大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 34『トランペット吹きの休日』

2021-09-27 14:55:48 | ノベル2

ら 信長転生記

34『トランペット吹きの休日』  

 

 

 今日は吹部にしよう。

 

 笑みの下に決然とした意志を籠めて利休が囁いた。

 前世から、静かなやつだったが、茶道の元締めだからかと思っていた。

 むろん茶道が、利休の人間形成に大きく働いたことは確かなのだろうが、いやはや、茶道の効能と言うのは大したものだと再認識した。

 考えてもみろ、利休は元々は堺の魚問屋だ。小さな声で務まる稼業ではないぞ。おまけに、飛ぶ鳥を落とす勢いの堺商人の中で頭角を現して会合衆(えごうしゅう)の幹部にまでなった奴だ。茶道も、利休の自己教育力もなかなかのものだと思ったぞ。

 俺たちも、ちょっと気合いを入れ過ぎてしまった。

 剣術の相手は宮本武蔵で、こちらは俺(信長)と信信(信玄・謙信)コンビだ。熱くならない方がおかしい。

 先日の試合は中庭に始まり、旧校舎の裏からグラウンドに広がって、花壇や植え込み、藤棚などをメチャクチャにし、朝礼台までぶち壊してしまった。

 途中、信玄が旧校舎の廊下をショートカットに使ったので、窓ガラスやサッシもけっこう壊してしまった。

「生徒会の予備費がぜんぶ修繕代に消えてしまいました」

 生徒会会計の石田三成がボヤいていたらしい。

 それで、俺たちに体育会系の部活はやらせてはいけないということになって、利休は吹部を選んだようだ。

 

「空いている楽器なら、どれでも使ってください」

 

 部長の高山右近が音楽準備室に連れていってくれる。

 右近なら、グリ―クラブや宗教研究会とかをやっているかと思ったので、ちょっと意外だ。

「わたしはユーホニアムをやってみよう」

 謙信は、過たずユーホを手に取った。

 謙信ならフルートが似合うと思ったのだが、ひょっとして京アニの『響け!ユーホニアム』のファンなのかもしれない。

「儂はスーザホンをやってみたい」

 うん、信玄の体格ならそうだろう。

「あ、今日は室内でしかやりませんからあ」

「そうか、カッコいいと思ったんだが」

「スーザホンてド・ソ・ドの三音階しかないぞ」

「そうなのか、ピストンは、ちゃんと三つついているぞ」

「そういうものなんだ、メロディーが吹きたいなら……トロンボーンなんかどうだ。わたしのユーホとの相性もいいわよ」

「よし、謙信がそういうなら」

 信玄はトロンボーンに決まった。

「では、織田さんは?」

 右近が小首をかしげる。なんだか、自然な流れのようだが、カマされているように感じるのは考えすぎか?

 右近は清楚系に見えていても、荒木村重と連携が組めるほどの胆力や如才のなさも持っている。

「俺は、トランペットでいこう」

 金管楽器でもトランペットはメロディーの最前列という感じがして、ちょっと信長的だ。

「ちょうどよかった、今日のレパは『トランペット吹きの休日』だわ(^▽^)」

 なんだと?

 せっかく選んで休日とはなんだ!?

 文句を言おうと思ったら、みんな、いそいそと音楽室へ向かうのでタイミングを失う。

 それに、いちど選んでおきながら「いやだ」というのは信長的美学ではない。

 

 で、やってみてビックリした!

 

 トランペットは、2分50秒の演奏時間の間、吹きっぱなしなのだ! それも、めちゃくちゃテンポが速い。

 む、むつかしい……。

 しかし、弱みは見せられない。

 転生した信長のすごさを見せてやらなければ、いや、魅せてやらねばなあ!

 パチパチパチパチ(#^▽^#)!!

 最初は詰まりっぱなしだったが、信長の底力、下校時間の放送が掛かるころには、一度も詰まることなく、カッコよく吹き終わって、吹部のみんなが拍手をしてくれたぞ!

「き、きれいだ(;'∀')」

「え?」

 信玄が熱い眼差しで俺を見る。

「わたしも、そう思う。信長、こちらに来て、今の君は、いちばん美しいわ!」

「よ、よせ、信信コンビ!」

「ほんとだわ、鏡を見て、織田さん!」

 右近が音楽室の鏡を指さす。

 つられて鏡を見てビックリした。

 ずっとトランペットを吹き続けていたので、白い顔がポッと上気して、目も潤んでしまっている。

「なによりも、その唇だ!」

 信玄が鏡の中に割り込んでくる。

 信玄もポッチャリ系の美少女なのだが、鏡の俺は、唇が紅を引いたように赤く潤って、自分の顔でありながらドギマギしてしまう。

 パシャパシャ パシャパシャ

 謙信や吹部のみんながスマホで写真を撮りまくる。

「信長、ちょっとキスさせろ!」

「わたしも!」

「ちょ、信信コンビ! 冷静になれ!」

「よいではないか、よいではないか……」

「おい、よせ!」

「ああ、うちはそういう部活じゃないんですけど……」

 ヒューーヒューー

 右近が困った顔をして、部員どもが囃し立てる。

「もう、やめろーーー!」

 俺は、トランペットを持ったまま逃げ出した。

「待って、信長く~ん」

 信玄の気持ち悪い声が、すぐ後ろに迫ってきたのは、もうちょっとで校門を出るところだった。

 校門に見覚えのある生徒が夕陽に照らされて立っていた。

 吹部の熱気が吹き飛んでしまった。

「宮本武蔵じゃないか……」

「どうした武蔵?」

 さすがに信信コンビ、スイッチを切り替えたように冷静になって、武蔵の答えを待った。

「三国志が侵入してきたぞ」

「「「なに!?」」」

 

 武蔵の頬や足に返り血が飛んでいることに初めて気が付いた……。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本武蔵        孤高の剣聖

 

 

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ライトノベルベスト・『夏のおわり・2』

2021-09-27 06:28:45 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

のおわり・2』 




 朝起きたら、リビングのエアコンが入っていなかった。いよいよ夏の終わりか!?

