大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

誤訳怪訳日本の神話・59『二つの珠とヤマサチのあれこれ』

2021-09-07 16:40:45 | 評論

訳日本の神話・59
『二つの珠とヤマサチのあれこれ』  

 

 

「婿どの」

「は?」

「あ、いや、やっぱりお帰りになるのだろうのう……」

 ワダツミの神が名残惜しそうに言います。

 もともと海の底に来たのは、兄のウミサチから借りて失くしてしまった釣り針を探すためです。

 その釣り針が見つかったのですから、もう、海の底の宮殿に居る理由はありません。

「はい、大変お世話になりましたが、兄のウミサチに一刻も早く返しに行きたいと思いますので、これにて失礼いたします」

「さようか、ならば、トヨタマヒメ、あれをお渡しなさい」

「はい、お父さま……」

 父に促されて、トヨタマヒメは二つの珠を渡します。

 えと、玉ではありません、『珠』と書いてあります。

 玉は水晶や翡翠ややらの陸上で採れる貴石ですが、珠は、真珠の珠の字を書きます。つまり巨大な真珠の一種だと思えばいいでしょう。

「いざという時には、これをお使いください」

「二つとも頂けるんですか?」

「はい、これは二つでワンセットなんです」

「というと?」

「こちらが塩盈珠(しおみつたま)です。この珠には海の水を呼ぶ力があります。そして、もう一つが塩乾珠(しおふるたま)です。この珠には溢れた海の水を引かせる力があります」

「これをどのように?」

「どのように使うかは、ヤマサチさま、あなた次第です」

「婿……いや、ヤマサチどの、地上にお戻りになれば、おのずと分かるでしょう。使うべき時、そして使うべき場所が。ここぞと思う時に、きっとお役に立つであろう」

「そうですか、それでは、ありがたく頂戴します」

「それから……」

「はい?」

「兄上に釣り針を返す時は、後ろ向きにわたして、こう呟くのです……ゴニョゴニョゴニョ」

「は、はい、分かりました。ゴニョゴニョ……」

「いけません、ここでおっしゃっては!」

 トヨタマヒメは、慌ててヤマサチの口を可愛い手で塞ぎます。

 マヂカにトヨタマヒメの朝シャンの香もかぐわしい顔が迫って、いっそこのまま残ろうかという気持ちも湧きますが、グッと堪えて地上に帰ることにしました。

 

 ちょっと余談です。

 

 ヤマサチの物語に限りませんが、旅の青年が泊まった先で、泊まった家の娘が夜伽に出るということは、地方によっては近世まであったようです。

 青年は、できれば都などから流れてきた貴種であることが望ましいのですが、それほどこだわりません。

 泊めた青年が、なかなかの人物と思った時は、家の主、あるいは本人の意思で一夜を共にします。

 現代に感覚では、ちょっとビックリなのですが、近世以前は、場所によっては日常的な人の出入りがほとんどありません。記紀神話が成立した八世紀初頭なら、もっと切実であったのかもしれません。

 閉鎖的な集落の中では、外部との人の行き来がほとんどありません。

 

 司馬遼太郎さんのエッセイに、こんなのがありました。

 

 奈良の村から大阪の学校に行った福田定一少年(司馬さんの本名)が夏休みで村に帰ると、村の少年たちが福田少年のところにやってきます。

「おい、福田、大阪には海があるて聞いたけど、海て、どんなもんや?」

「海は……でらい水たまりじゃ」

 でらいとは大きいという意味です。

「でらい水たまりか?」

「どのくらい、でらい?」

「上の池よりもでらいけ?」

 上の池というのは、村の池でいちばん大きな池です。

「ほら、でらいわ。でらすぎて、向こう岸が見えん」

 ここまで言うと、村の少年たちはケラケラと笑い出します。

「福田ぁ、ウソ言うたらあかんぞ」

「ウソとちゃうわい」

「そんな、向こう岸が見えんような水たまりがあってたまるか。なあ」

「ほうや、ほうや!」

 福田少年は、嘘つきにされてしまいました(^_^;)。

 ほんの八十年前、生駒山が隔てていたとはいえ、大阪湾からニ十キロちょっとの奈良県の話です。 

 

 近世以前は、福田少年のエピソード以上の深刻な問題があったでしょう。

 人の行き来が乏しいために、集落の中が、近親婚に近い状態になって遺伝学的な問題が起こるのです。

 昔の人は、経験的に、新しい血を入れなければならないことを知っていたのでしょう。

 外から来た若者には、外部の血液を得るという意味合い、役割があったと思います。

 

 乏しい知識からの想像ですが、継体天皇は応神天皇の五世孫として越前の国から招かれました。

 徳川家康の祖先は、まだ一族が松平と称していたころ、松平郷に流れ着いた僧侶の血が入っていると言われています。

 まあ、そういう半ば日常、半ば夢物語のような要素が入って生まれたエピソードではないかと思います。

 

