大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・246『二日遅れの名月』

2021-09-24 11:03:07 | ノベル

・246

『二日遅れの名月』頼子      

 

 

 不覚にも笑みがこぼれてしまった。

 

 サッチャー女史が来られなくなったのだ。

 憶えてるわよね?

 ヤマセンブルグでの、わたしの教育係り。

 本職は女王のメイド長。実質秘書と言ってもいいんだけど、本人はプライドを持ってメイド長と称している。

 一昨年ヤマセンブルグに行った時から、その肩書に『プリンセス教育係り』というのが付け加わった。

 わたしは日本との二重国籍なので、正式にプリンセスになってからなんだけどね。まあ、一つには、そういう風に外堀を埋めていって、わたしが日本国籍を選んだりしないようにって布石。

 宮廷内でも、サッチャー女史を教育係りにすれば、ひょっとして彼女が日本に行ってしまうんじゃないかという期待もあったみたい。

 彼女が傍にいないとお祖母ちゃん(女王)は、なにかと不便なので、実際に付いてきたのは、ご存知のソフィー。

 で、まあ、コロナの影響で領事館住まいを余儀なくされてるんだけど、楽しい高校生活を送らせていただいています。

 でも、無駄に責任感が強いサッチャー女史は「鉄は熱いうちに打て」とばかりに、この夏から大阪に来て、わたしをイジメる気満々だった。

 それが、直近のPCR検査で陽性になってしまった!

 本人もお祖母ちゃんもワクチン接種は終わっているので、大事になることはないんだろうけど。二週間の隔離のうえ、日本行は流れてしまった。

「残念なことに、イザベラ(彼女の本名)さんは来られなくなってしまいました」

 そう告げた総領事の頬は緩んでいて、わたしに伝染してしまった。そうよ、伝染よ! 私が最初に笑ったわけじゃないからね!

「国内的にもいろいろありますので、とりあえず、イザベラさんの来日は白紙ということになりました」

「まあ、白紙なの、それはそれは……」

「まことに残念です」

 お互い顔を伏せて残念がる。だって、顔を見たらお互い笑い出すの分かってるからね。

 

「殿下」

 

 部屋に戻る廊下でソフィーが呼び止める。

「なに?」

 振り返ると、ポーカーフェイスのまま、胸元にカードを掲げている。

「ん?」

 名刺大のそれに顔を寄せると、ソフィーもズイッと突き出す。

「え、免許とったの!?」

 それは、日本の免許証とは、ちょっと異なる国際免許だ。

 コクンと一回だけ頷く、わがガーディアン。

「ソフィアって(思わずキチンと呼んでしまう。普段は相性のソフィーなのにね)18歳だったの!?」

 学校では同じクラスなので、てっきり同い年かと思っていた。

「女性に年齢を聞いてはいけません」

「アハハ、そうなんだけど、わたしの周囲って謎の人物多すぎ」

 いつのまに取ったんだろう? たぶん、こないだまでの学年閉鎖の間に違いない。

「二日遅れですが、中秋の名月見に行きましょう!」

 

 ソフィーもサッチャー女史の来日が流れてアグレッシブになっているようだ(^_^;)

 

