期末テストの翌日、バスケ部では、夏季大会のレギュラー決めのための紅白試合が行われた。
三年生は、インターハイ予選敗退の時点で引退となったので、今回からは1、2年生のみとなる。2年生の部員数が少ないため、1年生でも選ばれる可能性はかなり高い。というか、ベンチメンバーまでに入れない部員の方が少ないくらいだ。
紅白戦でそれなりにアピールできれば、浩介にだって可能性がないわけじゃない。
と、思ったのに。
不運なことに、浩介は、よりにもよって上岡武史と同じチームになってしまった。最悪だ……。
(よりにもよって、武史と……)
中学時代の嫌な記憶が甦ってくる。
武史とは中学の部活で知り合った。武史は今でこそ背も高くなり横にも大きくなったけれど、中学1年から2年の途中まではおれとたいして変わらない背格好をしていたため、先輩方や顧問の先生によく比較されていた。それなのに、おれがスタメン起用されることが多かったせいか、一方的に敵愾心を持たれて、練習中わざとぶつかってきたり足をひっかけてきたり、地味な嫌がらせを散々された。殴り合いの喧嘩になったことも数えきれないくらいある。
(ああ、やっぱり……。武史のやつ変わんねえな……)
試合を見ながらため息をついてしまう。
武史の強引なキャラにチームメートが引っ張られ、武史を中心に試合が進んでいく。奴は確かに上手い。目を引くプレーをする。中学の時から変わらない。
このままだと他のメンバーは何の見せ場もなく終わってしまう……と思っていたけれど、試合が進むにつれ、浩介が相手チームのパスをカットする回数が増えてきた。浩介は頭の回転が早いので、相手チームのパスの癖を見抜きはじめたのだろう。心の中で「よしよし!」と何度も肯いてしまう。
試合の最後には、特訓の甲斐あっての綺麗なフォームでシュートを決めることもでき、試合には負けたものの、わりと良いアピールにはなったと思う。
おれは、女子バスケ部を中心としたギャラリーの横でコッソリ観戦していたのだけれど、浩介はシッカリおれがいる位置を把握していたようで、シュートが決まった瞬間、パッとおれの方をみて、小さくピースサインをしてみせた。
「……バーカ」
試合中だぞ。よそ見すんな。
そう思いながらも、笑顔の浩介につられて笑ってしまう。
無事にシュートが決まって嬉しい。人のことでこんなに嬉しいと思ったことは生まれて初めてだ。
浩介達の試合のあと、一回休憩となった。
「………あ」
こちらに来ようとした浩介を武史が呼び止めている。嫌な予感がする……
武史は浩介に一言二言何か言うと、固まった浩介を置いてこちらに向かって歩いてきた。
「よう、渋谷」
ニヤリとして見下ろしてくる武史。
くそー……出会った時は目線同じだったのに、今では見上げなくてはならない屈辱……
「お前、あいつにバスケ教えてるんだって?」
「………」
武史のアゴが浩介の方をさす。浩介、端っこにしゃがみこんでバッシュの紐を結び直している……
「そのわりには上手くなんねえな、あいつ」
「………。まだはじめたばかりだ。これから伸びる」
「無理だろ。どうしようもねえよ、あいつ」
「…………」
バカは相手にしてらんねえ。
横を通り過ぎようとしたところ、腕を掴まれた。
「……んだよっ」
「あんなやつに教えててもしょうがねえんじゃねえか?」
「ああ?」
見上げると、武史の真剣な顔がそこにはあった。
「それより、お前が戻ってこいよ。足、もう大丈夫なんだろ?」
「……うるせえよっ」
腕を思いきり振り払う。
「戻る気はない。戻るとしても、お前のチームメートになるのだけは真っ平ごめんだ。ばーか」
「渋谷……っ」
何か言いかけた武史を置いて、浩介の元に急ぐ。様子が、変だ。さっきからずっと紐を結び直している……
「おい……」
「あ、渋谷」
座ったままこちらを見上げ、ニコリ、と笑う浩介。そのニコリ、が妙にウソっぽくてイラッとする。いつもおれに見せる笑顔じゃない!
