コッペリア・14
栞は一日半で教科書に飽きた。
正確に言うと、一日半で教科書の内容を理解してしまい、やることが無くなったのである。
栞の脳みそはコンピューター並のようだ。
「ねえ、兄ちゃん、野坂昭如の本が読みたい」
まだ眠りから覚めない颯太を上から覗き込むようにしてねだった。
栞の顔は、他の人がみればAKPの矢藤萌絵似の美少女だが、目鼻を描きこんだ颯太には、へのへのもへじに毛の生えたテルテル坊主ほどの顔にしか見えない。
ただ、少し変化があった。
「栞、瞬きするようになったんだな……」
「あ、そう? 栞、自分の顔は分かんない」
「いや、目も動くよ、ちゃんとオレと視線があってる」
颯太がガバッと起きると、栞の五百円玉ほどの目玉が瞬きしながら颯太の顔を追いかけてくる。しかし颯太は、さほど不思議には感じなかった。なんせ大家と不動産屋と自分以外は普通の人間に見えているのだ。
「で、なんで野坂昭如なんだよ?」
「教科書に『火垂るの墓』の一部が載ってるんだけど、全部読んでみたくて」
味噌汁に玉子焼きと進化した朝食を食べながら朝の行動が決まった。
区立図書館でカードを作り、限度いっぱいの十冊の本を借りて図書館を出た。
「キャー、痴漢!」
という叫び声がした。
女子学生風が胸をかばって、逃げるオッサンを指さしている。
「……!」
栞は無言でおっさんを追いかけ、数秒で追いついて足払いを掛け、まるでベテラン刑事のように犯人を確保した。
「兄ちゃん、警察に電話。そこの女の人は、こっちに来て!」
当たり前だが、手錠が無いので、犯人のベルトを外して腕を縛り上げ、ズボンを足許まで引き下ろした。
これは警察や軍隊の特殊部隊が倒した敵を確保するための方法だ! きっとパソコンを触っているうちに逮捕術の動画にヒットして覚えてしまったのだろう。
警察からは誉められた。そしてマスコミまできてコラム記事にしていく。これは栞の行動が水際立っていたこともあるが、被害者の女性が、実はネットなどで有名な女装家の男性で、そっちの方が注目された。マスコミは、そっちの方に興味をもってくれた。
栞の事が、あまり目立たなくて良かったと思った。栞には信じられない秘密が多いからだ。
なんとか栞を、普通の少女にしなくては……このままでは学校にも行かせられない(^_^;)。
颯太は、無い知恵を絞り、普通の女子高生なら必需品のスマホを買ってやることにした。
これなら、いつでも栞の動向がつかめるし、意志疎通もできる。なにより普通の女の子らしい。ただ、栞の事情から登録できるのが颯太と大家と不動産屋しかないのが寂しかったが、大家も不動産屋も喜んでいる。
そして、メル友に隣のセラさんが加わったころに予想もしない問題が起こり始めた……。