなんか無かった。ただ、クラスの半分ぐらいからは、うっすらと距離を置かれていることがもどかしかった。
 本名宣言をしたからなのか、美花自身の性格の問題なのか、クラスが大人しいせいかは。判断がつきかねた。
 ただ、担任が見かけ倒しなのは、ゴールデンウィークごろには、はっきり分かった。演説ばっかやって、生徒の話を聞こうとする姿勢も力も無かった。
 ゴールデンウィーク明けに、麗がつまらないことで、男子とケンカした。手こそ出なかったけど、麗は放送禁止用語みたいな言葉をいっぱい言った。すごくテンポが良かったので、ビートたけしみたいで、聞いていて、何回か笑いかけた。バカにされたと思った男子が、麗の襟首を掴もうとして、逆にねじ上げられてしまった。
「あ、ワリー。ちょっと少林寺なんかやってたもんだから。なんなら、今から保健室行こうか、女子の襟首掴もうとしたら、逆にねじり上げられて、なんだか痛いんですって。あたしも付き合ってあげるからさ。ね、ドーヨ」
 で、クラスは爆笑になった。担任が、廊下の向こうから、見ていたのを、美花は気づいていた。美花や、何人かの生徒は、担任が何か言うと思っていた。

「寸止めや襟首掴むのも立派な暴力行為。必ず懲戒にかける」

 生指部長の梅本は、そう言っていたし、よそのクラスでは、もう何人か戒告とか訓告とかになっていた。それを、うちの担任は無かったことにしちまった。

――せめて、事情ぐらい聞けよ。で、演説すんなら、こういうとこだろ――

 美花は、最初期待しただけに、見損なった気になった。

「美花、本名宣言したんだって?」
 現社の荒巻先生が、食堂で隣同士になったとき、ことのついでのように言った。
「ああ、はい。でもミファって言いにくいのか、最近はミカってよばれることの方が多いです」
 風采の上がらない中年だけど、美花は、この荒巻先生が好きだった。

――いつやるんですか、明日でもいいじゃないですか!――

 ときどき言う、このオヤジギャグが好きだった。この言葉を文字通り受け止め、入学時の課題をいつまでも出さない生徒には、こう言った。
「明日は無限には続かない、だろ。一学期は七月で終わりだし、高校は三年、人生は80年ほどでおしまいだ。物事には、それに相応しい明日という期限がある。明日まで待とう、明後日じゃ、もうシャレにならない」
 そう言って、明くる日課題を持ってきた生徒のはうけとったけど、二日遅れた生徒のは拒否した。
「本名なんて、宣言なんかじゃなくて、普通に言えばいい。学校が本名にしなさいって言うんだったら、その後にやってくるだろう事への備えや覚悟が、学校になきゃなあ……いや、余計なことを言ってしまったな」
「そういうことは……明日でもいいじゃないですか」
 荒巻先生は、この美花にとっては調子がいいだけのギャグを大笑いしてくれた。美花が、学校で心から笑った、数少ないことだった。

 その荒巻先生は、この春に転勤してしまった。

 で、美花は、二年生になってから、通名の高階美花に戻ってしまった。大きな絶望やら、考えがあってのことではない。どうも学校がアテにならないことや、通名の響きが好きだったことによる。

 バスは、夜明けに大阪の難波に着いた。

 バスから降りたとき、三人はサキ、シホ、サトコになっていた……。
  

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高校ライトノベル・上からアリコ(^&^)!その20『エピローグ』

2018-07-22 07:00:15 | 小説3

上からアリコ(^&^)!その20
『エピローグ』



「しまった……!」
 思わず口をついて出てしまうところだった。 

「失礼しました……」
 そう言って、頭を下げたとき、それが目に入ってきた。


――来る者は拒まず。 
 ここまではいい。次の行を読み間違えていた。
――去る者はいない……だと、感じていた。

――来る者は拒まず、去る者は追わず。文芸部。
 と、当たり前に書いてあった。

「どうかした?」

 アリコ先生が振りかえった。
「あ、あの……文芸部に入ろうかなって……」
 千尋は、自分でも分からない収まりの悪さを感じながら、要領をえない答をした。
「このポップ、なんか変?」
「いいえ……そうじゃなくって」
 アリコ先生は、ほんのわずかに小首をかしげて言った。
「……ちょっと中庭にでもいって、話ししようか。ね、千尋」
 千尋は、初めて会ったアリコ先生が、下の名前で呼んだことに少し驚いた。胸の名札には阿倍野としか書いていない。アリコ先生は三年の担当で、一年の千尋とは縁がない。考え始めたときには、カーディガンを羽織りながら職員室を出て行く先生のあとに続いていた。

