2週間探しても会えなかったのに、一度会えたらその翌日に図書室でばったり再会するなんて、そんな偶然があるもんなんだな……。
別れ際、急に元気がなくなったのが気になるところだ。部活の帰りにうちに寄ってくれるというから、来たら聞いてみよう。
「あいつ、甘い物好きかな……」
帰ったら夕飯だろうから、少しだけ腹に入るものがいいよな……チョコとか?
おやつの入っている棚を開けてうんうん唸っていたら、
「何してんの?」
妹の南が横から手を伸ばしてきて、煎餅の入った袋を取っていった。
そうか。甘い物ダメだったら煎餅でも……
「今からちょっとだけ友達来るから、何か出そうと思って」
「友達? 誰?」
「誰って……」
答えに詰まっていると、南がにやーっと笑った。
「昨日、お兄ちゃんのこと自転車で送ってきた人?」
「ど……どうしてそれをっ」
こいつ、本当にこわい。見張ってるのか?!
南は今、中学3年生なんだけど、中1の夏あたりから、妙におれの動向をチェックするようになった気が……。
南はニヤニヤと笑いながら、
「昨日たまたま見たの。同じクラスの人?」
「いや、違う。……って、お前に関係ねえだろ」
目を吊り上げて言ったけれど、南は懲りた様子もなく軽く肩をすくめた。
「あっそ。せっかく、きのこたけのこの隠し場所教えてあげようと思ったのに」
「なんだとっ」
きのこたけのこって、きのこの山とたけのこの里かっ。
そんな魅力的なものが今うちにあるとはっ。どこにあるんだっ。
つめよると、南はボリボリと煎餅を食べながら、しらばっくれた。
「さあ……関係ない私には関係のない話ですからねえ……」
「………」
くそー……昔からこいつには絶対に敵わない……。
「分かった……教えるから、教えてくれ」
「おっけー」
またまたニヤッと笑う南……。
ホントこいつヤダ……。
きのことたけのこの箱を前に、かいつまんで奴との出会いの話から昨日の再会、今日の再再会の話をすると、南は、ホウッとため息をついた。
「なるほどねー。それでお兄ちゃん、2週間前から急にバスケ復活したのね」
「………」
「それでお姉ちゃんとも仲直りしたわけね」
「仲直りって……別に喧嘩してないし」
姉がおれの担当医だった近藤先生と付き合っていると聞いた時から、おれは姉のことを避けていたけれど、喧嘩をしていたつもりはない。
でも、確かに、2週間前に奴の話を聞いてもらったのをキッカケに、今までみたいに話せるようにはなったけど……
「椿姉のことは関係なくね?」
「んーどうかしらー?」
南が、ふ、ふ、ふ、と怪しげに笑った。
こいつ、中学入ってから、言動おかしくなったよな……。せっかくわりと美人なのに、全然美人に見えない。文芸部の友達と、おれと父には見せられない、あやしい本を作ってるらしいし……。
南は興味津々という感じに聞いてくる。
「名前は何て言うの?」
「……さくらい、こうすけ」
初めて口に出して言ってみた。言いながら、なぜか恥ずかしくなってきた。なんで名前いうだけなのに恥ずかしいんだっ。意味が分からない。
「こうすけさん、ね。どんな人なの?」
「どんなって……」
うーん……と唸りながら答えようとしていたところ、外から自転車を停める音が聞こえてきた。
「……っ」
「きた!」
ドキッとした。……なんで、ドキッ、だよ! いやいや、南がいきなり大きい声だすからだっ。
動揺したおれのことを置いて、南は、なぜかわあっと嬉しそうな声を上げ、
「はいはーい! いらっしゃーい!」
「ちょ、ばか、南っ」
玄関にむかって走っていってしまった。あわてて追いかけていくと、
「いらっしゃーい!」
「!」
南が勢いよく開けた玄関の先に、インターホンを押そうとしたままビックリしたように固まっている、こうすけ、がいた。
「あ………」
本当に、きた。おれのうちに、きた。
「こんばんはー! 妹の南でーす」
「あ……妹さん」
こうすけ、は、ニコリとした。優しい笑顔。こんな顔もするんだ、となぜかちょっと感動する。
「入って入って! お兄ちゃん、こうすけさんのためにお菓子何出すかってすっごい悩んでてねー」
「南、余計なこと言うなっ。まあとにかく上がれ………どうした?」
戸惑ったように固まっている、こうすけ……。
「どうしたんだ? 入れよ」
「……お菓子?」
「ああ。きのこの山とたけのこの里。お前どっちが好き?」
「…………え」
まだ固まってる……。
「どうした?」
「あ、うん」
こうすけ、ふうううっと大きく息を吐いた。
「ごめん、おれ、人の家とか、その……慣れてなくて。緊張してるっていうか」
「別に何もねえぞ?」
変な奴。
「とにかく入れよ」
「………うん」
ようやく、こうすけが玄関の中まで入ってきた。
「おじゃまします」
「おお。上がれ」
おれの日常空間にこいつがいるってことがなんだかくすぐったい。
**
『古典 1年9組 桜井浩介』
ノートの表紙のやたら綺麗な字。
こうすけってこういう漢字なんだ……。
そのノートを開いて、驚きのあまり叫んでしまった。
「お前、これ、どうやって書いてんの?!」
キレイに色分けされ、単語ごとの注釈も細かく書かれていて……こんな完璧なノートみたことがない!
