愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題21 漢詩を読む ドラマの中の漢詩―8(『ホ・ジュン』-4)

2016-11-12 17:08:11 | 漢詩を読む
ドラマ『ホ・ジュン~伝説の心医~』の話に戻ります。

ドラマの中でイエジン(パク・ジニ)は非常に大きな存在です。ドラマの進行を、“織物を紡ぐこと”に例えるなら“横糸”と言えるでしょうか。“縦糸”になぞえられる多くの登場人物たち、中でも、ホ・ジュン、ユ・ドジおよびイ・ジョンミョンと深い関わりを持ちながら、ドラマは進行します。

イエジンは、幼いころ両親を亡くして、医者のユ・ウイテとオ奥様の元で、養女として義兄のユ・ドジとともに育てられます。イエジンの父は、鍼を携えて、病に苦しむ人々を貧富の差に構わず、治療して回ったとのことで、人々から“心医”と敬われていたようです。

イエジンは、ユ・ウイテの下で、医療の補佐をするうちに、医療・薬草に関する知識のみならず、治療法も身につけてきました。「もし男なら、跡を継がせるのだが」とユ・ウイテに語らしめるほどです。

ユ・ドジは、イエジンに対して兄妹の枠を超えて愛情を抱くようになります。事あるごとに、「町医者の下で、苦労させたくない。自分は、宮廷で御医(オイ)となり、あなたを楽にさせたい。結婚を」と迫ります。しかしイエジンは、「…お兄様、…」と敬いの態度をとりますが、承諾の返事をすることはありません。

イエジンは、ユ・ドジに対して“兄妹”という親しい気持ちを持ちながらも、オ奥様への気兼ねがあって、逡巡しているのでしょうか。オ奥様は、イエジンを“悪女”と決めつけて、「ドジの出世の邪魔になる」と事あるごとに、イエジンをドジから引き離すよう徹底的に動きます。

やがてユ・ドジは科挙に合格、オ奥様とともにハニアンに移り住み、内医院に勤めるようなります。

ユ・ウイテは、反胃(胃癌)に侵されていて、自ら末期にあることを悟る。イエジンを傍に呼んで、「…ホ・ジュンには立派な妻がいる。生涯独り身では心もとない。君に対するドジの愛は本物である。ドジの嫁になってくれ。最後の私の願いだ」と。

イエジンは、師の“遺言”を聞き入れて、ハニアンのドジの元へ一人旅に出ます。旅の途中、ユ・ウイテ師匠の看病に当たっているホ・ジュン宛に次のような書状を認めます:

[…..病気の師匠をよろしくお願いします。病を治す医術の半分は医者の真心にあります。ホ先生の真心が天に届き、必ず病が治ると信じております。
心から尊敬する方とともに働けた日々は、私には何物にも代えがたい幸せでした。ホ先生との出会いは、私は永遠に胸に刻んで生きていきます。]

イエジンがハニアンに来てみると、ユ・ドジは、オ奥様の骨折りで、高級官僚の娘さんと縁談が進んでいました。一方、ホ・ジュンも科挙に合格、内医院で働くようになります。

イエジンは、ハニアンに到着して間もなく、オ奥様の画策で数人の荒くれ男たちに襲われ、気を失うことがありました。幸いに宮廷のポドチョン(捕盗庁:警察庁)役人のイ・ジョンミョンに助けられ、彼の家でしばらく静養して、体調を取り戻します。

イ・ジョンミョンの紹介で、イエジンは、宮廷で医女として働くようになります。しかしイ・ジョンミョンは、「本当は、宮廷で医女として働くことはお勧めできません」と言う。イエジンは、「私は、生涯、患者とともに介護しながら過ごすつもりでいます」と、敢えて自ら医女の道を選びました。

イ・ジョンミョンは、ホ・ジュンに向かって、「イエジンの胸には君への想いで一杯だ。君は答えようとしない、悪い男だ」となじることもあった。

ある夜、イ・ジョンミョンは、料亭の玄関口で女給仕人の肩に手を当てて身を支え、千鳥足で歩きながら、「若(モ)し群玉山頭(グンキョクサントウ)に見るに非(ア)らずんば、会(カナラ)ずや揺台(ヨウダイ)の月下に向(オ)いて逢(ア)わん」と独り言ちます。「これ知ってるか?」と女給仕人に尋ねるが、彼女は「知りません」と。

そうです。これは李白作の『清平調詩 三首 其の一』の一部です。同詩とその読み下しおよび現代訳は、本稿の末尾に挙げました。

牡丹の咲き誇るころ、皇帝玄宗は楊貴妃と牡丹を愛でる園遊会を開きます。李白は、即座に、この世のものとも思えない麗しい楊貴妃と牡丹の華やかな美しさを3連作の詩として詠いました。これら3連作のうちの『其の一』です。

すなわち、イ・ジョンミョンの胸の内には、楊貴妃に擬せられるほどのイエジンがいることを暗示しています。事実、のちほど、その胸の内をイエジンに訴えています。イエジンも憎からず思っている様子で、再会の約束をして別れます。

