やくもあやかし物語・45
ペットショップが火事になるなんてめったにあることじゃない。
でも、じっさい火事はおこってしまって、わたしのところに来るはずだった子ネコは焼け死んでしまった。
だから、お父さんはアノマロカリスのお腹に入れたままになっていた手紙の事を言わなかったんだ。わたしは、アノマロカリスのお腹に俺妹女子キャラの縫いぐるみがあることさえ気づかない鈍感だ。鈍感はいいことじゃない。でも、鈍感だったから子ネコが焼け死んだことを知らずに済んだ。知ってしまったら、今よりもずっとナイーブだったわたしは耐えられなかっただろう。
お父さんも忘れっぽかったんじゃない。
知ってしまえば、わたしが傷つくことを分かって、あえてほっぽらかしにしたんだ。やさしい心遣いをしていたんだよね。
でも、それだけ優しい心遣いができるのにさ、どうして離婚することになったんだろう……。
いけないいけない、そのことを考えられるほど大人にはなっていないよ。
ここで思考を停止して帰りの電車に乗る。
なんだか簡単に見えるけど、そうじゃない。
ペットショップの跡地の前で十分以上も呆然としていたし、それからもまっすぐ帰らずに街をうろついた。ウインドショッピングしてファンシーショップで少し買い物をした。女の気分転換にはショッピングが一番。以前は軽蔑したお母さんのモットーが正しいことを認識した。正しいと言っても中学生だから大人買いはできない、お小遣いと相談の上TPOを考えなければならないんだけどね。とりあえず、今日はいいんだ。
電車に乗って気が付いた。
いちばん可哀そうなのは焼け死んだ子ネコだ。
かってもらえると(買うと飼うを兼ねてる)分かって、どんな家にかわれるんだろう? まさか、あのおじさんじゃないよね。しげちゃん(お店のスタッフ、とってもわたしらに愛情をもってくれている)との話でも「うちの娘が……」とか言ってたし、どんな娘さんなんだろ? 猫っ可愛がりしてくれるといいなあ♡ とか思ってたんだろうなあ。それが、あんな火事に遭ってしまって、あたし、まだ名前も付けてもらってなかったんだよ、名無しのニャンコ……生後三十日の命だったんだよ……。
そんなこと思ってると、とても悲しくなって涙が止まらなくなった。
オイオイ泣くもんだから他の乗客さんたちが変な目で見てる。前の座席のオバサンなんか――どうしたの?――という顔になってる。声を掛けられたら面倒だし恥ずかしいし……三つ目の駅で降りてしまった。
駅のベンチに座っても涙が止まらない。
三歳くらいの女の子が、しゃがみ込んで、わたしの顔を見ている。
気配が無かったので正直びっくり。反射的に立ち上がってホームの階段を目指す。
「おねーちゃーん」
あの子が呼んでる。
みっともないので改札を出てしまう。ファンシーショップの袋が破れていて買ったばかりのアクセを一個落としてしまった。
虹色のハートが付いたヘアピン。お気にだったけど仕方ない、いまさらもどれないよ。
仕方ない、一駅歩いて電車に乗りなおそう。
とぼとぼ歩くと背中をツンツンされた。
「落っことしたです、おねえちゃん」
さっきの女の子が小袋をフリフリ捧げ持っている。
「え、あ、いいわよ。やさしく気遣ってくれたからお礼にあげる」
「あ、でも……」
「いいわよ、取っておいて」
「そう……ありがとうおねえちゃん!」
もらうことに決心すると、小袋からヘアピンを取り出した。
「うわーー、とってもキレイ!」
「よし、髪につけたげよう」
つけてやると、ピョンピョン跳ねて喜んでくれる。思わず写メを取る。
「あたし、えりか。おねえちゃんは?」
「やくも」
「やくもおねえちゃん。うん、いい名前だ。じゃ、まったね~」
ピョンピョンとスキップして行ってしまった。
ケリがついたんだから目の前の駅に戻ってもよかったんだけど、次の駅まで歩くわたしだった。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け