2016年12月3日(土)
ご案内をいただいた「百田稔第6回作品展 北海道一周 冒険・お絵描きひとり旅編」と呼
ぶスケッチ展の観覧に出かけた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/b1/aeec36b9ae99622f36afe405db37b50a.jpg)
京成本線の市川真間(いちかわまま)駅を9時58分にスタートして細い路地を東へ、
県道264号に出てすぐ北、「相田みつをギャラリー サロン・ド・グランパ」が会場で
ある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/d2/3fe3edc7378f0e77920e8d029b8a5f10.jpg)
市川市内にお住まいの百田稔(ももだみのる)さんは、これまでに東海道、中山道、奥
州街道、九州、四国などを歩いておられ、現地で描いた絵はがき大の絵の作品展を過去5
回開催しているが、今回は昨年夏に車で北海道を一周して描いた作品展である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/5e/de408f915f7be3e4c5059a20905d0bbe.jpg)
37日間で描いた絵は174枚とか。その中の数10枚が展示されていて、いずれもほ
のぼのとして味わい深く、なかには貴重な風景もあり、ゆっくりと拝見した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/bb/f7db7f62b95fdc12a9f902ec52f811b4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/43/3c033928d014c87b30a5602b54662221.jpg)
百田さんも居られたので、ヒグマを気にしながらスケッチしたこと、知床ではヒグマの
姿を目にしたこと、過去に歩かれた沖縄のことなど興味深く伺う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/3b/c44a2b4c6f3b115c4ad2052fd51a6d69.jpg)
画集のひと組を分けていただき、1時間余り経過して店を出た。画集の中から3枚を。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/a5/b69cf6c18d5abb82c5badf49db7a5d98.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/ea/d9b5a71c6d0691638bc56bccc90d2312.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/cf/1fe6140fbf5303094de4cc713f727eb2.jpg)
なお、百田稔さんの「放浪のお絵描きおじさんのブログ」はこちらからご覧下さい。
今日は晴天で暖かい。周辺の社寺や旧跡などを巡り北へ、北総鉄道の北国分駅まで歩く
ことにした。
まずは近くの五差路の交差点から、北西に延びる「いちかわ文学の道」と呼ぶ遊歩道に
入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/91/87d0f5ec78f40b8c7d1323ee60c5f303.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/90/6c599954690daba9c2dd02bed432a938.jpg)
葉が落ちて紅葉も残り少なくなった桜並木に沿い、市川ゆかりの文学者や万葉集のこと
などを記した説明板がところどころにあるが、年月が経過し読みにくいのもある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/e1/d833b758734326eed8f360ecce6cb7e5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/8d/c4db4d519f63564813705f8c86744ab3.jpg)
真間川に出て文学の道は終わり、橋を渡って須和田二丁目の住宅地へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/12/511c47d1c629f9f74b71b6c28e0740d1.jpg)
形の良い松などの見える大きな民家前を東進して、県道264号との交差点際にある六
所(ろくしょ)神社へ。ちなみに、わが家の近くにも六所神社はある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c8/9a82f34fd86dcfd504ec554b1714908d.jpg)
12代景行天皇の勅願で国府台(こうのだい)に創建され、のち下総国の総社となり、
戦国時代は里見氏、北条氏、千葉氏の守護を受け、徳川氏からは朱印も賜ったという古社。
明治19年(1886)に境内が軍用地になりここに遷座されたという。社殿背後の大イ
チョウが、よい彩りを見せていた。
県道を横断して須和田一丁目に入り、東光寺に行く。植栽は少な目の境内、本堂前の六
角堂にお地蔵さんが祭られている。六角の地蔵堂は珍しいように思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/9b/032ccf8bde7bd0d7be328c627150de6d.jpg)
寺の横を北へ、民家にユズがたくさん実る。国分一丁目との境のT字路に突き当たると、
東側一帯は南北に延びる東京外環自動車道(外環道)の建設中で、かなり幅広く工事が進
められている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/3f/e6c8f22b5c92d6e9df36816202f2f1f8.jpg)
反対に西進して県道264号との交差点に出て、近くのガストに正午ちょうどに入り昼
食にした。今日の私の注文は、和食の彩り丼(税込み971円)とする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/b5/46c9119a6978ba7f48818ad6f5161738.jpg)
