久しぶりに浩介の自転車の後ろに乗った。浩介の背中に額をつけると浩介の匂いがした。
バスケ部は文化祭が終わってすぐに大会がはじまるので、浩介はここのところすごく忙しかったようだ。
「そういや、中間テストはどうだったんだよ?」
「んー、まあまあ。でもなんとか部活は辞めずにすんだ」
浩介は成績が下がったら部活をやめるように親にいわれていたんだ。大丈夫だったなら良かった。
「渋谷は?」
「まあまあ。って、お前のまあまあとおれのまあまあじゃまあまあの中身が違いすぎるけどな」
「何それ」
くすくすと笑う浩介。
(浩介……笑ってる)
なぜか心臓のあたりがぎゅうっと苦しくなってくる。後ろから抱きつきたくなってくる。
(………なんだそりゃ)
座るところを握りしめ、その衝動をどうにか抑える。
やっぱりおれは少し変だ。浩介に久しぶりに会えて嬉しくておかしくなってるのかな。
こうして会うのはいつ以来だろう。
浩介の顔を見ること自体、一週間ぶりだ。あの時は遠目からバスケ部が文化祭の準備をしているところ見ていて……
(しのさくら)
同じバスケ部の篠原という奴と桜井浩介の二人がセットで「しのさくら」と呼ばれていることを知って……
あの篠原ってやつと浩介、仲いいのかな……
おれとよりも、仲いいのかな……
「あの……さっきいた奴……」
「さっき……、ああ、篠原?」
浩介の口から「篠原」の名前を聞き、ぐっと胸が痛くなる。
「仲いいのか……?」
乾いた声で聞くと、浩介は、うーん、と首を傾げ、
「部活内ではなんか組まされることが多くて一緒にいるけど、仲いいのかって聞かれると……どうかなあ。悪くはないと思うけど」
「………そっか」
ホッとした。
ホッとしてから、なにおれホッとしてんだよって自分にツッコミをいれる。
「どうして? 篠原がどうかした?」
「いや、別に」
顔がにやけてくる。後ろに座ってるから見られなくてよかった。
「じゃ、お前バスケ部内では誰と一番仲良いんだ?」
「え。うーん……どうだろう……」
「………」
悩まないと答えられないってことは、いないってことだよな。
……って、何喜んでんだ。おれ。
と、喜んだのもつかぬ間。
「ああ、最近では、上岡かも。上岡武史」
「はああああ?!」
なんだと?!
「あ、ごめん。渋谷と上岡、中学の時、仲悪かったんだよね」
「………まあな」
武史とは殴り合ったことも数知れず、の仲だ。
「おれ、今回はじめて試合のメンバー入りしたから、上岡には色々教えてもらってて……。そんなにヤな奴じゃないよ?」
「…………」
色々教えてもらってて、だと?
なんだよそれ……なんだよそれっ。
やっぱりおれはもう必要ないってことかよ。体育館が木曜日使えなくなっておれと練習できなくても、武史がいるから全然困らないってことかよっ。勉強だっておれと一緒じゃない方がはかどるってことだよな。おれと一緒にいた夏休み明けの実力テストで成績落としたんだもんな、お前。
それでも……
それでも、お前と一緒にいたいと思ってしまうおれはどうすれば……
「渋谷」
「痛っ」
急に自転車が停まり、ごんっと浩介の背中に頭がぶつかる。もう、家の前だった。
浩介が身をよじって振り返り、唐突に言った。
「渋谷、あの……、今まで、ありがとうね」
「………」
自転車からおりて、浩介の横に立ち、真正面に顔を見る。
浩介のあらたまった表情に嫌な予感がして背筋がゾワッとしてきた。
「何をあらたまって……」
「うん……」
浩介も自転車からおり、スタンドをたてた。そして俯きがちにポツポツと言いはじめる。
「おれ、本当に渋谷に感謝してるんだよ。渋谷が教えてくれたおかげで、メンバー入りもできて……」
「…………」
だから、もう、おれは用なしってことか?
