小さいころNHKの料理番組の「きょうの料理」を見るのが好きでした。
料理そのものではなく、超一流の料理人の方々の個性的な姿やアナウンサーの方とのやりとりがとても楽しみだった思い出があります。
小野正吉さんの“クール&ニヒルな姿”、陳建民さんの“ユーモラスな語り口”と並んで、当時の村上信夫さんの体型そのものの“にこやかな表情と穏やか物腰”ははっきりと記憶に残っています。
本書は、日本のフランス料理界の重鎮(帝国ホテル総料理長)村上信夫シェフの筆による“自伝”です。
幼くして両親を亡くしながら、持ち前のバイタリティと誠実さをもって波乱万丈の半生を送った村上さんの姿がそのままに記されています。
憧れの帝国ホテルのフランス料理の厨房に立ちながら召集され、決死の最前線場に赴いた村上さん、
(p84より引用)その後も私は数多くの作戦に参加し、四回負傷した。地雷の破片で右太ももをやられたこともある。生きているのが不思議なくらいである。背中と右太ももに受けた銃弾と地雷の破片を摘出したのは、昭和六十三年二月のことだ。皮膚の近くまで浮いてきたので取り出した。
敗戦から四十年余りを経て、私の戦争はやっと終わりを告げた。
若くして赴いた激戦地の最前線、それに続くシベリア抑留での壮絶な体験は筆舌に尽くしがたいものでした。それでも「料理人への夢」は決して消えるものではありませんでした。
フランス料理に魅せられ、フランス料理一筋でその道を究めた村上さん。山あり谷あり、波瀾万丈の半生、それでも、その語り口も、まさに“ムッシュ”と呼ばれた人柄そのままに気負わず上品です。
読む人各々の「自らの生きる姿勢」を省みるに相応しい、素晴らしい本だと思います。