 次回からは、大詰めのヤマサチ・ウミサチの勝負の話に進んで行きたいと思います。

 

 

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せやさかい・242『臨時の学年集会』

2021-09-07 08:55:58 | ノベル

・242

『臨時の学年集会』さくら      

 

 

 オリンピックが終わったと思たらパラリンピックも終わってしもた。

 

 パラリンピックは、ほとんど見てへん。

 開会式と閉会式をネットで、あとは、リビングのテレビに映ってたのをチラ見した程度。

 その瞬間瞬間は感動もしたんやけど、大きなニュースが重なって、オリンピックほどには見れてません。

 

 菅首相が次の総裁選挙には出えへんこと。

 

 くしくも、一年の時の担任と同じ苗字。陰では菅ちゃんと呼んでた。

 無神経で、気のきかん担任やったけど、お母さんの介護とかでは、妹さんとぶつかったりして苦労してた。

 たまたま、家のお使いで阿倍野に行った時に、妹さんと揉めてるとこ見てしもて、見直したん半分、やっぱり不器用な人やと思たん半分。

 菅ちゃんと違って、菅首相はやることはやったと思う。

 ワクチンをいち早く確保して、接種回数は1億2000万を超えた。10月ごろには、アメリカやEUを抜いて、世界でもトップの接種率になるらしい(未だに接種してないあたしは……という問題はあんねんけど)

 スマホ料金引き下げた。不妊治療の保険適用を実現した。福島の処理水を解決(海に放流やったっけ?)

 オリンピックとパラリンピックもやり遂げた。

 なんで、テレビとかでは菅ちゃん以上のダメ男みたいに言うんやろ。

 

 あと、内親王さんのこととか、アフガニスタンのこととか、女子高生が殺されたこととか……これは、頼子さんのメールも大きい。

 うちと留美ちゃんが、ちょっと中学生離れしたとこがあるのんは頼子さんの影響やと思う。

 せや、頼子さんとこ(真理愛学院)は、二年生が学年閉鎖。むろん、コロナが原因。

 

 ペシペシ!

 

 頬っぺた叩いて、正気に戻る。

 クソ、瀬田と目ぇ合うてしもた。

 瀬田いうのんは、一年からの腐れ縁男子。

 同じ一年からいっしょでも、留美ちゃんは『運命の友』瀬田は『腐れ縁』です。

 気を取り直して六時間目の国語を机の上に出す。

 

 ピンポンパーン

 

―― 三年生に伝えます。三年生は、臨時の学年集会をやりますので、至急体育館に集まってください。繰り返します…… —―

 

 学年主任の春日先生の声が黒板の上のスピーカーから響く。

―― なんだろうね? ――

 留美ちゃんが、目ぇだけで聞いてくる。

「いま、放送あった通り学年集会です、直に体育館! 急いで!」

 ペコちゃん先生が、直に言いに来る。

 念がいってる。グズグズするやつとか、信じられへんけど放送聞いてへんやつとかおるもんね。「え、なんで?」とか聞き返しとる瀬田とかね。

 菅ちゃんは、こういうとこ気の回らん人やった。

 ああ、もう、元担任の事は忘れよ。

 

 ざわつきながらも、二分ほどで落ち着いた体育館。

 

 一昨日ごろから涼しなってきたとは言え、三年全員が入って、冷房のない体育館は、やっぱ暑い。

 壇上に春日先生。各担任の先生がクラスの前に立って、ようやく、学年集会。

 ピーーーーーーーン

 マイクとスピーカーがハウリング。

 春日先生が、落ち着いた様子で放送係りの先生に合図すると、マイクはようやく正常になって、春日先生が口を開いた。

『結論から言います。三年生の修学旅行は中止に決まりました』

 思いのほか、反応が無い。

 かねて、噂はあったしね。

 このコロナの状況では、しゃあない。

 

 しゃあないねんけど、後の話は、ちょっとも頭に入ってこーへんかった。

 

 

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ライトノベルベスト『ホームラン王 残念さん』

2021-09-07 06:18:56 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『ホームラン王 残念さん』  



 

 三郎は、今日も不採用通知を受け取った。

 これで59社目である。

 最初のころは、封筒を開けるまでドキドキした。「ひょっとしたら!?」という気持ちがあったからである。

 友だちが自分の合格通知を封筒ごと見せてくれて分かった。

 合格通知は、その後に必要な書類や、注意書きが入っていて分厚いのである。友だちのそれは84円で足りず94円切手が貼ってあった。

 それから、三郎は封筒を持っただけで分かるようになった。定形最大は25グラムまでである。不採用通知はA4の紙切れ一枚。10グラムもない。持てばすぐに分かる。

 次ぎに、三郎はポストの中のそれを見ただけで分かるようになった。二枚以上の書類が入っているものは、微妙に膨らみ方が違う。

 次ぎに、三郎はポストに入る封筒の音で分かるようになった。A4一枚の封筒が郵便受けに入る音は、ハカナイほどに軽い。

 三郎は、名前の通りの三男ではない。単に父が二郎であったことから付けられた名前である。しいて理由を探すと三人姉弟で、上二人が女で、ジェンダーフリーの精神からすれば、不思議ではない。これを思いついたときは、自分でおかしくなり、ダハハハとだらしなく笑った。