12時42分にガストを出た。交差点から西側の国分二丁目に入り、北側の台地に上が
って国史跡の下総国分僧寺(しもうさこくぶんそうじ)跡に行く。
天平13年(741)、聖武天皇の発願により全国に建立された国分寺のひとつ、当時
の面影はないが発掘調査の結果、法隆寺様式伽藍(がらん)配置の金堂、講堂、塔の遺構
が発見されているという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/51/cb41b42d780bed4e466767237ba6d306.jpg)
現在は国分山国分寺があり、近年塗り替えて色鮮やかな南大門は、当時の建築様式によ
る昭和53年(1978)の再建のよう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/a8/698b2316c084311fea3b976b202d70a8.jpg)
山門を入ると正面に堂々とした本堂が構え、右手前には大イチョウが黄葉真っ盛り。本
堂前のドウダンツツジもよい彩り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/36/62cad4fd19fcff537482c078fc22beb8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/1f/7ce76bec6136ddee181e21d94bec4177.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/f4/c5b86d33a68a191efe6fb0275dcf1613.jpg)
本堂近くには市川七福神の毘沙門天が立ち、その横には三地蔵が並び立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/1c/b4743b38b6a9599644192e71204e848a.jpg)
この三地蔵は、大正6年(1917)5月に東京・湯島小生徒が国府台里見へ遠足の帰
途、近くの渡舟場から小岩側に渡る小舟が転覆して溺死した3名をともらうために建立し
たのだという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/1a/96adac3106c15a67cb4e82516d2d6497.jpg)
国分寺の道路を挟んだ東側には、「いちかわ薬師」と呼ばれる宝珠院がある。山門を入
ると境内には植栽が多く、水子地蔵のそばにはぬいぐるみを並べた小屋がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/21/b02fb0844fec1d71ce86045b182235fe.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/b2/71c61e884a5cb8500fa35282b368239e.jpg)
本堂前に、高さ1mを越える大きなやかんが置かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/61/a018219dadaed8907466d12584966722.jpg)
山門近くには、千葉市検見川(けみがわ)の縄文遺跡から発見された大賀はすを育てる、
カメがたくさん並んでいた。
行きつ戻りつして、地図上宝珠院の東側に表示された稲荷神社を探すが見つからない。
その辺りの民家には皇帝ダリアが咲く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/29/3b92ee32552e6d8e6fa692eb08c25b94.jpg)
わが家周辺では11月24日の季節外れの雪で見る影もなくなっているが、この辺りは
降雪の影響はなかったようだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/78/e2b0723cbe2a1a3e88ecd54e6f5841bf.jpg)
宝珠院の背後を東進して経王寺に行く。本堂のそばまで墓地が迫り、南側墓地際には身
がわり厄除け観音像が祭られていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/fd/b3607e12f8e895cb2f59444daab22d27.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/c9/8eb9bc9c139898df36b8835087a96cca.jpg)
少し戻り北に進むと、突き当たりが日枝神社。拝殿前の大イチョウも黄葉真っ盛りで、
幹からは長い気根が伸びている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/2f/65ef00e34d48ed42c2ee62f0bddb8256.jpg)
近くに、東日本大震災により倒壊した鳥居の円柱2本の脚部が保存されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/f5/2b3cfc0bd494736ec96b85a28f3219dc.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/a4/572b10e19fb592fc323db13b13994541.jpg)
東に隣接して龍珠院があり、本堂前のモミジの古木がよい彩り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/5e/8dcb3588064faa1a1ddcb4e25ed8f3f4.jpg)
参道際にお地蔵さんなどが並び、左端の十九夜念仏講中塔には元禄10年(1697)
と刻まれていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/75/8b9da28394a4c9624862351b8b4570bb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/ec/d32fce0be06b273ff82af3d64ea664e9.jpg)
