[十九帖 薄雲 要旨] (31歳冬~32歳秋)
源氏は、明石の君に姫を紫の上の養女にする申し出をする。明石の君は思い悩むが、母として姫君の将来を考えるようにとの尼君の助言もあり、姫君を紫の上に託すことを決意する。
二条院に引き取られた姫君は、次第に紫の上に懐いていきます。源氏は明石の上の心情を思い遣り、大堰の邸を訪れては労わるのでした。
春、天変地異が相次いだ。呼応するかのように太政大臣、源氏最愛の藤壺入道が亡くなる。源氏の悲嘆はたとえようもなく、人目につかぬよう御堂に籠るのであった。
入日さす 峯にたなびく 薄雲は
物思ふ袖に 色やまがえる (光源氏)
藤壷入道の四十九日法要が過ぎた頃、頼りにしてきた僧都が冷泉帝に出生の秘密を告白する。帝は、重なる天変地異を、父を臣下にしていることの非礼に拠るのではと煩悶し、源氏に譲位の意向を漏らすが、源氏は辞退します。帝の態度から源氏は、秘密の漏洩を察し、動揺する。
秋、斎宮の女御が二条院に下がった。源氏は、女御に恋心をほのめかすが、好色を厭われた。源氏は、恋心を自制し、以前と異なる自分の姿に、恋の季節が終わったことを自覚する。
本帖の歌と漢詩
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入日さす 峯にたなびく 薄雲は
物思ふ袖に 色やまがえる (光源氏)
[註] ○入日:沈もうとする太陽、夕日; 〇まがえる:似ていて,とりちがえる、見違えさせる。
(大意) 夕日の射す峰にたなびいている薄雲、その鈍色(ニビイロ)は、悲嘆にくれる私の袖に色を似せているのだろうか。
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<漢詩>
穿孝憂愁 孝(モフク)を穿(キ)て憂愁す [下平声七陽韻]
華麗射夕陽, 華麗に射す夕陽,
山峰樹碧蒼。 山峰の樹 碧蒼(ヘキソウ)たり。
薄雲峰鈍色, 薄雲 峰に鈍色(ニビイロ)にかかり,
看錯我衣裝。 我が衣裝に看錯(ミマガ)える。
[註] ○穿孝:喪服を着る; ○憂愁:気がふさぐ; 〇鈍色:濃いねずみ色、昔喪服に用いた; 〇看錯:見間違える。
<現代語訳>
喪中の憂愁
夕陽が西の空を茜色に染めている中、山々は緑に映えている。
峰に鈍色の薄雲が棚引いてかかり、わが衣装と見まがえる色合いであることよ。
<簡体字およびピンイン>
穿孝忧虑 Chuān xiào yōulǜ
华丽射夕阳, Huálì shè xīyáng,
山峰树碧苍。 shānfēng shù bì cāng.
薄云峰钝色, Bóyún fēng dùnsè,
看错我衣装。 kàn cuò wǒ yī zhuāng.
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【井中蛙の雑録】
○十九帖 薄雲、源氏 31歳の冬~32歳の秋。
○“春秋の優劣”論について:“中国では春の花の錦が最上とされているが、日本の歌では秋の哀れが大事に扱われている。春と秋、どちらが好きですか?”との源氏からの難問に、女御は、“亡くなった母の思い出される秋が特別は気がします”と答えている。後々、女御は「秋好中宮(アキコノムチュウグウ)」と呼ばれるようになる。なお紫の上は、春を好むということである。
○NHK大河『光の君へ』、いよいよ“道長天下の幕開け”です。それに先立つ、父・兼家と嫡男・道隆の臨終の場面、両者とも迫力ある演技に圧倒されました。と同時に、両者ともに、和歌を口ずさんで息絶えましたが、それぞれ、奥方作の歌と意外な展開で、呆気にとられた次第。両歌は、百人一首に撰ばれた名歌(53および54番)で、筆者はその漢詩訳をお試みています(参照:『漢詩で詠む「百人一首」』文芸社、および閑話休題164および165)。