 たとえ中秋の名月でも、月は月でどこから見ても同じなんだろうけど、やっぱ、領事館の庭よりは、日本建築のほうがいい。

「やあ、いらっしゃい!」

 墨染めの衣で出迎えてくれるテイ兄さん。

 本堂の縁側におしるしのお団子のほか、女子会には欠かせないスイーツのアレコレを並べて、微妙に欠けている満月を愛でる。

「キチンとお月見するなんて初めてです!」

 一番感激しているのは、文芸部の最年少の夏目銀之助少年。

「これで、マスクかけなくていいんなら、文句なしなんですけどね」

 情緒を大事にする留美ちゃんは、ちょっとだけ残念そう。

「せやけど、お寺やから、ソーシャルディスタンスはバッチリでしょ!」

「そうだね」

 一般家庭だったら、まだ正式には緊急事態宣言も解除されていないので無理だったろうね。

「行楽地も、あちこち人出でいっぱいだったらしいから、こういうのっていいんじゃないかなあ」

 詩さんも縁に後ろ手突いてしみじみしている。この、中学と高校の先輩である詩さんは、年ごとに綺麗になっていく。

 月を見上げる横顔の顎から喉元にかけての線が、とってもいい。

 さくらは、さくらなりの……えと……魅力があるんだけど、この従姉女史の美しさは格別だ。

「なに見とれてるんですか?」

 う、さくらは目ざとい。

「月よ、月」

「ほんとうに月がきれいですねえ……!」

 感極まった感じで、横に座った銀之助が呟く。

 ちょっと返事に困る。

「ぎ、銀之助少年、それは、口説き文句やぞ!」

 テイ兄さんが、言わずもがなを叫ぶ。

「え、え、あ、あ、そんなんじゃないんです(;゚Д゚#)!」

 純情な中坊が、空気をかき回すように手を振ってアタフタ。

 初めて運転を許されたソフィーも明るく笑っている。

 あのサッチャー女史がいたら目を剥いて怒っていただろうね。

 

 鬱々とした毎日だけど、今年は、いいお月見ができた。

 めでたしめでたし(^▽^)

 

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ライトノベルベスト『MAX 50% OFF』

2021-09-24 06:43:07 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『MAX 5O% OFF』  

 



 MAX 50% OFF……という赤い看板が緩い坂道の途中で目についた。

 通りがかりの社長は思った。暮れのボーナスは……こんなもんか。
 組合との交渉がむつかしくなるなあ。世間はアベノミクスで景気が良くなってきているから、うちの社員は期待しているだろう。でもな、ウチみたいな中小企業は……社長は、坂道を下った。

 体重100キロのオネエチャンは、こう思った。
 ここまで、減らせたらねえ。あたしの運命も変わるカモね。と、ため息ついて坂道を登っていった。

 ジイサンは思った。年齢がこれくらいになれば……いや、この人生を半分戻ってやりなおすなんてごめんだね。首を振って、坂道を下っていった。

 アイドルは思った、スケジュールがこれだけ減ったら、恋が出来る……でも、それって落ち目ってことよね。そう言って彼女は、坂の上の事務所を目指した。 

 サラリーマンは思った。オレが就職したころは、求人倍率はこれくらいだった。オレは運の良い方だな。そして、目の端に捉えたものに気づかないふりをして坂の下の得意先にむかった。

 サラリーマンにシカトされた失業者は思った。こんな数字でなきゃ、オレだって就職できたのに。あいつが声を掛けてくる確率は、こんなものだと思ったけど、実際シカトされると……下りかけた坂道を上りなおした。

 小さい女の子が通った。
 あ、50さんが、お鈴持って喜んでる! あれ、右手かな、左手かな? 女の子は坂の上で手を振っているお母さんのところまで、スキップしていった。

 非番のお巡りさんが思った。うちのひったくり件数が、ここまで落ちればいいのにな。
 でもいいや。ひったくりの半分を強盗って事にすれば、ひったくりの数は減る。お巡りさんは人相が悪くなって、坂道を下っていった。

 困難校の先生が坂道を登ってきた。
 うちの生徒の、卒業率だな。240人入学して、100人ほどしか卒業しないんだもんなあ。来年こそは……担任が当たらないように願いながら、坂道を上り続けた。

 元総理大臣が、人目に付かないように帽子を目深にかぶり、看板を見た。
 あの時の選挙、せめて、これぐらいの減少なら、政権を手放さずに済んだのに。そう呟いて、坂を下っていった。

 近所の奥さんが通った。うちの亭主の酒、これくらいに減ったらいいのに。

 坂の下から、旦那が会社から戻ってきた。
 女房の器量はこれくらいだな。結婚前に比べて……オレの酒の原因は、ここにあるんだけどなあ。
 夫婦揃って、坂道を登っていった。

 近くの基地に、ジェット戦闘機で戻る自衛隊のパイロットが、その看板をチラ見して思った。
 スクランブルがこれくらいに減ればなあ。あっと言う間にジェット戦闘機は、坂の向こう側に消えた。

 店の主人が出てきて看板をしまいながら思った。

 ここまで、値引きしても誰も買わねえなあ。

 THE END


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