東に下り、県道264号のすぐ北の下総霊場十八番札所という竺園寺(ちくおんじ)に
入る。本堂の前に、水平に長く枝張りした松が目に付く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/cc/d649a484ce4777ceaccc641fa14ead01.jpg)
境内左手には、園通堂と呼ぶ方形屋根の端正なお堂があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/7e/bc7371c387ddad43c729e4f552a830a4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/4a/60bfab1b482f7087575160f59c67db38.jpg)
県道の横には幅広く工事中の外環道が接して景観に乏しいので、東に抜けて国分川沿い
に回って北進する。地図上の水田はサッカー場や野球場に変わり、北側の水辺にはサギが
見えた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/aa/e43dede47aabddf32e6a6f4e3bdf17bb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/86/e3be8f9e293ef88543515a2503932980.jpg)
広大な国分川調整池↑の南西端から、カルガモの泳ぐ国分川を渡り返して西北に向かう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/66/7badf051de8d00f96b7085bd6aea8408.jpg)
外環道工事か所と県道264号が交差するところを横断して、中国分小学校の北側でも
う一度外環道工事地点を横切り、掘ノ内一丁目に入った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/ad/829a2e1cf53c083728d62d3409223214.jpg)
西の台地上に見える市川考古博物館を目指して進み、北側に回り込むと手前に市川歴史
博物館があった。考古博物館を含む南から西側一帯は堀之内貝塚公園である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/4a/6e6f58fde9841735dedafba837180eb8.jpg)
まずは市立市川歴史博物館に入り(無料)、平安時代後半から現代までの市川市を紹介
する、五つの展示室を順次一巡した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/2e/8ddfb3476a45055b116fe9f98c1d8228.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/8e/88db722738440884cfd8631fdc8f15af.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/96/2ec50584eb1de01f5b14c45ed107a948.jpg)
南東に向かって緩やかに上がると市立市川考古博物館(無料)。こちらは先土器時代か
ら平安時代前半までの展示で、両館を観覧すれば市川市のすべての歴史が知れるように分
担展示しているようで、年代から考えればこちらの観覧が先だったかもしれない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/15/832b29b87c4d94fd9cbdc8a7f40af03b.jpg)
こちらも五つの展示室に分かれていて、先土器時代の出土品、弥生時代の土器、古墳時
代の出土品、奈良・平安時代の国府や国分寺に関する展示などを観覧した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/b6/92ea850eb8296bd341ac363be3f3c1f9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/f4/17fdf7708f531479fcc1682f5204d7f9.jpg)
館の南側広場からは東側の展望が開け、先ほど通過してきた堀之内一丁目付近で右にカ
ーブする、外環道の工事現場などが一望できる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/94/0ab56a7468b7a4e9191a753cc378ea9a.jpg)
郷土博物館の南側から西北にかけて、広葉樹林に覆われた一帯が国史跡堀之内貝塚。林
間を一周する遊歩道あるので一巡することにした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/33/fb05179704313bc97ff094dac3edc484.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/2b/65c6077623d96f5cee37b4a7e86516eb.jpg)
15時30分を過ぎて初冬の太陽が西に傾き、西側の斜面林が逆光に彩られる。時計方
向に回って10分ほどで歴史博物館前に戻り、掘之内貝塚公園を後にした。
北に少しで堀之内三丁目の住宅街を東進して、北総鉄道の北国分(きたこくぶん)駅に
15時50分に着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/fb/38a034403f75e2f48153ede227e42f48.jpg)
(天気 快晴後晴、距離 8㎞、地図(1/2.5万) 船橋、松戸、歩行地 市川市、
歩数 17,400)
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ご案内をいただいた「百田稔第6回作品展 北海道一周 冒険・お絵描きひとり旅編」と呼
