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BL小説・風のゆくえには~遭逢6(浩介視点)

2015年12月05日 07時17分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢

 渋谷がおれのことを『友達』って言ってくれた。

 おれにバスケを教えてくれるって。おれに勉強教えてほしいって。
 おれ、渋谷の『友達』なんだって。

 友達……友達。心が温かい……。



 おれは、小学校と中学校は都内の私立校に通っていた。
 小学校入学早々からはじまったイジメは年々陰湿になっていき、中学一年の途中からは、教室に入れなくなって、保健室登校をするようになった。
 中学二年からは、それすらも難しくなった。登下校に待ち伏せされて嫌がらせをされるからだ。
 それでも学校を退学にならなかったのは、両親の学校側に対する圧力と、おれの成績が良かったおかげだろう。

 心機一転、地元の高校に進学して、3年ぶりに教室という空間にいるようになったわけだけれども……やっぱり、慣れない。
 クラスメートと会話しても、何かこう、上滑っているような感じになってしまう。特に休み時間は教室に居場所がなくて、つい図書室に逃げ込んでしまっている。図書室がわりと近い教室で良かった……。


 いつものように昼休みに図書室にいって、予令の直後に戻ってきたところ、教室の中から大きな声が聞こえてきて、思わずドアの前で立ち止まった。

「今日、日直だれー?」
「えーと、桜井君」
「さくらいー? ……って誰だっけ?」

 この声はクラスでもわりと目立つ存在の宇野君。確かハンドボール部の男子。

「えーいるじゃん。ほら、わりと背の高い、真面目そうな……」
「あーあいつな。なんかちょっと何考えてんのかわかんなくて怖いやつな」
「えーいつもニコニコ愛想いいじゃん」
「そのニコニコがウソっぽくて怖いんだろ」

(…………)
 気がつく人は気がつくんだな……おれのニコニコがウソだって。
 とにかく、嫌われないためには笑顔でいろ、と本に書いてあった。だからなるべくいつも笑顔でいる。もう、中学の時みたいに学校に来られなくなるのは嫌なんだ。誰もおれのことなんか覚えなくていいから。殴られたりするよりそっちのほうがずっとマシだから。だからなるべく目立たないように陰でひっそりニコニコしてやりすごして……

(………あ)
 まただ。すっとブラウン管の中に放りこまれた。世界が色褪せていく。自分と外界との間に壁ができて、現実味がなくなってくる。おれがここに存在してるのかどうかもわからなくなってくる……。

(渋谷)
 約一年前からの癖。こうなった時、いつも胸に手をあてて渋谷のことを思い浮かべる。

 あのバスケットコートでの眩しい光……この世界の中で唯一の……


 すうっと、記憶の中の渋谷がおれの中に現れそうになった、その時。 

「え? わあっ」

 突然、膝が後ろからの衝撃でガクンっとなり、倒れそうになって扉に掴まった。

 な、なに……!?

 振り返ると……渋谷が。本物の渋谷がケタケタ笑っている……

(……あ)
 渋谷が現れた途端、おれを覆っていたブラウン管はなくなってしまった。すごい。やっぱり渋谷はおれの光だ。先週の木曜日に体育館で会って、翌日図書室で会って……、今日は火曜日。4日ぶりに見る渋谷。キラキラしてる。

「……渋谷」
「ここまで見事に決まった膝かっくんは初めてだっ。おもしれー」

 渋谷、まだ笑ってる。

 膝かっくん? 何それ? 今の膝後ろからするやつのこと?

 ハテナ? でいっぱいのおれを置いて、渋谷はおれの腕をバシバシ叩くと、

「5、6時間目、英語ある? なかったら辞書かしてくれ。持ってるか?」
「あ、うん、あるよ。いいよ」

 辞書かして、だって。すごい。友達みたい。なんか……嬉しい。


 一緒に教室の中に入っていくと、キャアッて声が上がった。

「渋谷くーんっ久しぶりーっ」

 さっき、おれのこと「ニコニコ愛想いい」って言ってくれた子だ。自己紹介の時の出身中学名が渋谷と同じだったけど、渋谷、知り合いだったんだ。

「おお。荻野じゃん。お前もこのクラスだったんだ」
「どしたのどしたのー?」
「辞書忘れたから借りにきた」

 渋谷はおれの机までついてきながら、「あ、そういえばさ」と手を打った。

「お前、今日から部活休みじゃね? 中間一週間前だから」
「あ、うん」
「古典で聞きたいとこあんだけど、今日ちょっとだけうち寄れないか?」
「行く行く!」

 わあ。またうちに誘われた!

「あ、でも、今日の朝、雨だったから自転車じゃないのか」
「ううん。カッパ着て自転車できたよ。だから帰り……」
「おー。2ケツよろしく~」

 わあ。わあ。わあ。嬉しすぎる!
 ウキウキしていたら、荻野さんが「へえ~」と声をあげた。

「渋谷君と桜井君って友達だったの?」
「そうだよ」
「!」

 あっさりと肯いてくれる渋谷。

 友達。友達だって。うわあ……

「なに繋がり? あ、そうかバスケか。桜井君、バスケ部だもんね?」
「そうそう」
「渋谷君も入ればいいのに。上岡君もいるよ?」

 途端にムッとした顔になった渋谷。 

「嫌味か。だから入りたくないっつーの」
「あ、そうだった。ごめんごめん」

 ハハハと笑う荻野さんに手を振って教室を出て行く渋谷。おれも見送るために一緒についていく。

「上岡って……」
「上岡武史。同じ中学だったんだよ」
「あ……うん」

 それは知っていたけど……

「すげー仲悪くていっつも喧嘩してたからさ。あいつがいるっていうのも、バスケ部入らなかった大きな理由だったりする」
「え……そうなんだ」

 渋谷はくるりとこちらをむくと、ビシッと人差し指をおれの胸に突き刺した。

「お前、もし、あいつになんか嫌なことされたらおれに言え? ぶっ飛ばしてやるから」
「え………」

 上岡武史っておれと同じくらい身長あって、体重は1.5倍はあるやつで……
 その上岡を、ぶっ飛ばす?

 いや……渋谷ならやりかねない気がする。だって、この目。この目には誰もかなわないよ……

「う……うん、ありがと」
「じゃ、これサンキューな。帰り、昇降口でいいか?」
「うん!」

 帰りも、また会える。一緒に帰れる。うちに遊びにいける。
 おれが嫌なことされたら、ぶっ飛ばしてくれるって。

「じゃあまた後で」

 また、後で。

 渋谷の後ろ姿を見送りながら、渋谷が突き刺してくれた胸をぎゅううっと抑える。
 心が温まって、幸せな気持ちでいっぱいになった。




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お読みくださりありがとうございました!

こんな普通の話でいいんだろうか……と自問自答しつつ……
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コメント (2)
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