 PUUUUUUUUUUUUUUUU……

 運動不足で、緩んだ体から緩んだ屁がでた。まるで老人のアクビのように締まり無く、長ったらしい屁で、自分でもイヤになった。

 ヤケクソ半分でバットを持ち出して、銀行強盗……などは思いもせずに、淀川の河川敷に行った。

 河川敷の石ころを拾っては、川に向かっていい音をさせてバットで打ち込んだ。高校時代から使っている金属バットで、それなりに大事にしていたが、万年一回戦敗退の4番バッターでは、煩わしいだけのシロモノに成り果てていた。

 カキーン…………!

 ええなあ……音だけは。

 そのささやかな、ウサバラシも、心ないお巡りの一言ですっとんだ。

「ニイチャン、ここでバット振ったらあかん。そこの看板に書いたあるやろ」

「野球はアカンとは、書いたあるけど……」

「バット振るのも野球のうちや」

「あの……」

「なんや……」

 また緩んだ屁が出た。偶然お巡りは風下に居た。

「わ、く、臭い! イヤガラセのつもりか!」

「そんなん、ちゃいます……」

 お巡りが行ったあと、三郎は、つくづく情けなく、落ち武者のように河原に座り込んでしまった。

 

「懐かしい臭いであったのう……」

 気づくと、三郎の横に本物の落ち武者が座り込んでいた。

「あ、あんたは……!?」

「素直な性格をしておるの。お察しの通り、わしは落ち武者じゃ。もう、かれこれ四百年ほど、ここにおる」

 落ち武者は、槍の穂先で大きな頭ほどの石を示した。

「墓……ですか?」

「土地の者は『残年さん』と呼んでおる。少しは御利益のある、まあ、神さまのなり損ない、成仏のし損ないじゃ」

「はあ……」

「慶長二十年、わしは、ここで討ち死にした。徳川方二十余名に囲まれてのう。名乗りをあげようとすると、さっきのおぬしのように長い締まりのない屁が出てな。臭いはおぬしそっくりであった。臭いにひるんだ三人ほどは槍先にかけたが、所詮多勢に無勢。ここで朽ち果てることになったのよ」

「はあ……」

「同じ臭いの縁じゃ。なにか一つだけ願いを叶えてやろう。ただし、残念さんゆえ、大した願いは叶えてやれんがな」

「就職とか……」

「無理無理、ワシ自身が仕官の道が無いゆえ大坂方についたんじゃからの」

「じゃ、彼女とか……」

「……無理じゃのう、その面体では」

「じゃ、じゃあ、ホームラン打たせてくださいよ!」

「ほ、ほーむらん?」

「あ、このバットで、このボールを向こう岸まで打ち込みたいんです!」

「おお、武芸の類じゃのう。それなら容易い。今ここで打ってみるがよい」
 
 三郎は、高校時代の思い出のボールを、思い切り打ち込んだ。

 カキーン…………!

「また、おまえかあ!?」

 さっきのお巡りが、本気で怒ってやってきた。落ち武者の姿はすでになかった。

 偶然だが、このボールは、向こう岸で女の人を刺し殺そうとしていたオッサンの頭に当たって気絶せしめた。あとで、そのことが分かり、府警本部長から表彰状をもらった。

 その後、三郎は阪神タイガースのテスト生の試験を受けて合格した。バッターとしての腕を買われたのである。

 半年後、目出度く一軍入り。代打者として、またたくうちに名を馳せた。満塁ツーアウトなどで代打に出ると、必ずホームランをうち逆転優勝に持ち込んだ。

 そして、その年、タイガースはリーグ優勝してしまった。

 三郎はめでたくベンチ入り、日本シリーズも優勝し、いちやく時の人になった。

『イチローより三倍強いサブロー』がキャッチフレーズになった。『神さま、仏さま、サブローさま』ともよばれた。

 そして、これが三年続いた。

 なぜか、タイガースの人気が落ちてきた。

 

 必ず勝つタイガースは関西人の趣味に合わなかったのだ。

 阪神は、三郎を自由契約として、事実上首にし、ほどよく負けるようになって、チームの人気が戻ってきた。

 その後の三郎が、どうなったか、3年もするとだれも分からなくなった。

 

 甲子園球場の脇に石ころがおかれ、誰言うともなく、サブローの残念塚と呼ばれるようになった……とさ。

 

 

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