ぶスケッチ展の観覧に出かけた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/b1/aeec36b9ae99622f36afe405db37b50a.jpg)
京成本線の市川真間(いちかわまま)駅を9時58分にスタートして細い路地を東へ、
県道264号に出てすぐ北、「相田みつをギャラリー サロン・ド・グランパ」が会場で
ある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/d2/3fe3edc7378f0e77920e8d029b8a5f10.jpg)
市川市内にお住まいの百田稔(ももだみのる)さんは、これまでに東海道、中山道、奥
州街道、九州、四国などを歩いておられ、現地で描いた絵はがき大の絵の作品展を過去5
回開催しているが、今回は昨年夏に車で北海道を一周して描いた作品展である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/5e/de408f915f7be3e4c5059a20905d0bbe.jpg)
37日間で描いた絵は174枚とか。その中の数10枚が展示されていて、いずれもほ
のぼのとして味わい深く、なかには貴重な風景もあり、ゆっくりと拝見した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/bb/f7db7f62b95fdc12a9f902ec52f811b4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/43/3c033928d014c87b30a5602b54662221.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/32/0a77a5403a89d9d8cd93eab0efd39d8f.jpg)
百田さんも居られたので、ヒグマを気にしながらスケッチしたこと、知床ではヒグマの
姿を目にしたこと、過去に歩かれた沖縄のことなど興味深く伺う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/3b/c44a2b4c6f3b115c4ad2052fd51a6d69.jpg)
画集のひと組を分けていただき、1時間余り経過して店を出た。画集の中から3枚を。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/a5/b69cf6c18d5abb82c5badf49db7a5d98.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/ea/d9b5a71c6d0691638bc56bccc90d2312.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/cf/1fe6140fbf5303094de4cc713f727eb2.jpg)
なお、百田稔さんの「放浪のお絵描きおじさんのブログ」はこちらからご覧下さい。
今日は晴天で暖かい。周辺の社寺や旧跡などを巡り北へ、北総鉄道の北国分駅まで歩く
ことにした。
まずは近くの五差路の交差点から、北西に延びる「いちかわ文学の道」と呼ぶ遊歩道に
入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/91/87d0f5ec78f40b8c7d1323ee60c5f303.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/90/6c599954690daba9c2dd02bed432a938.jpg)
葉が落ちて紅葉も残り少なくなった桜並木に沿い、市川ゆかりの文学者や万葉集のこと
などを記した説明板がところどころにあるが、年月が経過し読みにくいのもある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/e1/d833b758734326eed8f360ecce6cb7e5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/8d/c4db4d519f63564813705f8c86744ab3.jpg)
真間川に出て文学の道は終わり、橋を渡って須和田二丁目の住宅地へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/12/511c47d1c629f9f74b71b6c28e0740d1.jpg)
形の良い松などの見える大きな民家前を東進して、県道264号との交差点際にある六
所(ろくしょ)神社へ。ちなみに、わが家の近くにも六所神社はある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c8/9a82f34fd86dcfd504ec554b1714908d.jpg)
12代景行天皇の勅願で国府台(こうのだい)に創建され、のち下総国の総社となり、
戦国時代は里見氏、北条氏、千葉氏の守護を受け、徳川氏からは朱印も賜ったという古社。
明治19年(1886)に境内が軍用地になりここに遷座されたという。社殿背後の大イ
チョウが、よい彩りを見せていた。
県道を横断して須和田一丁目に入り、東光寺に行く。植栽は少な目の境内、本堂前の六
角堂にお地蔵さんが祭られている。六角の地蔵堂は珍しいように思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/9b/032ccf8bde7bd0d7be328c627150de6d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/ee/1db6378e4ce5b42d90fe4c4aed33a3d6.jpg)
寺の横を北へ、民家にユズがたくさん実る。国分一丁目との境のT字路に突き当たると、
東側一帯は南北に延びる東京外環自動車道(外環道)の建設中で、かなり幅広く工事が進
められている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/3f/e6c8f22b5c92d6e9df36816202f2f1f8.jpg)
反対に西進して県道264号との交差点に出て、近くのガストに正午ちょうどに入り昼
