大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

シニアライトノベル・栞のセンチメートルジャーニー『その始まり』

2018-07-24 06:55:03 | 小説3

栞のセンチメートルジャーニー
『その始まり』
 
          

「兄ちゃん、いちだんと出不精になったね」

 冷蔵庫から、お決まりのコーヒー牛乳のパックを二つ取りだし、炬燵の上に並べながら言った。
「オレは、そんなに肥えてない。現役時代の67キロをキープしてる」
「そのデブじゃないよ。相変わらずのダジャレだなあ」
 パックにストローを刺して、わたしに寄こした。
「還暦前のオッサンが、引きこもって、コーヒー牛乳飲みながら、パソコン叩いてるのは……」
「なんやねん?」
「うら寂しいね……」
 そう言って、栞は、コーヒー牛乳を飲みながら、部屋を眺め回した。
「あ、カレンダーが二月のままだ」
 身軽に立ち上がって、従兄弟のお寺さんからもらった、細長いカレンダーをめくった。寺のカレンダーなので、月ごとに、教訓めいた格言が書いてある。

「人間には 答の出ない悲しみあり……か」

 格言を音読した栞を見上げるようなかたちで目が合った。
「兄ちゃんの悲しみは……悲しみの象徴が、わたしなんだよね」
「何を勝手にシンボライズしとんねん」
「ほらほら、言ってみそ。『神崎川物語 わたしの中に住み着いた少女』に書いてるでしょ。『こいつには、いっぱい借りがある』って。あれは素直で、たいへん結構でした、花丸!」
「あれは、文飾や文飾!」
 わたしは、飲み終わったコーヒー牛乳のパックを屑籠に放り込んだ。見事に決まり、ガッツポーズ
「ナイス、ストライク!」
「子供じみたことを……雫が垂れて拭くのはわたしなんだよ」
 栞は、卓上のティッシュを引っぱり出して、拭いた。
「今、拭こうと思たとこや!」
「どうだか……」
 栞は、天井に付いたままのシミを見上げながら言った。
「あれ、リョウ君が小さいときに、チュウチュウ握って吹き上げたときのシミ。すぐに拭くからって、そのままにしたもんだから、もう取れなくなっちゃったんだよね」
「なんで、そんな細かいとこまで知ってんねん!?」
「だって、妹だもん。それも悲しみの象徴の……」
 おちょくった、憂い顔になった。
「これ、見てみい……」
 本棚から、一枚の封筒を取りだし見せてやった。
「公立学校共済……年金見込額等のお知らせ?」
 コーヒー牛乳の最後の一口を口に含んで、栞は吹き出しそうになった。
「安……!」
「せやろ、シブチンやないと、長い老後はやっていかれへんのや!」
 わたしが二十七年間勤めて、確定した共済年金額は1165900円に過ぎない。老齢年金や、個人年金を加えてもカツカツである。

「でも、それが出不精の言い訳にはならないわよ!」

 その一言で、栞を乗せて、玉串川の川べりを自転車で二人乗りするハメになった。むろん栞の姿は見えないので、人にはえらく重い自転車を漕いでいるように見える。
「なんで、幻の栞に体重があるんや!」
「兄ちゃんには、栞は実在だからね。悪しからず」
 この二三日暖かくはなったが、玉串川の桜は、まだまだ固い蕾だった。
「まだ、ちょっと早かったなあ……」
「ちょっと、待っててね」
 栞は自転車を降りると、あたりを見渡し、一番老木と思われる桜に、何やら話しかけ、気安く「お願~い!」という風に手を合わせた。
 すると……その桜が、みるみる満開の桜になった。
「うわー、ごっついやんけ!」
 思わず、河内弁丸出しで声を上げてしまった。
「この桜はね、もう歳をとりすぎたんで、この春には咲かないんだ。咲かないと分かったら、もう切り倒されるだけ……で、お願いしたの。元気だったころの姿を一度だけ見せてちょうだいって」
「ほんなら、これは……」
「そう、この桜の青春時代の思い出……三十分ほどしか見られないから、しっかり見て上げて」
「うん……」

「これは見事やなあ……!」
 十分ほどたったころ、後ろで声がした。見ると、目のギョロっとした坊主が、後ろ手を組んで満開の老桜を見上げていた。
「このお坊さん、この桜が見えるんだ……」
 この桜の満開の姿は、他の通行人の人には見えない。なのに……。
「フフ、お嬢ちゃんの姿も見えてるで。お嬢ちゃんが、この桜を励ましてやってくれたんやな」
「あ、あ、あの、お坊さん……」
「孫ほど歳が離れてるように見えとるけど、あんたら兄妹やな……」
「坊んさん……ひょっとしたら、天台院の?」
「せや、今東光や……」