「あの早口授業でどうやったらこんなに綺麗に……」
「ああ、授業中にとってるノートはこっちだよ」
見せられたノートにはミミズがのたくったみたいな字が……。なんて書いてあるかまったく読めない……。
これを家に帰ってから綺麗にまとめ直してるらしい……
「お前もしかして……すげえ頭いい?」
「そんなことは……」
「入学してからすぐやった実力テスト、何位だった?」
「え………」
張り付いた笑顔のまま答えようとしない浩介。
「もしかして総合1位?」
「まさか」
「でも10位以内には入ってるだろ?」
「…………」
困ったような笑顔。ってことは、10位以内ってことだな。すげー……。
なんか本当に不思議な奴。いくつ引き出しがあるんだってくらい、色々な面がある……。
「とりあえず、写させてくれ」
「うん」
写しながら、分からないところを聞くと、すごく丁寧に教えてくれた。中森の授業より、よっぽど分かりやすい。
教えてくれている時の浩介は、何だか別人みたいに頼りがいがある感じで、本物の先生みたいだ。
こいつ、いったいいくつ顔を持ってるんだろう。
その顔を全部見てみたい。
もっと、お前のことが知りたい……
「……どうしたの?」
「あ、なんでもないなんでもないっ」
あまりにもマジマジと顔を見ていたせいか、浩介に気づかれ、あわてて手を振る。
何、野郎に見とれてんだよ、おれ。
「お前教えるの上手だな。本物の先生みたいだ。本当に助かっ……え?」
そこらを片付け、浩介の完璧ノートを返したところで、なぜか浩介の顔色がみるみる悪くなってきた……
「な、なに? どうした?」
「………ごめんなさい」
「え?」
いきなり頭を下げてくる浩介。意味がわからない。
「何がごめん?」
「あの……教えたりして」
「は?」
え、意味わかんないんだけど?
「あの……同級生に教えたりするのは失礼だって……」
「は? 別に失礼じゃないだろ。こっちは助かってんだし」
「でも……」
浩介、なんだか苦しそうな切なそうな表情をしてる。……あ、この顔。今日の図書室の帰りと同じ顔だ。
「もしかして……今日の昼休みも同じこと思ったのか?」
「…………」
無言は肯定だろう。
ノートを貸してくれる、と言いながらも、失礼なんじゃないか、と不安になったってことか。
「バカじゃねーの」
思わず言ってしまう。
「誰にそんなこと言われたのか知らねえけど、友達だったら教え合ったり助け合ったりするの当然だろ」
「………え」
浩介が目を瞠った。
「………友達?」
「あ、そうだ。じゃあさ、おれがバスケ教えてやるから、お前おれに勉強教えてくれよ」
「え………」
我ながら良い案だ。そうすれば、木曜だけじゃなくて、もっと会えるじゃないか。
「だめか?」
「………ううううんっもちろん大丈夫っ」
ようやく明るい表情に戻った浩介。
「そうしたら、木曜日だけじゃなくて、他の曜日も渋谷に会えるってことだよね? 嬉しいっ」
「な…………っ」
変な発言も戻ってきた。
いや、おれもまったく同じこと思ってたけど、でもそれを恥ずかし気もなく言ってしまうお前はやっぱり変だっ。
「と、とりあえず、きのこたけのこ食おうぜ。お前どっちが好き?」
「たけのこ!」
「おおっおれもっ」
同じものが好きってことが、なんだかくすぐったくて嬉しい。
次の約束をできることが、すっごく嬉しい。
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お読みくださりありがとうございました!
まだ友情段階の二人。
まったりした話ですみません……でもまったりしてるんです。はい。
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