食にした。今日の私の注文は、和食の彩り丼(税込み971円)とする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/b5/46c9119a6978ba7f48818ad6f5161738.jpg)
12時42分にガストを出た。交差点から西側の国分二丁目に入り、北側の台地に上が
って国史跡の下総国分僧寺(しもうさこくぶんそうじ)跡に行く。
天平13年(741)、聖武天皇の発願により全国に建立された国分寺のひとつ、当時
の面影はないが発掘調査の結果、法隆寺様式伽藍(がらん)配置の金堂、講堂、塔の遺構
が発見されているという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/51/cb41b42d780bed4e466767237ba6d306.jpg)
現在は国分山国分寺があり、近年塗り替えて色鮮やかな南大門は、当時の建築様式によ
る昭和53年(1978)の再建のよう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/a8/698b2316c084311fea3b976b202d70a8.jpg)
山門を入ると正面に堂々とした本堂が構え、右手前には大イチョウが黄葉真っ盛り。本
堂前のドウダンツツジもよい彩り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/36/62cad4fd19fcff537482c078fc22beb8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/1f/7ce76bec6136ddee181e21d94bec4177.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/f4/c5b86d33a68a191efe6fb0275dcf1613.jpg)
本堂近くには市川七福神の毘沙門天が立ち、その横には三地蔵が並び立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/1c/b4743b38b6a9599644192e71204e848a.jpg)
この三地蔵は、大正6年(1917)5月に東京・湯島小生徒が国府台里見へ遠足の帰
途、近くの渡舟場から小岩側に渡る小舟が転覆して溺死した3名をともらうために建立し
たのだという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/1a/96adac3106c15a67cb4e82516d2d6497.jpg)
国分寺の道路を挟んだ東側には、「いちかわ薬師」と呼ばれる宝珠院がある。山門を入
ると境内には植栽が多く、水子地蔵のそばにはぬいぐるみを並べた小屋がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/21/b02fb0844fec1d71ce86045b182235fe.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/b2/71c61e884a5cb8500fa35282b368239e.jpg)
本堂前に、高さ1mを越える大きなやかんが置かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/61/a018219dadaed8907466d12584966722.jpg)
山門近くには、千葉市検見川(けみがわ)の縄文遺跡から発見された大賀はすを育てる、
カメがたくさん並んでいた。
行きつ戻りつして、地図上宝珠院の東側に表示された稲荷神社を探すが見つからない。
その辺りの民家には皇帝ダリアが咲く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/29/3b92ee32552e6d8e6fa692eb08c25b94.jpg)
わが家周辺では11月24日の季節外れの雪で見る影もなくなっているが、この辺りは
降雪の影響はなかったようだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/78/e2b0723cbe2a1a3e88ecd54e6f5841bf.jpg)
宝珠院の背後を東進して経王寺に行く。本堂のそばまで墓地が迫り、南側墓地際には身
がわり厄除け観音像が祭られていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/fd/b3607e12f8e895cb2f59444daab22d27.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/c9/8eb9bc9c139898df36b8835087a96cca.jpg)
少し戻り北に進むと、突き当たりが日枝神社。拝殿前の大イチョウも黄葉真っ盛りで、
幹からは長い気根が伸びている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/2f/65ef00e34d48ed42c2ee62f0bddb8256.jpg)
近くに、東日本大震災により倒壊した鳥居の円柱2本の脚部が保存されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/f5/2b3cfc0bd494736ec96b85a28f3219dc.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/a4/572b10e19fb592fc323db13b13994541.jpg)
東に隣接して龍珠院があり、本堂前のモミジの古木がよい彩り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/5e/8dcb3588064faa1a1ddcb4e25ed8f3f4.jpg)
参道際にお地蔵さんなどが並び、左端の十九夜念仏講中塔には元禄10年(1697)