「これ貸したげよ」

 満開の桜の下で、事情を説明すると、東光和尚は、衣の袖から、何やら取りだした。
「これは、地図帳と年表ですね……」
「せや、ただ特別製でなあ。力のあるもんが念ずると、それで、旅行がでける。地理的にも時間的にもな」
「ボクに、そんな力が!?」
「アホいいな。あんたは、ただの初老のおっさんや。力があるのは、妹さんの方や」
「わたしが?」
 栞もびっくりした。
「この桜を元気づけて、昔の姿を思い出せたんや、あんたには、そのくらいの力はある。まあ、家帰って試してみい。単位にしたら、ほんの何センチやけど、ほんまに行けるよって。まあ、ちょとしたセンチメートルジャーニーやな」
 そのダジャレが自分でもお気に召したのか、東光和尚は呵々大笑された。
「こんな貴重なもの……どんなふうにお返しにあがったらよろしいんでしょう?」
「あんたが、要らんようになったら、自然にワシとこに戻ってきよる。気いつかわんでええ」
「ありがとうございます」
 兄妹そろって、頭を下げた。
「ほんなら、もう行に。あんたらは、もう、この桜堪能したやろ……こいつは、もとの老桜に戻るとこは見られたないらしい」
「あ、ほんなら、これで失礼します」
 わたしは、自転車に跨った。妹の体重が掛かるのを感じてペダルを踏もうとしたとき、東光和尚の声がかかった。
「お嬢ちゃん、あんた名前は?」
「はい、栞っていいます」
「ええ名前や。人生のここ忘れるべからずの栞やなあ……大事にしたりや、兄ちゃん」
 和尚が桜を見上げるのを合図のように、ボクはペダルを漕ぎ出した。

 そして、後ろはけして振り返らなかった……。

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高校ライトノベル・秋物語り2018・5『初出勤だよ~ん!(^0^)!』

2018-07-24 06:43:53 | 小説4

秋物語り2018・5
『初出勤だよ~ん!(^0^)!』 
       

 人物:サトコ(水沢亜紀=わたし) シホ(杉井麗) サキ(高階美花=呉美花)


 あー、さっぱりした! 真夏のお風呂って、やっぱサイコー!

 人殺し(厳密には傷害致死で、病院で亡くなってる)のあった部屋でも、真っ昼間は気にならなくなった。
 シホがエアコンをガンガン効かしてくれていたので、ゴクラクゴクラクだ!

「お、シホ、ビールなんか飲んじゃってるじゃん!」
 いっしょにお風呂入ったサキが陽気に叫んだ。
「ノンアルコール。冷蔵庫開けてみな」

――仕事以外での飲酒喫煙禁止!――

 冷蔵庫の裏側に張り紙がしてあった。
「シビアなんだね……」
 サキが感心したように言った。

「キャー!」

 風呂上がりのシホが、洗濯をしようとして、叫んだ。
「ゴキブリでも入ってた?」
「ううん、もっとスゴイよ……」
 わたしとサキが覗いて、同じように驚いた。洗濯機の中に男物の下着やTシャツが入っていたのだ!
「……ちょっと、フタの裏に張り紙」

――洗濯物は、男物といっしょに洗って干す。下着は中で干すこと。ダミーの男物は新品、安心せえ――

「行き届いてんね」
「それだけ、物騒なのかもね」

 それから目覚ましを5時に設定してから昼寝した。初めての家出の興奮で眠れないかと思ったら、意外に5時まで寝てしまった。身支度して、ちょっと濃いめのメイクをシホにやってもらい。最後にルージュを引いて、口をパカパカやってると、ドアベルが鳴った。
 スコープで覗くと、シゲのオジサンが、スーツ姿にメガネで立っている。
「オジサン、イメチェンじゃん!」
 ドアを開けながら、シホが叫び、わたしとサキは目を丸くした。どう見ても銀行の課長ぐらいに見える。
「アホ、大きな声出すな。この辺はカタギの人が多いねんさかいな」
 そういうと、シゲさんは下駄箱から、男物の靴とサンダルを出した。
「ええか、玄関には、こないやって男物の履き物を置いとくこと、戸締まりは大丈夫やろな?」
「うん、ベランダとか二重のロックにしておいた」
「よっしゃ。洗濯もんは、ちゃんとやったな?」
「はい、張り紙通りインナーは部屋の中でーす」
 サキが、リビングの一角を指差した。色とりどりの下着を見ても、シゲさんは「ウン」と頷くだけであった。

 廊下に出ると、タイミング良くお隣さんが顔を出した。二十代とも四十代とも取れそうな女の人だった。
「あ、これが、さっき言うてた子らですわ。あんたらも挨拶しとき、こちら、お隣の雨宮美香子さん。さっき、わし挨拶しといたさかい」
「どうも……雨宮です」
「吉田志穂です」
「氷川聡子です」
「田中咲です」
 わたしたちは高校生のように挨拶した……って、本物の高校生なんだけどね。

「雨宮さんて、ひょっとしてラノベとか書いてる雨宮さんですか?」
 駅へ行く道すがらサキが思い出したように聞いた。
「なんやよう知らんけど、作家の先生らしい」
「サインとかもらっちゃおうかな。あたし、たまに雨宮さん読むから」
「ま、そんなことは親しいなってから。それより、道しっかり覚えときや」

