大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記・126『ツクツクボウシが鳴きやんで脱線する吉村先生』

2024-09-10 11:19:08 | 小説
(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記
126『ツクツクボウシが鳴きやんで脱線する吉村先生』   





 ついさっきまで鳴いていたツクツクボウシピタリと鳴きやんだ。


 出席簿を閉じて――さあ、これから授業――という吉村先生の手が停まってしまった。

「ああ、ちょうど、こんな朝でしたなあ……」

 品のいい関西訛で先生は遠い目になって窓の外に目をやって言葉を繋いだ。

「班長が家までやってきましてなあ『吉村、このままやと脱柵になるでぇ』と言いよりました」

 ダッサク?

 聞き慣れないダッサクという言葉と班長という学校でも日常的な言葉が混ざって、教室は――なんだろそれ?――という気持ちと――これは先生のフリートーキングになって授業が無くなるという期待に溢れた。

 まだまだ残暑厳しい九月の初め、エアコンも無い教室は短縮が終わって、生徒も先生もげんなりの空気。

「脱柵とは脱走のことですなあ……僕は当時は大阪に住んでましてね、十八年に召集されましてなあ、兵隊やっとったんですけども、二十年の七月に病気になって帰郷治療になったんです。まあ、当時は陸軍病院も焼けてしもて、ロクな治療が受けられませんからね、実家が大阪市内やし、そういうことになったんですなあ。もう半月も前に戦争が終わって軍隊も無条件降伏したんで、顔出すことも無いやろと思てたんですなあ……」

 そこまで話すと、先生はポケットから煙草を出しかけ――おっと――という顔になってしまい直す。

 ふふふ あはは

 ついうっかりの先生に自然な笑いが教室に起こる。

「無条件降伏しても組織は生きてるんですねえ、原隊復帰した上で兵役解除してもらうんです。そうすると現役で復員したことになって軍人恩給ももらえるというわけです……それが、ちょうどこんなツクツクボウシの声が途絶えた日ぃでしたなあ」

「階級はなんだったんですか?」

 高峰君が質問する。

「ああ、伍長」

 そう答えて、先生は黒板にきれいな字で書いた。

「下士官の下、兵隊の上いうとこですなあ。高峰君のお父さんは軍隊行ってはったのかなあ」

「はい、海軍の主計科でした」

「主計科かぁ、数学が出来る人がいくとこやなあ」

 あ、そういや、高峰君は数学が強かったっけ。

「海軍の主計いうと、外地で補給するときに活躍する部署でね、レートの計算なんか上手かった言われてます。あ、そういや、先月アメリカが固定相場制止めて変動相場制にしましたなあ」

 え、なんかむつかしい……と思ったら、高峰君とか何人かが身を乗り出して……10円男まで伏せていた顔を上げた。

「長いこと、一ドル360円でしたけど、320円……いや、もう300円ぐらいまでいきましたかねえ」

 わたしは、こういう話は弱い。

 令和では、一ドル150円くらいだったかなあ。

 360円と150円だったら360円の方が高いと感覚的に思うし、中学まではそう思ってた。

 だけど違うんだよね(^_^;)。

 一ドルのものを買うのに360円要る昭和。一ドルのものを買うのに150円ですむ令和という違いなんだ。つまり、令和じゃ360円で一ドルのキャンディーが二個も買えてお釣りがくる。それを昭和じゃ一個しか買えないということなんだ。

「きみらは、なんで、一ドルが360円だったと思う?」

「ええと、戦後ドッジという経済顧問がやってきて、インフレを収束するときに決めたんだと思います」

「アメリカ帝国主義の陰謀!」

 高峰君と10円男が答えて、当然のことながら10円男は笑われる。

 アハハハハ((´∀`*))ウフフ( *´艸`)

「うん、高峰君のも正解やけど、加藤君も正解というか大事な感覚やと思う」

 え? 

 ちょっと空気が変わった。

「360というと……」

 先生は黒板にきれいな円を描いた。

「円の角度は?」

 あ!?