「お前、武史に何か言われたのか?」
「え」
浩介が笑顔のまま固まる。そしてふいっと視線をそらした。
「何も……言われてないよ」
「…………」
そして、また紐をいじりはじめた。お前は何回紐を結び直したら気がすむんだ!
「うそつくなっ」
「………っ」
頭を掴んで無理矢理こちらを向かせる。驚きで瞠った目に真っ直ぐ視線を送る。
「何を、言われた?」
「………」
また、視線をそらした浩介。それは無言の肯定だ。頭を軽く揺さぶってやる。
「こっち見ろ。目みて話せ」
「………」
浩介は困ったように口を引き結んだが、おれがしつこく睨みつけたら、やっと口を開いた。
「……へたくそって」
「……それだけか?」
「………」
浩介は再び黙ってしまった。
「おい」
「…………うん」
促すと、浩介は観念したように大きく瞬きをして、ようやく続けた。
「……練習しても無駄だって。渋谷の迷惑になるだけだって……」
「………んだとっ」
武史……っ
腸煮えくり返って立ち上がったけれど、浩介に腕を掴まれ、また座ってしまう。思いの外、強い力で掴んでくる浩介にカッとなる。
「おい、離せ。あいつ一回殴らないと気が済まないっ」
「やめてよ」
浩介が激しく首を振って言う。
「いいの。本当のことだから」
「何が……っ」
「おれ、渋谷の迷惑になってるだけだし。みんなより全然下手くそだし」
「アホかっ」
ああああああもう、イライラする!!
「何も迷惑になってない。おれがやりたくてやってることだ」
「でも」
「でもじゃない! だいたいお前は確実にうまくなってきてる。今日だってきちんと基本通りのシュートができてた。パスカットの精度も上がってた」
「でも……」
「だから、でも、じゃない!」
いらだちのまま、ぐりぐりと浩介の眉間に人差し指を押しつける。
「お前はまだはじめたばっかりだろ。中学からやってるやつらと比べてもしょうがねえだろっ。まわりと比べるな。昨日の自分と比べろ。昨日のお前より今日のお前のほうが確実に上手くなってる。今日のお前より明日のお前の方が上手いに決まってる。自分を信じろっ」
「…………渋谷」
呆然とした表情の浩介。
ああああああもうイライラするイライラする!!
「おれ、帰ってるからなっ。今日このあとまだ練習あんだろ? そのあと発表か?」
「う……うん。たぶん……」
「帰り、うち来い。いいな?」
返事はきかず、ダメ押しでもう一回眉間に人差し指を突き刺してから立ち上がる。
「しぶ……」
「渋谷」
背後から聞こえてきた声に「あああ?」と「あ」に濁点つけて振り返る。
そこには諸悪の根源の武史の姿が。
もう、我慢できない。
「お前、こいつに余計なこと言うなよっ」
「別にホントのことだ……」
「んだとコラ」
頭に血がのぼったまま、武史の胸倉を掴んだところで、ピーーーっとホイッスルがなった。休憩終了だ。
「あ………」
女子バスケ部の子たちがこちらを心配そうに見ていることに気がついた。しまったな……。ぱっと手を離し、浩介を振り返る。浩介、困ったような顔してる…
「………じゃあ、後でな」
「うん……」
「しぶ……」
何か言いかけた武史をもう一度睨みつけてから、出口に向かう。
ああ、ムカつくムカつく!!
人のことでこんなにムカついたのは生まれて初めてだ。
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お読みくださりありがとうございました!
慶さん、人のことで喜んだり怒ったり、忙しいです^^;
次回も慶視点。レギュラー決めの結果がどうなったのか……のお話です。
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全然イチャイチャもしない普通の高校生のお話なのに、BLと言っていいんだろうか、と悩むところなのですが、こうしてクリックしてくださる方がいらっしゃることに勇気づけられ更新続けております。ありがとうございます!
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