この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

宇宙船ペルセウス号の殺人(後編)。

2009-01-25 21:05:19 | ショートショート
 中編よりの続きです。

「なあ、いっそのこと真相を明らかにしちゃどうだ」
 唐突にシェナーが切り出した。シェナーは全員の視線が再び自分に集まるのを充分に待ってからそして言葉を継いだ。
「俺はマリー・ジリオンが死に到った真相を知っているぜ」
「どういう意味だ、シェナー?」と私。
 シェナーは子供が悪戯でも思いついたときのようにニヤリと笑った。
「彼女は自ら死を選んだんだ」
「どういう意味だ、シェナー?」同じ台詞を今度はクロウリーが。
「言葉どおりの意味だよ、彼女は自殺したんだ」
「馬鹿な、彼女の死が自殺だと?」
 ボリスが吐き捨てるように言った。確かにボリスの言うとおりだった。マリー・ジリオンの人となりをわずかでも知っている者であれば、誰も彼女と自殺を結びつけたりはしないだろう。
 立ち上がったクロウリーが威厳を取り戻すべく厳かに尋ねた。
「彼女の死が自殺だというなら、その動機は何だ?」
「古来から女が自ら死を選ぶ理由はただ一つ・・・」
「勿体つけた言い方をするな、シェナー!」
「急かすなよ、船長。女が自殺する理由は一つしかない、男に、そうさ、男に振られたからに決まってるだろうが」
 そしてシェナーはさもおかしそうにカカカと高笑いした。
「男に振られただと?彼女が?誰に?」
 なおも笑い続けようとするシェナーに今度はボリスが問うた。先程までとは打って変わってきわめて事務的な口調だった。
「誰に、だと?分かり切ったことを聞くなよ、ボリス!」
 唇端を笑みに歪めたまま、シェナーはボリスを威圧的に上から見下ろした。
「俺にだよ、俺に。彼女は俺に振られたことを苦にして死を選んだんだ」
 シェナーは意味もなく高笑いを交えながら話を続けた。
「ああ、そうだ。最終のメンタルチェックの時に彼女に言い寄られたんだ。アロィンに着いたら、もっと二人の関係を親密なものにしないかと彼女に誘われたのさ。だが俺は任務が第一だと彼女の誘いを断った。そうだ、俺が、この俺が拒絶した、ハハ、俺がだ」
 おそらく話は全く逆なのだろう。コールドスリープに突入する前の最終メンタルチェックで船医であるマリー・ジリオンに誘いを掛けたのはシェナーの方だった。だが彼女はシェナーに手痛く肘鉄を喰らわせた。真相はそんなところに違いない。
 たぶん誰もシェナーの話などまともには聞いてはいなかった。にもかかわらず、マリー・ジリオンの死が自殺であるという彼の仮説はその場を支配した。事無かれ主義のクロウリーにとっては彼女の死が自殺である方が都合がいい話だ。憶病者のヒラーには真実など永遠に意味はない。シェナーには彼女の死を自殺とすることで彼女の存在そのものを辱めるという目的がある。だがボリスは・・・。
 いつの間にかシェナーの高笑いもやみ、彼も含め、四人は押し黙ったままボリスを見ていた。ボリスは、この男だけは、マリー・ジリオンの死を自殺と認めることは決してないだろう。そう確信めいたものを抱いていたのは私だけではあるまい。
 誰もが次にボリスが何かを言うのを待っていた。注目されていたことを知ってか知らずか、ボリスはしばらくの間じっと考え込むように親指の爪を噛んでいた。
「マリーの死が自殺とは・・・」
 ボリスは笑った。何かを、そう、自分自身を嘲るような笑い。
「マリーが貴様をたらし込もうとしただと?」
 ボリスがシェナーを見た。笑みを浮かべつつも感情が全く伺い知れなかった。
「笑わせる話だ。仮にもう一度宇宙が開闢を迎えることがあったとしても、それはありえん話だ」
 ボリスは再び爪を噛もうとしたが、彼の右親指には噛むべき爪先が無くなっていた。指先からたらたらと血が流れ出した。
「最高だよ。今まで聞いた中で最高に笑えるジョークだ。マリーが自殺だと?おかしくって腹がねじ切れそうだ。笑わせる!笑わせる!!笑わせる!!!」
 ボリスが天を仰ぐように手を広げた。ピュッと床面に血花が咲いた。
「ふざけるな!!」
 突然ボリスがけらけらと笑い出した。本当に気が触れたのかと思った。永遠に続くかと思われたそれも不意に止んだ。
「いいだろう。マリーが自殺だと?それもいい。所詮死因が何であろうが、彼女は生き返りはしないのだからな」
 ボリスが表情を変えた。怒りでもなく、悲しみでもなく、無論喜びでもない。それを何と表してよいか私にはわからなかった。
「彼女の死を自殺と認めるには一つ条件がある。いや、提案と言い換えた方がよいか・・・」
 そしてボリスは一つの計画を我々に打ち明けた。

                  *

 マリー・ジリオンが私の足元で寝そべっている。子猫のようにじゃれつこうとしてきて、私は無下に足蹴にした。
 オリジナルと寸分変わらぬ姿だが、髪の手入れが面倒しくて私はばっさりと短く切ってしまった。
 経験が人を賢くする。知識によって知能は向上する。
 急速培養のクローンではろくにしゃべれやしない。知能レベルはそう、それこそ子猫程度だ。
 ボリスの計画とはまさにそれだった。マリー・ジリオンのクローン。生物工学はボリスの専門分野だ。奴はまさしく天才だった。アロィンに着いてわずか三ヵ月で、しかも正規の任務の合間を縫ってマリー・ジリオンを誕生させた。
 オリジナルと寸分たがわぬ五人のマリー。だが知能レベルはオリジナルと比べようもなかった。その意味ではマリー・ジリオンはこの宇宙から永遠に消えてしまったのだ。
 ただ一人ボリスだけが、少しでもオリジナルに近づけるべく、クローンの教育に熱心なようだが、それも徒労に帰すだろう。所詮クローンはクローン、せいぜい愛玩動物か、予備のボディ・パーツが関の山だ。
 私は、私のマリーの知能レベルを上げるつもりなど毛頭無かった。
 頭のよい女とつき合うのはもうご免だ。
 そう、一度だけで十分だ。

                  *

 エンダー級宇宙船ペルセウス号より本星航行センターへ緊急連絡。
『惑星アロィンより帰還途中船内にて殺人事件発生。被害者は同船一等航宙士ダニエル・デービス・ハーソン。ハーソン航宙士は腹部及び胸部など計十数箇所を鋭い刃物のようなもので刺されており出血多量にて死亡。犯人の特定未だならず。帰還航行プログラミングはハーソン航宙士により入力済みにて同号の運行に支障なし。以上、報告者、同船医療技術士マリー・セレス・ジリオン』


                                了
コメント (12)
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