この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

宇宙船ペルセウス号の殺人(前編)。

2009-01-23 22:28:53 | ショートショート
 深い、果てしなく深い眠りから覚め、私はゆっくりと目を二度、三度瞬かせた。
 茫漠とした意識の中、自分のいる場所がわからず恐慌に陥りかけたが、それもごく一瞬のことだった。自分が身を横たわらせているのがスリープユニットの半透明のカプセルの中だということに気づいたのだ。
 カプセルのキャノピーを手順に従って内側から押し上げ、上半身を起こしかけたとき、一人の男と目が合った。
 エンダー級宇宙船ペルセウス号船長、ゴードン・クロウリーは私の顔を見るなりおはようの挨拶もせずに言った。 
「Drマリー・ジリオンが死んだ」                
 それは彼女の死を悼むというより、厄介ごとを憂いているような言い方だった。
「マリーが死んだ?どうして・・・」
 目覚めたばかりで頭が冴えず、うまく言葉が続かなかった。クロウリーが語尾を奪った。
「マリーの死因についてはおおよそ見当がついているんだ、ハーソン。現場の鑑識の方は、私と、Drボリスの二人であらかた終えている」
 シュヴァルツ・ボリスが苦虫を潰したような面持ちでジロリと私の方を一瞥し、クロウリーの後を継いだ。
「私は、監察医ではない。検死は専門外だ。だが、マリーの死因は明らかだ」
 ボリスは、『マリー・S・ジリオン』というネームプレートの張られているカプセルを、ノックでもするかのようにコンコンと軽く叩いた。
 私は自分のカプセルから抜け出すと、彼女のカプセルの前に、今となっては柩と言うべきだろうか、立った。
 哀れなるマリー・ジリオン。
 鮮やかなブロンドの髪は密閉されたカプセルの中でもそよ風を受けて揺れているかのようであり、コールドスリープ中の規則により最低限の着衣しか許されないためグラマラスなボディラインはひどく強調され、永遠に閉ざされるままとなった瞼の奥では今も楽しげな夢でも見ているかのようだ。まるで・・・。
「まるで、眠っているだけのようだ・・・」
 私はそう感想を述べた。ボリスが皮肉めいた笑みで口端を歪めた。
「いや、ハーソン、彼女は死んでいる、間違いなく死んでいる、マリー・ジリオンは死んでいるんだ!」
 ボリスはそうしなければ私が納得しないとでも思っているのか、舞台俳優のような大げさな言い回しと手振りで三度くり返した。そしてもう一度。
「彼女は、死んだ。『揺りかご』に揺られたんだ・・・」
 揺りかご?一瞬ボリスが何を言っているのかわからなかったが、すぐにその意味に思い至った。
 『揺りかご』とはコールドスリープユニットが搭載されている、あらゆる宇宙船に備えてある一種の救済装置のことだ。例えばすべての推進装置が故障し、方向転換のすべを失って恒星に突入することが避けえないとわかった時、例えば多数の宇宙海賊に包囲されて脱出が困難であると考えられる時、その他様々な危機的状況において乗組員を苦痛から開放するためにその装置は使用される。
 つまり、『揺りかご』とは一種の自殺装置のことだ。
 無論正式名称というわけではない。ただ、誰もがそれを正式名称や四文字のアルファベットの略称で呼ぼうとせず、冗談めかして「『揺りかご』に乗る羽目には陥りたくないものだな」などと言うものだから、いつしかその装置のことを『揺りかご』と呼ぶようになったのだ。
 具体的な使用方法は通常のコールドスリープと何ら変わらない。異なるのはカプセル内に満たされるのが人工羊水ではなく、笑気ガスの一種だということだ。赤ん坊が揺りかごの中で安らかに眠りに落ちるように、心地好いまどろみの中で永遠の眠りを迎えるができる。
 上層部の連中に言わせるとそれはきわめて人道的な配慮によるものらしい。だが私には、悪趣味な冗談にしか思えない。死を迎えるに当たり、今更痛みを伴おうが、そうでなかろうが一体何が違うというのか?
 ともかくマリー・ジリオンは揺りかごの中で永遠の眠りについた。彼女自身は痛みなど全く感じる事がなかったに違いない。
「なぜ彼女だけが『揺りかご』に乗る羽目に?」
 私は当然とも言える疑問を口にした。『揺りかご』はその特殊な使用目的のために特定の誰か一人に対して使われることなどありえない。『揺りかご』が揺れる時は、その宇宙船の乗務員全員の『揺りかご』が揺れるはずだ。
「その理由はアンタが知ってんじゃないのかい、Mrハーソン?」
 どこに潜んでいたのか、二等航海技術士のオズワルド・ヒラーが横から口を出した。水面に付けていた顔をばっと上げたような勢いだった。
「ユニットの端末コンピューターに誰かが悪さしたらしいぜ。そんな事が出来んのはプログラミングの専門家である航宙士のアンタ一人だろ、ダニエル・ハーソン?」
 いきなり名指しされ、私は慌ててクロウリーの方を見た。
「コンピューターがハッキングされたというのは本当か?」
 クロウリーは小さく頷いた。
「詳しいことは解析してみないとわからないが、コールドスリープのプログラミングに外部から侵入した形跡があったのは間違いない」
 三人が、凶悪犯でも相手にする時のような目付きで私を見た。
「ちょっと待ってくれ。確かに今回のコース設定をおこなったのは私だ。私ならプログラミングを改ざんすることも可能だろう。だが私がやったのなら、わざわざ外部から侵入する必要はないぞ」
「ふん、どうだかな。自分から疑いの目を逸らすためわざと外部から侵入したのかもしれないぜ」と、ヒラー。
「じゃあ、言わせてもらうが、ヒラー、お前に私と同程度の、いやそれ以上のハッキング能力がないと、誰が保証する?」
「俺にはマリーを殺す理由はないぞ」
「私だってそれは同じだ!」
「やめろ、二人とも!」
 クロウリーが一喝した。
「宇宙船に乗務する以上、コンピューターに対して最低限の知識があるのは当然だ。マリーを殺す気なら、事前に準備さえしていれば誰だって可能ということだ。それは私も、そしてヒラー、お前も同じだ。そのことでハーソンを犯人だと限定することは出来ない」
 クロウリーは重く息を吐いた。
「疑えば切りがない。私が怖れているのは、まさにそれなんだ・・・」
 その時場違いといっていい陽気な声がした。


                            中編に続く。
コメント (7)
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