大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・『サヨナラの意味』

2021-05-25 06:04:43 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 

『サヨナラの意味』



 

 電車が去りゆく余韻が好きなんだ。

 カタンカタン、カタンカタン、とレールが鳴って、しだいに小さくなっていく。

 なんだか痛みが遠のいていくのに似ているとは思わないかしら?

 大げさに言うと浄化されるみたいな、ちょっとおセンチだけど、大団円を迎えたドラマの最終回みたいな。

 わたしは、そう思うの。

 All my troubels seemed so far away

 と言う感じ。

「じゃ、ユッコ……さよなら」
 あいつに、そう言わせたんだから。
「うん、さよなら……さよなら」
 やっと言わせたさよならだから、二回もさよならを言ってあげた。
 あいつは、電車のガラスに貼りつくようにして、わたしを見ていた。
 わたし、ずっと見ていてあげたよ。
 レールのカタンカタンが小さくなって聞こえなくなるまで。
 お母さんの時代だったら、別れのフォークソングが一つ書けそうなくらいの雰囲気だったよ。

 あいつも、今日は言葉を選んでた。

「時計を見てるユッコは、とてもゆかしいね」
 
 ゆかしい……なんて普通は言わないよ。なんだか昭和の小説みたいでさ。
 でも、今日の二人には「ゆかしい」が似つかわしく思えたよ。
 わたしだって、腕時計なんかしないけどさ。女の人が腕時計見る仕草っていいよね。
 あいつもそう言うからさ、スマホで時間を見るよりは雰囲気だと思って、ドンキで買っていったんだよ。
 なんだか『三丁目の夕日』の人みたくなれて、とっても雰囲気だった。

「俺、言葉は大切にしたいから」

 こないだのデートで「言葉って、どうして軽いんだろう……」って呟いたせいかもしれない。
 大した意味は無かった。
 終電までの時間、間が持たなくて、無口でいる言い訳を、ちょっとアンニュイに雰囲気出しただけなんだけどね。
 あいつは真正面から受け止めて、神田で古本買って勉強したんだって。
 そういうマニュアル的なとこってゲロが出そうなんだけど、鼻にしわ寄せて可愛く笑ってあげたよ。

 だって、今日はサヨナラの日なんだから。

 やっと言わせたさよなら。
 明日からは、気兼ねしないでM君に会えるよ。

 家に帰ったら、気配を察したんだろうか、お母さんが鼻歌を歌っていた。

 別れたら~ つぎの人~(^^♪

 普段は 別れても~ 好きな人~ と唄っている。

 昭和人間のお母さんらしい応援歌だ。

 
 
 いつもあいつと待ち合わせした、あの場所で、今日はM君と会う。

 とてもカジュアルな待ち合わせ場所だけど、あまり雰囲気を作ってもはしたない。
 だいいち待ち合わせの時間が、あいつの時よりも三十分も早い。
 時間を大切にしたいから、そう言ったらM君も「ボクも」そう言ってくれた。
 発展してもいいように、下着もちゃんと替えてきた。おくびにも出さないけどね。
 準備に手間取ったけど、五分前には着いちゃった。M君、先に着いてるかな~?

 いつもの自販機の角を曲がって目が合った……!

「やあ、早かったね!」

 あいつがニコニコ笑顔で立っていた。
「え、ええーーーーー!」
 母音の「え」を伸ばすことしかできなかった。だって、さよならしたんだもん!
 さよならは、これでもうお別れの最後の挨拶だもん!

 昭和の昔は、ごく普通のカジュアルなお別れでも「さよなら」と言っていたらしい。
 あいつは、得々としてマニュアル本を振りかざした。

 横断歩道の向こう側で、M君が白けた顔して突っ立っている。
 声には出さずに口の形だけで「サ・ヨ・ナ・ラ」を言うと、回れ右して行ってしまった。

 ああ、サヨナラの意味ぃーーーーーー!!!!
 


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