「そう、円の角度は360度。公式な記録は残ってないと思うけど、ドッジは『What does yen mean? 』と聞いたやろねえ。すると日本の役人は『yen is a circle』と答えて『A circle is 360 degrees 』とドッジは返す。で、日本人は『ナイスギャグ!』と手を叩いて決まった」

 笑い声と、微妙にムッとした空気が同じくらいに起こった。

「まあ、この通りやったかどうかは分かりませんが、そういう空気が日米の間にはあります。まあ、このギャグが通じんようになって、ドッジは悔しいかもしれませんが」

 アハハハ((´∀`*))

 先生も笑いながら辞書を引いている。

「ああ、三年前に亡くなってますなあ……生きていたら『ざまあ見ろ』ぐらいカマせたかもしれないねえ。惜しいことをしたね加藤君」

「先生、いまの英文、黒板に書いてもらえませんか」

「ああ、いいよ」

 先生はサラサラと三つの英文を書いて、もう一度発音。

 みんなも書き写して「リピートアフターミー」とも言われないのにそれぞれに繰り返している。

 
 久々に生きた授業を受けた気がした。

 
☆彡 主な登場人物
  • 時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校2年生 友だちにはグッチと呼ばれる
  • 時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女 時々姉の選(すぐり)になる
  • 滝川                志忠屋のマスター
  • ペコさん              志忠屋のバイト
  • 猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
  • 宮田 博子(ロコ)         2年3組 クラスメート
  • 辻本 たみ子            2年3組 副委員長
  • 高峰 秀夫             2年3組 委員長
  • 吉本 佳奈子            2年3組 保健委員 バレー部
  • 横田 真知子            2年3組 リベラル系女子
  • 加藤 高明(10円男)       留年してる同級生
  • 安倍晴天              陰陽師、安倍晴明の50代目
  • 藤田 勲              2年学年主任
  • 先生たち              花園先生:3組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀  音楽:峰岸  世界史:吉村先生  教頭先生  倉田(生徒会顧問)  藤野先生(大浜高校)
  • 須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
  • 御神楽采女             結婚式場の巫女 正体は須世理姫
  • 早乙女のお婆ちゃん         三軒隣りのお婆ちゃん
  • 時司 徒 (いたる)         お祖母ちゃんの妹  
  • 妖・魔物              アキラ      
  • その他の生徒たち          滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 8組) 明智玉子(生徒会長)
  • 灯台守の夫婦            平賀勲 平賀恵  二人とも直美の友人  

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)147・香里菜が遅れた理由

2024-09-10 08:29:08 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
147・香里菜が遅れた理由 啓介 




「アハハ、そうやったんか(^□^)」

 かえって話しやすくなった。

 伊藤香里菜は、約束場所の屋上に来るについてツインテールを解いてロン毛にしてて時間がかかったらしい。

「鏡を見たら、なんか子どもっぽくって、先輩に会うんならロングにしようって、思ったのはいいんですけど、クセが付いてしまって。あ、朝シャンして、十分乾かさないうちにツインにしたからなんです。あ、こんなこと先輩には関係ないんですけど。それで、水で濡らしてブラシ掛けてたら、ちょっと時間がかかってしまって、遅れてしまって、すみませんでした(>▢<)!」

「いいや、それはかめへんよ、こうやって間に合ったんやから」

 我ながら優しい。これがミリーとかやったら「冷やし中華一杯の貸しやぞ」くらいの文句は言うてる。

 いや、じっさい、予想外のロン毛の姿を見ると、ツインテールよりも清楚系の美人に見える。いや、本人に自覚は無いのかもしれへんけど、この方が魅力的やと思うぞ。

「あ、あ……それで、それで、用件なんですけど」

「あ、うん」

「せ、先輩のことは、文化祭の『夕鶴』も観てました、あ、たまたまなんですけどリハーサルから見てました。文化委員で設営係りにあたってましたし、すごくリーダーシップのある人だと感心しました。こないだの野球部の件とかも、男らしい対応をされて、ヘリコプターが不時着した時も、身を挺して沢村さんを助けて、すごく立派だと感動しました!」

「あ、そうなん? あ、まあ、あれは、まあ、あの立場であそこに居たら、まあ、一応部長やしなあ」

「食堂の件も知ってるんです! て、いうか、あの時先輩の後ろに居ましたし」

「え、あ、ああ……」

 そうか、俺の後ろに並んでて田淵に横入りされてた一年の女子!

「横入りされたのはわたしたちの方なのに、先輩は毅然としてらっしゃって……」

「え、あ、いや。オレも、腹減って気ぃ短なってたしなあ(^_^;)」

「でも、あのあと野球部の窮状を知って、ピンチヒッターを引き受けられたのは立派です!」

「あ、ああ」

 ああ、尊敬のまなざしで見てくれてる。なんかワタワタしてきた。

「それに、河内長野の温泉で人命救助もされたじゃないですか!」

「ええ、それも知ってんのん!?」

「はい、あの時、先輩が人工呼吸して助けたのは、わたしのお祖母ちゃんなんです!」


「え、ええ!?」


 あ、たしか『サワちゃん』と呼ばれてた……あ……目の前の伊藤香里菜のプックリした唇と、もう忘れようとしていたサワちゃん婆さんのお湯でふやけた唇が重なって、クラっとしてしもた……。


 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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