血の気が引いているおれに気づかず、浩介が続ける。
「それで、おれ、考えたんだけど、来週から木曜日体育館使えなくな……」
「ワンオンワン、やろうぜ?」
話の続きを聞きたくなくて、言葉をかぶせると、浩介が「え?」と首をかしげた。
「何?」
「だから、1ON1だって。勝負だ勝負。なんか賭けようぜ」
「えー、おれ、渋谷に一回も勝ったことないじゃん」
「現役バスケ部員がなにいってんだよ。ボール取ってくるからちょっと待ってろ」
急いでボールを取りに行く。
頼むから、おれを必要としてくれよ。
おれはまだまだ、ずっと、お前と一緒にいたいんだよ。
**
うちの前の公園には、バスケットのゴールが一つだけある。夏休み中は浩介とここで練習していた。あの時も楽しかったよなあ? ……なあ?
「わー、もう、渋谷っ。手加減してよっ」
「うるせえなあ。ほら、隙だらけだ」
ドリブルでつっこもうとした横からヒョイっとボールを奪ってやる。まだまだだな……
浩介は、あーもーっと叫びながらしゃがみこみ、おれを見上げてきた。
「じゃあさ、おれが一回でも渋谷のこと止めるか、一回でもゴール決められたら、賭けはおれの勝ちにして」
「別にいいぞ?」
そんなの余裕だ余裕。
「賭けの内容決めてなかったよな。どうする?」
「負けた方が勝った方の言うこときくってことでどう?」
「のった」
もうあたりはすっかり暗くなっている。公園の電灯の明かりを頼りにおれ達は競り合った。
(負けた方が勝った方のいうことをきく……)
何にしようかな……と一瞬気がそれた隙に、すっとゴール下に入りこまれた。
「あぶねっ」
即座に反応してボールを奪ってやったが……
(上手くなってる……)
ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
こいつ、おれと会わないうちに上手くなってる……
選抜メンバーとしてもまれてるからか? それとも……武史が教えたからか?
(くそっ)
カッとなった。
お前はおれが教えてたのに。ずっと一緒にいたのに。これからもずっと一緒にいられると思ったのに。
(浩介……)
お前はおれから離れていくのか? おれはもう必要ないのか?
「ちょ、渋谷、怖いっ速すぎっ」
「…………」
一瞬でゴールを決めてやると、浩介が慌てたように言った。でもそんなの構っていられない。
頭に血がのぼっている。
次は浩介の攻撃。ドリブルをはじめてすぐにボールをはじいてやる。
「だから渋谷、怖いって。練習にならないよっ」
「……うるせえ」
うるせえうるせえうるせえ!
今度はおれの攻撃。すぐに浩介の横をすり抜ける。
(まだまだ、おれの方が上手い。おれが教えてやれることはいくらでもある)
だから……だから……
「もー渋谷っ」
「!」
いきなり、後ろから抱きすくめられ、体が固まってしまった。息が止まる……っ。
「何そんなムキになってるのっ」
「…………」
ぎゅううっと抱きしめられて、気が遠くなってくる。ボールが手からこぼれ落ちる。
「渋谷にそんな本気だされたら勝負にならないでしょっ」
「あ……」
耳元で聞こえる浩介の声。浩介の腕。温かいぬくもり……
包みこまれる。心地の良い感触……
「お前……ファウルだ」
「あ、ホントだね」
あはは、と笑って浩介が腕を離す。
浩介、浩介、おれは……
「!」
ふっと、目の前が暗くなった。なんだ? 頭に血がのぼりすぎたのか?
そう思ったのと同時に、体の力が抜けた。
「渋谷?!」
意識を失う寸前に浩介の声が聞こえた。浩介の優しい声……
ああ、浩介。おれは、お前が……
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