イ・ジョンミョンは、宮廷の役人としては親子と2代目で、儒教の教えをしっかりと父親から教わっていて、善良な警察官として忠実に役目を果たしています。その頃、宮廷内で起こった殺人事件について、その下衆人を捉え、捕縛しました。

しかし当時、宮廷内では、上司の大監チョン・ソンピルが絡んだ事務方トップの激しい権力闘争があり、下衆人はその上司の息の掛かった人でした。図らずも、イ・ジョンミョンは、上司の陰謀で、逆に反逆罪で逮捕される結果となり、自害を宣告されます。

刑場に牽かれたイ・ジョンミョンは、多くの役人の見守る中で、自害のための毒薬を与えられます。その毒薬を調合し、刑場に運んでくるのは医女の役目の一つです。なんと!毒薬を運ぶのは、イエジンの役でした。

盆にのせて毒薬を運んできたイエジンは、受刑者がイ・ジョンミョンであることを目撃し、驚愕します。全身震えが止まらず、その場で立ち尽くします。同伴の医女が盆を取り上げ、受刑者に渡す。イ・ジョンミョンは、イエジンと視線を合わせたのち、毒薬を一気に飲み干します。

楊貴妃と牡丹を想起させる美しい情景と、イ・ジョンミョン‐イエジンの意外な“再会”の情景と、余りにも大きな落差に、ドラマとは言え、いたたまれない気持ちにさせられます。

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清平調詩 三首 李白
其の一
雲想衣装花想容、 雲には衣装を想い花には容(カタチ)を想う、
春風拂檻露華濃。 春風 檻(カン)を拂(ハラ)って露華(ロカ) 濃(コマヤ)かなり。
若非群玉山頭見、 若(モ)し群玉山頭(グンギョクサントウ)に見るに非(ア)らずんば、
會向揺臺月下逢。 會(カナラ)ずや揺台(ヨウダイ)の月下に向(オ)いて逢わん。
  [筆者注] 
拂 → 払; 會 → 会; 臺 → 台
群玉山:中国古代神話上の不老不死の女神 西王母が住んでいる仙山

<現代訳>
雲を見ては楊貴妃の衣装を想起し、花を見ては楊貴妃の姿を連想する、
春風は欄干に吹き当たって、露の光が満ちている。
もしも、仙山の群玉山上で会うのでなければ、
かならず仙人の居る揺台の月下において出会うことだろう。
  碇豊長:『詩詞世界 2千3百首詳註』から引用 
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/

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閑話休題21 漢詩を読む ドラマの中の漢詩―8(『ホ・ジュン』-4)

2016-11-12 17:08:11 | 漢詩を読む
ドラマ『ホ・ジュン~伝説の心医~』の話に戻ります。

ドラマの中でイエジン(パク・ジニ)は非常に大きな存在です。ドラマの進行を、“織物を紡ぐこと”に例えるなら“横糸”と言えるでしょうか。“縦糸”になぞえられる多くの登場人物たち、中でも、ホ・ジュン、ユ・ドジおよびイ・ジョンミョンと深い関わりを持ちながら、ドラマは進行します。

イエジンは、幼いころ両親を亡くして、医者のユ・ウイテとオ奥様の元で、養女として義兄のユ・ドジとともに育てられます。イエジンの父は、鍼を携えて、病に苦しむ人々を貧富の差に構わず、治療して回ったとのことで、人々から“心医”と敬われていたようです。

イエジンは、ユ・ウイテの下で、医療の補佐をするうちに、医療・薬草に関する知識のみならず、治療法も身につけてきました。「もし男なら、跡を継がせるのだが」とユ・ウイテに語らしめるほどです。

ユ・ドジは、イエジンに対して兄妹の枠を超えて愛情を抱くようになります。事あるごとに、「町医者の下で、苦労させたくない。自分は、宮廷で御医(オイ)となり、あなたを楽にさせたい。結婚を」と迫ります。しかしイエジンは、「…お兄様、…」と敬いの態度をとりますが、承諾の返事をすることはありません。

イエジンは、ユ・ドジに対して“兄妹”という親しい気持ちを持ちながらも、オ奥様への気兼ねがあって、逡巡しているのでしょうか。オ奥様は、イエジンを“悪女”と決めつけて、「ドジの出世の邪魔になる」と事あるごとに、イエジンをドジから引き離すよう徹底的に動きます。

やがてユ・ドジは科挙に合格、オ奥様とともにハニアンに移り住み、内医院に勤めるようなります。

ユ・ウイテは、反胃(胃癌)に侵されていて、自ら末期にあることを悟る。イエジンを傍に呼んで、「…ホ・ジュンには立派な妻がいる。生涯独り身では心もとない。君に対するドジの愛は本物である。ドジの嫁になってくれ。最後の私の願いだ」と。

イエジンは、師の“遺言”を聞き入れて、ハニアンのドジの元へ一人旅に出ます。旅の途中、ユ・ウイテ師匠の看病に当たっているホ・ジュン宛に次のような書状を認めます:

[…..病気の師匠をよろしくお願いします。病を治す医術の半分は医者の真心にあります。ホ先生の真心が天に届き、必ず病が治ると信じております。
心から尊敬する方とともに働けた日々は、私には何物にも代えがたい幸せでした。ホ先生との出会いは、私は永遠に胸に刻んで生きていきます。]

イエジンがハニアンに来てみると、ユ・ドジは、オ奥様の骨折りで、高級官僚の娘さんと縁談が進んでいました。一方、ホ・ジュンも科挙に合格、内医院で働くようになります。

イエジンは、ハニアンに到着して間もなく、オ奥様の画策で数人の荒くれ男たちに襲われ、気を失うことがありました。幸いに宮廷のポドチョン(捕盗庁:警察庁)役人のイ・ジョンミョンに助けられ、彼の家でしばらく静養して、体調を取り戻します。

イ・ジョンミョンの紹介で、イエジンは、宮廷で医女として働くようになります。しかしイ・ジョンミョンは、「本当は、宮廷で医女として働くことはお勧めできません」と言う。イエジンは、「私は、生涯、患者とともに介護しながら過ごすつもりでいます」と、敢えて自ら医女の道を選びました。

イ・ジョンミョンは、ホ・ジュンに向かって、「イエジンの胸には君への想いで一杯だ。君は答えようとしない、悪い男だ」となじることもあった。

ある夜、イ・ジョンミョンは、料亭の玄関口で女給仕人の肩に手を当てて身を支え、千鳥足で歩きながら、「若(モ)し群玉山頭(グンキョクサントウ)に見るに非(ア)らずんば、会(カナラ)ずや揺台(ヨウダイ)の月下に向(オ)いて逢(ア)わん」と独り言ちます。「これ知ってるか?」と女給仕人に尋ねるが、彼女は「知りません」と。

そうです。これは李白作の『清平調詩 三首 其の一』の一部です。同詩とその読み下しおよび現代訳は、本稿の末尾に挙げました。

牡丹の咲き誇るころ、皇帝玄宗は楊貴妃と牡丹を愛でる園遊会を開きます。李白は、即座に、この世のものとも思えない麗しい楊貴妃と牡丹の華やかな美しさを3連作の詩として詠いました。これら3連作のうちの『其の一』です。

すなわち、イ・ジョンミョンの胸の内には、楊貴妃に擬せられるほどのイエジンがいることを暗示しています。事実、のちほど、その胸の内をイエジンに訴えています。イエジンも憎からず思っている様子で、再会の約束をして別れます。

イ・ジョンミョンは、宮廷の役人としては親子と2代目で、儒教の教えをしっかりと父親から教わっていて、善良な警察官として忠実に役目を果たしています。その頃、宮廷内で起こった殺人事件について、その下衆人を捉え、捕縛しました。

しかし当時、宮廷内では、上司の大監チョン・ソンピルが絡んだ事務方トップの激しい権力闘争があり、下衆人はその上司の息の掛かった人でした。図らずも、イ・ジョンミョンは、上司の陰謀で、逆に反逆罪で逮捕される結果となり、自害を宣告されます。

刑場に牽かれたイ・ジョンミョンは、多くの役人の見守る中で、自害のための毒薬を与えられます。その毒薬を調合し、刑場に運んでくるのは医女の役目の一つです。なんと!毒薬を運ぶのは、イエジンの役でした。

盆にのせて毒薬を運んできたイエジンは、受刑者がイ・ジョンミョンであることを目撃し、驚愕します。全身震えが止まらず、その場で立ち尽くします。同伴の医女が盆を取り上げ、受刑者に渡す。イ・ジョンミョンは、イエジンと視線を合わせたのち、毒薬を一気に飲み干します。

楊貴妃と牡丹を想起させる美しい情景と、イ・ジョンミョン‐イエジンの意外な“再会”の情景と、余りにも大きな落差に、ドラマとは言え、いたたまれない気持ちにさせられます。

xxxxxxxxxxx
清平調詩 三首 李白
其の一
雲想衣装花想容、 雲には衣装を想い花には容(カタチ)を想う、
春風拂檻露華濃。 春風 檻(カン)を拂(ハラ)って露華(ロカ) 濃(コマヤ)かなり。
若非群玉山頭見、 若(モ)し群玉山頭(グンギョクサントウ)に見るに非(ア)らずんば、
會向揺臺月下逢。 會(カナラ)ずや揺台(ヨウダイ)の月下に向(オ)いて逢わん。
  [筆者注] 
拂 → 払; 會 → 会; 臺 → 台
群玉山:中国古代神話上の不老不死の女神 西王母が住んでいる仙山

<現代訳>
雲を見ては楊貴妃の衣装を想起し、花を見ては楊貴妃の姿を連想する、
春風は欄干に吹き当たって、露の光が満ちている。
もしも、仙山の群玉山上で会うのでなければ、
かならず仙人の居る揺台の月下において出会うことだろう。
  碇豊長:『詩詞世界 2千3百首詳註』から引用 
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/

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