大分県の教職員の不正採用で、希望があれば再採用をする、というところで決着がついたようだが、この問題をもっと掘り下げると面白いことが分かる。
2008年度の採用試験のかさ上げしか記録が残っていないとはいえ、その不正採用の21名の半年間の教員として勤務態度と、正規採用された教員とのそれを、あらゆる角度から比較してみてはいかがだろうか。
たった半年でなにほどのことが分かるかどうかの議論はあるのだが、拡大して不正採用教員が含まれている全県の教員の勤務実績と教育者としてのレベルを比較してみることもいい。
それによってなにが分かるのか。採用試験の在り方がほんとうに正しかったか、教育者の資質をチェックできる試験内容であったのか、があからさまになるだろう。試験内容そのものが問われる結果になる。
問題回答式や面接などで、それぞれ教員の採用が決定しよう。そして教員として教育現場に配置されるわけだが、正規と不正採用の教員で、それぞれの現場でなにほどの差がついたのか。その差は、かさ上げゆえに能力不足だったのか、あるいは正規採用教職員の中にも適性を欠くものがいるのか。そうした問題が露呈すれば、結局採用試験の在り様に行き着く。
知識を試すペーパー試験の内容については、あれこれと取り沙汰されるが、教職員としての問題意識、熱意、適性などを判定する試験になっているのか、というチェック面ではおろそかになっているのではないか。
結局、試験とは大雑把な振るいにかけるもので、そのハードルを越えれば、適性を云々をされることはなくなる。問題があれば、採用した方にも責任が生じるから、あまり表面化しないし情報公開もない。
それにしては、あまりに不適格な先生が多すぎる。猥褻教諭、暴力教師、日教組活動に熱心な教職員、とちゃんと試験に通ったのか、と疑いたくなる方が多い。
ということは、やはり人を教える教師という職業の適性を真に見抜く全人格的な試験にすることが必要だろう。それがなければ手抜き工事のように、建設してから補強工事をすることになってしまう。迷惑は住人が被る。つまり子どもが犠牲者になるわけだ。
たとえ知識面は劣るにしても、教育的な情熱に長けた人、ヒューマンな対応ができる人、人格的に優れている人、という方々は、教師になれないのだろうか。
公務員になりたいのではなく、人を育て教える職業に就きたい人をこそ採用してもらいたいものだ。そのためにも不正はいただけないが、採用試験そのものの在り方も問われなければならない。
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知識を試すペーパー試験の内容については、あれこれと取り沙汰されるが、教職員としての問題意識、熱意、適性などを判定する試験になっているのか、というチェック面ではおろそかになっているのではないか。
結局、試験とは大雑把な振るいにかけるもので、そのハードルを越えれば、適性を云々をされることはなくなる。問題があれば、採用した方にも責任が生じるから、あまり表面化しないし情報公開もない。
それにしては、あまりに不適格な先生が多すぎる。猥褻教諭、暴力教師、日教組活動に熱心な教職員、とちゃんと試験に通ったのか、と疑いたくなる方が多い。
ということは、やはり人を教える教師という職業の適性を真に見抜く全人格的な試験にすることが必要だろう。それがなければ手抜き工事のように、建設してから補強工事をすることになってしまう。迷惑は住人が被る。つまり子どもが犠牲者になるわけだ。
たとえ知識面は劣るにしても、教育的な情熱に長けた人、ヒューマンな対応ができる人、人格的に優れている人、という方々は、教師になれないのだろうか。
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