『サヨナラの意味』
電車が去りゆく余韻が好きなんだ。
カタンカタン、カタンカタン、とレールが鳴って、しだいに小さくなっていく。
なんだか痛みが遠のいていくのに似ているとは思わないかしら?
大げさに言うと浄化されるみたいな、ちょっとおセンチだけど、大団円を迎えたドラマの最終回みたいな。
わたしは、そう思うの。
All my troubels seemed so far away
と言う感じ。
「じゃ、ユッコ……さよなら」
あいつに、そう言わせたんだから。
「うん、さよなら……さよなら」
やっと言わせたさよならだから、二回もさよならを言ってあげた。
あいつは、電車のガラスに貼りつくようにして、わたしを見ていた。
わたし、ずっと見ていてあげたよ。
レールのカタンカタンが小さくなって聞こえなくなるまで。
お母さんの時代だったら、別れのフォークソングが一つ書けそうなくらいの雰囲気だったよ。
あいつも、今日は言葉を選んでた。
「時計を見てるユッコは、とてもゆかしいね」
ゆかしい……なんて普通は言わないよ。なんだか昭和の小説みたいでさ。
でも、今日の二人には「ゆかしい」が似つかわしく思えたよ。
わたしだって、腕時計なんかしないけどさ。女の人が腕時計見る仕草っていいよね。
あいつもそう言うからさ、スマホで時間を見るよりは雰囲気だと思って、ドンキで買っていったんだよ。
なんだか『三丁目の夕日』の人みたくなれて、とっても雰囲気だった。
「俺、言葉は大切にしたいから」
こないだのデートで「言葉って、どうして軽いんだろう……」って呟いたせいかもしれない。
大した意味は無かった。
終電までの時間、間が持たなくて、無口でいる言い訳を、ちょっとアンニュイに雰囲気出しただけなんだけどね。
あいつは真正面から受け止めて、神田で古本買って勉強したんだって。
そういうマニュアル的なとこってゲロが出そうなんだけど、鼻にしわ寄せて可愛く笑ってあげたよ。
だって、今日はサヨナラの日なんだから。
やっと言わせたさよなら。
明日からは、気兼ねしないでM君に会えるよ。
家に帰ったら、気配を察したんだろうか、お母さんが鼻歌を歌っていた。
別れたら~ つぎの人~(^^♪
普段は 別れても~ 好きな人~ と唄っている。
昭和人間のお母さんらしい応援歌だ。
いつもあいつと待ち合わせした、あの場所で、今日はM君と会う。
とてもカジュアルな待ち合わせ場所だけど、あまり雰囲気を作ってもはしたない。
だいいち待ち合わせの時間が、あいつの時よりも三十分も早い。
時間を大切にしたいから、そう言ったらM君も「ボクも」そう言ってくれた。
発展してもいいように、下着もちゃんと替えてきた。おくびにも出さないけどね。
準備に手間取ったけど、五分前には着いちゃった。M君、先に着いてるかな~?
いつもの自販機の角を曲がって目が合った……!
「やあ、早かったね!」
あいつがニコニコ笑顔で立っていた。
「え、ええーーーーー!」
母音の「え」を伸ばすことしかできなかった。だって、さよならしたんだもん!
さよならは、これでもうお別れの最後の挨拶だもん!
昭和の昔は、ごく普通のカジュアルなお別れでも「さよなら」と言っていたらしい。
あいつは、得々としてマニュアル本を振りかざした。
横断歩道の向こう側で、M君が白けた顔して突っ立っている。
声には出さずに口の形だけで「サ・ヨ・ナ・ラ」を言うと、回れ右して行ってしまった。
ああ、サヨナラの意味ぃーーーーーー!!!!