泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
その片鱗は見えていた。
彼女がノリスケにビビっときたのは、ジブリアニメ『耳をすませば』の主人公、月島雫に自分を仮託したからだ。
ノリスケは彼女の想いを壊さないために付き合い始めた。
ノリスケは、あれでなかなかのェミニストで、女の子にはずいぶん優しい。
―― ソデにしたら、あの子は不登校になるかもしれない ――
最初は悩んでいた。増田さんが思ってくれているほどにはノリスケに気持ちは無い。
でも、いろいろ気遣っているうちに、ノリスケの気持にも変化が現れてきたようだ。
「すこし積極性が出てきたみたいだ」
彼女から「茶道部に入りました!」と報告された時は本当に嬉しそうにしていたからな。
でも、増田さんが初めて茶道部の部活に来たのが、わがサブカル研の活動日だったのには驚いた。風信子のダブルブッキングのせいなんだけどな。
さて、片鱗の話だ。
増田さんは、かなりのアニメファンなのだ、正確にはアニメのコスプレファンだったのだ!
だから、気絶から回復して、風信子が「夏コミにコスプレで参加しよう!」と宣言した時に、彼女のテンションは100倍になった!
テスト明け最初の日曜日、俺たちは水道橋の坂道を歩いている。
「すみません、見てもらった方が早いと思いまして」
水道橋駅の前で落ち合った増田さんは恐縮しっぱなしだ。
彼女のコスプレコレクションは量が多いので、サンプルを持ってきてもらうよりも、俺たちが足を運んだ方が早いそうなのだ。
「東京ドームあたりにはよく来るけど、こっち側は初めてだなあ」
「うんうん」
「そうだねえ」
神楽坂から水道橋は目と鼻の先なんだけど、生活圏は東京ドームのあたりまでで、その先は電車に乗った先の渋谷とかアキバになる。
学校や中小の会社、それに新旧の住宅が混ざっているのが特徴のようで、神楽坂と比べて賑わいが無い、逆に言えば落ち着いている。
増田さんは賑わいが無いと言う風に感じているようで、自分の責任でも何でもないのに、なんだか済まなさそうに見える。
「この角の向こうです」
角を曲がって示された先にはビルに挟まれるようにして『テーラー増田』の二階建てが見えた。
「「「お邪魔します」」」
「どうも、みなさんいらっしゃい」
お父さんらしい職人さんが店舗兼仕事場で出迎えてくださった。
「お休みの日にお邪魔してすみません」
「ハハ、うちは休みじゃないから。母さん、汐のお友だちが見えたよ!」
――はーい――
「あ、あいさつなんかいいから、あの、こっちです(;'∀')」
増田さんは、ちょっと不機嫌そう。友だちを呼んだりすることには慣れていないようだ。
「どうもみなさん、うちの汐がお世話になってます」
「あ、いいからいいから」
出てきたお母さんとの挨拶もそこそこに、作業場のドアの向こうに案内された。
てっきり二階への階段を上がるのかと思ったら、増田さんは、もう一つのドアを開けた。
「こっちです」
ドアの向こうは外だ。正確には裏のビルと増田さんの家の境目の路地。それを一列になって十メートルほど歩くとビルの裏口ドア。
別のビルの中に入って三階へ、増田さんはポケットから鍵を取り出した。
「ここが、わたしの部屋です」
入ってビックリした!
教室ほどのフロアは、まるでアキバの専門店かっちゅうくらいコスプレ衣装で一杯だった!
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
- 百地美子 (シグマ) 高校二年
- 妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
- 妻鹿幸一 祖父
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
- ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
- 木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
- 増田汐(しほ) 小菊のクラスメート
- ビバさん(和田友子) 高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