と刻まれていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/75/8b9da28394a4c9624862351b8b4570bb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/ec/d32fce0be06b273ff82af3d64ea664e9.jpg)
東に下り、県道264号のすぐ北の下総霊場十八番札所という竺園寺(ちくおんじ)に
入る。本堂の前に、水平に長く枝張りした松が目に付く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/cc/d649a484ce4777ceaccc641fa14ead01.jpg)
境内左手には、園通堂と呼ぶ方形屋根の端正なお堂があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/7e/bc7371c387ddad43c729e4f552a830a4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/4a/60bfab1b482f7087575160f59c67db38.jpg)
県道の横には幅広く工事中の外環道が接して景観に乏しいので、東に抜けて国分川沿い
に回って北進する。地図上の水田はサッカー場や野球場に変わり、北側の水辺にはサギが
見えた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/aa/e43dede47aabddf32e6a6f4e3bdf17bb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/86/e3be8f9e293ef88543515a2503932980.jpg)
広大な国分川調整池↑の南西端から、カルガモの泳ぐ国分川を渡り返して西北に向かう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/66/7badf051de8d00f96b7085bd6aea8408.jpg)
外環道工事か所と県道264号が交差するところを横断して、中国分小学校の北側でも
う一度外環道工事地点を横切り、掘ノ内一丁目に入った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/ad/829a2e1cf53c083728d62d3409223214.jpg)
西の台地上に見える市川考古博物館を目指して進み、北側に回り込むと手前に市川歴史
博物館があった。考古博物館を含む南から西側一帯は堀之内貝塚公園である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/4a/6e6f58fde9841735dedafba837180eb8.jpg)
まずは市立市川歴史博物館に入り(無料)、平安時代後半から現代までの市川市を紹介
する、五つの展示室を順次一巡した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/2e/8ddfb3476a45055b116fe9f98c1d8228.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/8e/88db722738440884cfd8631fdc8f15af.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/96/2ec50584eb1de01f5b14c45ed107a948.jpg)
南東に向かって緩やかに上がると市立市川考古博物館(無料)。こちらは先土器時代か
ら平安時代前半までの展示で、両館を観覧すれば市川市のすべての歴史が知れるように分
担展示しているようで、年代から考えればこちらの観覧が先だったかもしれない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/15/832b29b87c4d94fd9cbdc8a7f40af03b.jpg)
こちらも五つの展示室に分かれていて、先土器時代の出土品、弥生時代の土器、古墳時
代の出土品、奈良・平安時代の国府や国分寺に関する展示などを観覧した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/b6/92ea850eb8296bd341ac363be3f3c1f9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/f4/17fdf7708f531479fcc1682f5204d7f9.jpg)
館の南側広場からは東側の展望が開け、先ほど通過してきた堀之内一丁目付近で右にカ
ーブする、外環道の工事現場などが一望できる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/94/0ab56a7468b7a4e9191a753cc378ea9a.jpg)
郷土博物館の南側から西北にかけて、広葉樹林に覆われた一帯が国史跡堀之内貝塚。林
間を一周する遊歩道あるので一巡することにした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/33/fb05179704313bc97ff094dac3edc484.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/2b/65c6077623d96f5cee37b4a7e86516eb.jpg)
15時30分を過ぎて初冬の太陽が西に傾き、西側の斜面林が逆光に彩られる。時計方
向に回って10分ほどで歴史博物館前に戻り、掘之内貝塚公園を後にした。
北に少しで堀之内三丁目の住宅街を東進して、北総鉄道の北国分(きたこくぶん)駅に
15時50分に着いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/fb/38a034403f75e2f48153ede227e42f48.jpg)
(天気 快晴後晴、距離 8㎞、地図(1/2.5万) 船橋、松戸、歩行地 市川市、
歩数 17,400)
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