「まだ少し記憶が残っているようね」

 アリコ先生は、赤いバラを手折ってベンチに座った。昼前にやんだ雨が、バラの中に露となって憩っていた。強いバラの香りが、あたりに満ちた。
「あ……」
 千尋は満開のバラのように目と口を開けたまま、蘇った記憶に混乱した。
「赤いバラは、記憶を蘇らせるのよ」
「だって、あれは運動会の日のことでしょ……?」
「そう、わたしたちは、あの一ヶ月前の世界に戻ってきたの」
「先生は……」
「千尋には、まだお礼を言ってなかったから、ちょっと記憶を完全に思い出してもらったの」
「小町は、もう蘇ってこないんですね」
「ええ、千尋のおかげよ。ありがとう」
 それから、アリコ先生は全てを話してくれた。稲井豊子の姿で身を隠した小町をおびき寄せ、その野望を打ち砕くための企みといきさつ。そして、それには安倍晴明の血を引く千尋の、本人も自覚していない力が必要だったことを。
「ほんとうにありがとう。千尋がいなければ、この街……いえ、この国は小町に乗っ取られるところだった」
「わたしに、そんな力は……」
「あるのよ。わたしの体は歳をとらないし死ぬこともない。でも、千年も生きているとね、ここは、もうズタズタ」
 アリコ先生は胸に手をやった。
「心が……?」
「そりゃそうよ。この千年間のこの国の不幸や争い事を全部見てきたのよ。好きな人や尊敬できる人と出会っても、いっしょにいられるのは二十年が限界。でしょ、いつまでも若いままで、その人たちの前にいるわけにはいかないものね。で、その人たちとの何度ものお別れ。そして、小町との争い」
「そうなんだ……」
「その千年間の疲れが、左半身に出てきてね。ちょっと左手きつかったの」
 千尋は、先生のポニーテールに目をやった。以前のように左サイドにはなっていなかった。
「ちょっと小首をかしげるのも、そのせいだったんですか?」
「ええ、無意識だけど、どうしてもね」
「あれ、可愛かったですよ」
「ありがとう」
「でも、あれって先生の苦労の現れだったんですね……」
「千尋の姿勢の悪さといっしょね」
「あ、はい。気をつけます」
「……名残惜しいけど、これでお別れね」
「アリコ先生……」
「千年の宿敵も倒した。少し休もうと思って……千尋がおばさんになったころ会うかもね」
「はい……」
「オジイチャンによろしく……」
 そういうと、アリコ先生は白いバラを手折って、クルっと回し、あたりは新しいバラの香りに包まれた。
 千尋は一瞬めまいがした。めまいが収まると、一人でベンチに座っている自分に気がついた。


――わたし……なんで、こんなとこにいるんだろう?――


「阿倍野さん、バレー部考えてくれた!?」
 二階の渡り廊下から、バレー部の関根が帚(ほうき)を振りながら叫んだ。
「あ、もうちょっと考えさせて下さい!」
「いいわよ、良い返事期待してるね!」
 その関根の後ろで、渡り廊下を走っている一年生を叱っている美咲の声がした。その美咲が、関根と入れ替わった。
「千尋ちゃ~ん、いっしょに帰ろ!」
「うん、下足室で待ってて!」

 下足室へ向かおうとして、千尋は振り返った。なにか去りがたい気持ちになった。
「なんで、わたしって泣いてるんだろう……」
 その時、正門の方から犬の楽しげに吠える声がした。声だけで分かった。美咲ちゃんちのナナが、また散歩の途中で、ご主人の美咲ちゃんのお父さんの手を離れて駆け出したようだ。
 下足室から、美咲ちゃんといっしょに出てくると、ナナは三年生の男子生徒を追いかけ回していた。
「うん、あいつなら噛みついても許す」
「いいの?」
「いいのよ、田中卓真って、少しヤナやつだから」
 やっと、お父さんがナナを捕まえた。千尋と美咲ちゃんは、知らないふりで空を見上げながら校門を出た。
 三つむこうの通りの屋根ごしに鯉のぼりが泳いでいる。

 その上の空は、午前中まで降り続けた雨がウソのような青空が広がっていた。

  ――完――

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