かの世界この世界:174
あの二人はテルが起こせ。
霞の向こうにイザナギ・イザナミの姿が見えてくると、急にホバリングしてヒルデが言う。
勢いで追い越してしまい。大きくUターンして戻ってみると、ヴァルキリアの姫騎士は腕組みして考えている。
「どうした、ヒルデ?」
「いや、な、ここは日本神話の世界だ。なにかの因縁で出てきてしまったが、ここは日本人のテルが声をかけるべきだ。このアメノヌホコは、この神話を……どこまで続いているかは分からないが、偉大な出発点だろ。異民族のわたしがしゃしゃり出るべきではない」
「それは気にしなくてもいいよ」
「神話とは神聖なものだろう」
「そうなのか?」
「日本は、あまり、そういうことにはこだわらないと思う」
そもそもの始まりは、冴子と神楽舞の巫女をやったことが始まり。
神楽舞の巫女は十三歳の女の子が一生に一回だけやるものと定められているけど、わたしも冴子も十七歳になってもやっていた。
「そうか、それなら……」
再び前に進もうとしたら、わたしらの騒ぎで目覚めたのだろう、イザナギ・イザナミが飛んできた。
「いやあ、あなたたちが取り返してくれたんですか!」
「はい、これが無ければ始まりませんから」
「どうも、生まれたばかりで、わたしもイザナミも血圧が低くて。イザナミ、おまえからもお礼を言いなさい」
「どうも、ありがとうございます。謹んでお礼申し上げます」
丁寧に頭を下げる男女神。
「本来なら、わたしどもが澱の神どもを追って、自分の手で取り返さなければならないところでしたが……そちらは異国の神でいらっしゃいますか?」
「あ、ああ。北欧の主神オーディンの娘でブリュンヒルデと言う。ヴァルキリアの戦士の束ねをしている。ヒルデと呼んでくれればいい。よろしくな」
「それはそれは勇ましいことで、そのように戎装(武装)されていなければ、さぞや美しい姫様であられましょうに……」
「あ、ああ」
ちょっと上から目線?
「イザナミ、まずは、国生みをしなければ、時間が無いぞ」
「では、わたしたちは、これで」
「お二人は雲の上でおくつろぎになってください。国生みが終わったら、お礼の宴をひらきたいと思います。ぜひ加わってください」
「え、国生みをお見せするんですか!?」
「ああ、目出度いことだ。目出度いことは、みんなで祝うのがいいだろ」
「え、ええ、あなたがおっしゃるなら」
ちょっと、この夫婦には温度差があるような気がするけど、好奇心が――見ていけ――と言っているのに付き合うことにする。
ヒルデはポーカーフェイスを決め込んでいるけども、イザナミの物言いに、ちょっとカチンときている。そのカチンから見届けてやろうという気になっているようだ。
アメノヌホコは、ほとんど衝動で取り返しに行ったんだけど、この異世界に放り出されたのは意味があるはずだ。
ヒルデといっしょに二人の国生みがよく見える、フワフワの雲の上に落ち着いた。
「それでは始めます」
折り目正しくお辞儀をしたイザナギはイザナミを促して、二人で矛の柄を握った。
「お、結婚式のウェディングケーキに入刀するのに似ているなあ、『初めての共同作業』とか言うんだよな。そうか、これが起源だったのか!」
「ちょ、スマホで写真なんか撮っちゃダメよ」
「そうか、じゃ、キャンドルサービスの時にでも」
「いや、だから、結婚式じゃないから(^_^;)」
バカを言っていると、二人が手にしたアメノヌホコはヌルヌルと伸びていき、はるか下方で割りたての玉子のようにドロドロしているところに下りて行った……。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神