 周りは、大阪の下町と町工場がチラホラという感じ。曲がる角をしっかり頭にたたき込む。

「ほら、イコカや、とりあえず一万円チャージしたあるさかい、あとは給料もろたときに自分でやり」
 シゲさんはイコカを配ってくれた。

 布施って駅で乗って、四つ目の難波で降りた。で御堂筋を北に向かい、橋を渡って、二つ角を曲がると、朝は気づかなかった新品の『ガールズバー リュウ』の看板が眩しかった。
「「「おはようございまーす」」」
 期せずして三人揃っての挨拶になった。寒いくらいにエアコンが効いていて、思わずゾクっときた。

 ゾクっときたのはエアコンのせいばかりではなかった。カウンターにスゴミたっぷりのオネエサンが座っていた。

「この子らやね、リュウちゃん?」
「うん、大晦日の餅や」
「つきたてホヤホヤ……もうちょっとギャグは勉強せなあかんな、リュウちゃん」
「うん、勉強するわ」
「はい、ほんなら自己紹介から」

 三人、型どおりの自己紹介をした。

「ムツカシイことは、うちの接客見て覚え。今は一言。喋るときは相手の顔見て、笑顔を絶やさんこと。あとはガールズバーやから、多少素人っぽい方が、ええ」
「はい」
「三人とも、スカートめくってみい」
「え!?」
「言われたことは、ちゃちゃっとする。ヘソのとこまでスカートめくれ!」

 言われたとおりに、スカートをめくった。

 オネエサンはめくったスカートの中よりも、顔の方をしっかり見ているようだ。シゲさんはポーカーフェイス。リュウさんはグラサンなんでよく分からない。
「サトコちゃんだけやな、男知らんのは……」
 シホとサキが俯いた。わたしは意味が分かるのに数秒かかり、分かったら顔が赤くなった。
「ええか、ここはリュウちゃんがまっとうになるための店や。ガールズバー言うのは本来は2号営業いうて、0時以降の営業はでけへんけども、ここは深夜酒類提供飲食店の許可とってるよって深夜営業もやる。せやけど接待行為はでけへん」
「あ、それ説明いりまっせ」
「ここはカウンターだけや。意味分かるなあ……あんたらは、こっちゃ側には出てきたらあかん。カウンターにいっしょに座って酒注いだら、それが接待行為や。カラオケのセットもあるけど、お客といっしょに歌うたらあかん。まあ、カウンター越しに軽い話が限界。分かるなあシホちゃんサキちゃん。どんな誘いがあっても、お客とややこしい関係になったらあかん。店外恋愛、あるいは類似行為はいっさい、あ・き・ま・せ・ん」
「はい」
 シホとサキが、しおらしく返事をした。
「サトコちゃん、あんたも気いつけてなあ。ま、ウチが気いつけるけど。リュウちゃん、あんたもしっかりしいや」
「うん」
「ほなら、まず着替えてもらおか」

 カウンターの上にAKBのようなコスがドサリと置かれた。

「これやったら、長袖で上着も付いてミセパンで、オケツ冷えんのも防げるしな。ほな、かかろか」
 で、シホにしてもらったメイクは全部取らされて、ツケマこそしているけど、清純のモテカワ系に仕上がった。
「学校のことは、なるべく喋らんように。で、ヒマがあったらAKBやらNMBの勉強と学校のこと、よう調べとき。それから、あ……きたきた。厨房やってくれはる滝川さんや。2/3用心棒やけどな」
「冗談きついな、メグ。わし、ほんまに厨房だけやねんさかい」

 滝川さんの人相と、体つきは、わたしが見ても普通のオジサンではなかった。マジ怖げだった。

「ほんなら開店や、シゲさんとサトコちゃんで呼び込み、リュウちゃんは、店の外やら内やら見てお勉強、さあ、イッツ ショータイムや!」

 店の外に出るとタマゲタ。看板の中に仕込んだ照明がきらびやかで、店の前には小ぶりだけど「祝開店の花輪」がいくつも並んでいた。

「ええか、ミナミは客引き厳しいよってにな、大きな声出したらあかんで、さりげのうティッシュ出して、受け取ってもらうだけでええ。あとは普通の声で、いらっしゃいませ、とか、本日開店です、とか言うとったらええからな。うちは、あくまでも清く正しいガールズバーめざすんやさかいな。あ、ありがとうございます……」
 シゲさんは、そう指導しながらも、もう5人ほども、チラシティッシュを配り、二人お客さんをゲットしていた。
「すごいですね、シゲさん」
「あら、サクラや」
 シゲさんが、腹話術のように言った。三十分で交代して店に戻った。三人のお客さん相手に、メグさんは、そつなく。シホとサキはぎこちなくやっていた。

 初日は、こうやって始まっていった……。

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