「今日二三日だけよ。週末は、また夏が戻ってくるわ」
 朝ご飯を用意しながら、お母さんが言う。
「そ、そうだよね。夏はまだまだだよね」
「そうよね、昔は、盆過ぎにはトンボが飛び始めて、朝晩は秋って感じがしたもんだけどね。今の夏はしぶといよ」
 婆ちゃんが、なんの気なしに「しぶとい」とこは、あたしを見て言った。

 婆ちゃんは、十年前まで高校で先生をやっていた。だけど、あたしの成績に文句を言ったことがない。

「成績が多少よくてもね、大人になっちまえば……アハハ、あたしもグチっぽくなってきたね。夏、五分遅れてるよ」
「うん、大丈夫。かっとびで行くから……」
 あたしは、急いで朝ご飯をかっ込み、カバンを持った。
「夏、朝のウンコは?」
 婆ちゃん、言葉にはデリカシーがない。
「タイムスケジュールを変えたの。そういうのは帰ってから!」
「肌荒れのもとだよ……」
 婆ちゃんの最後の言葉をドアといっしょに閉めきって、駅に急いだ。今なら当駅仕立ての準急に……間に合わなかった。

 電車の中は、東電の影響による節電、そして駅まで努力した結果による体温上昇で、蒸し風呂のよう。おまけに各駅停車。英語ではローカルって言うんだよな……なんで、都心でローカルだあ……なんて満員電車の中で押しくらまんじゅう。

 カーブのところで、みんなカーブの外側に寄ってしまう。で、後ろから思いっきり体を押しつけられた。一瞬「チカン!」と思った。でも、背中のあたりに膨らみを感じて、女の人なんだ、と安心。

 さらに急カーブになって圧力が増す。後ろの女の人は、思わず前の窓枠に手を着いた。着いたその手は小ぶりだけども、直感的に(女じゃない!?)と思わせるものがあった。
「ごめん。後ろの圧力がすごいもんだから……!」
 その声には聞き覚えがあった。あたしの勘に間違いがなければ、テレビで時々見るニューハーフのコイトだ。思わず振り返ると、紛れもないコイトちゃんの笑顔が間近にあった。

「ども……」

 あたしは、引きつった笑顔になった。

 あたしは、特段この手の人に偏見はない。と言って、こんなに密着するのも初めてだったけど……あたしは急にモヨオシテきた。きたって言ったら、アレよアレ、婆ちゃんが言ってた三文字!

 次の駅で降りたら、次の電車は15分後、完全に遅刻。おまけに一時間目は担任の渋谷の英語だ。学校最寄りの駅まで3駅。ダッシュでトイレに駆け込めば……間・に・合・う~!

 あと二駅というところで、手足に粟粒がたち、脂汗が流れてきた。なんとか気を紛らわさなきゃ。
 あたしは、追い越していく列車を見た。急行はエクスプレスという……特急は、リミテッドエクスプレス……回送はノット オン サービス。その時反対方向から準急。相対速度230キロですれ違ったが、ジュニアエクスプレスの字は、はっきり見えた。なかなかの動体視力だ。で、忍耐力だと自分でも感心した。

 やっと駅に着いた。あたしは人を押しのけて、リミテッドエクスプレスの勢いで、駅のトイレに向かった。
「失礼な子ね!」
 よく通るコイトちゃんの声が、後ろでしたが、かまってはいられない。

 運良く、トイレは一カ所空いていた……。

「吉田……吉田夏、吉田ア……!」

「は、はい!」
 後ろのドアからこそっと入ったあたしは、気を付けをして、返事をした。遅れたのは、あたし一人で、恥をかいた。
「いっそ、遅刻した方がすがすがしいな」
 加藤が、そう、あの加藤が、そう言って冷やかした。
「人には事情ってものがあるの!」

「今から、宿題テストをやる。ちゃんと宿題をやって来た者は楽勝。やらなかったものは……それなり」
 そう言って渋谷先生は、何人かの顔を見た。その中に、あたしが入っていたのは言うまでもない。

 ぜんぜん分からん……と、思ったら、いくつかの単語は分かった。

「夏もおわりだ……って、シャレじゃねえけど、夏、こんなんじゃ入れる大学ねえぞ」
「はい……」
「お婆ちゃんは立派な先生、お母さんは学校でも指折りの優等生、で、娘がこれか? ちっとは、しっかりしろ」
 放課後、職員室で絞られた。
「でも、夏。宿題も提出してない、つまり、やってないお前に、なんでこの単語だけ書けたんだ?」

 その単語は、特急、急行、準急、回送、そして普通の三つだった。

 つづく

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