浩介が、土手の階段の途中に座って川の流れを見ていた。
呼びかけようとしたけれど、何となくできなかった。
一番はじめに浩介を見た時にも感じた、浩介を纏う切ないオーラ。一人深淵に沈み込んでいるような……
「渋谷」
「……おお」
視線に気が付いたのか、浩介がこちらを振り返ったので、隣に下りていく。
「ごめん。寄り道してた」
「いや……」
レギュラー決めの紅白戦のあと、おれは先に帰って、浩介がうちに来るのを待っていた。でも、いつもの時間になっても来ないので、川べりまで出てみたら、浩介の自転車が停まっていることに気がついて、ここまできたわけだけれども……
(……ダメだったんだな)
横に座って、一緒に視線を川に向けながら、そう思う。
選ばれたのなら、こんなところで一人で座っていたりしないだろう。
「渋谷」
数分の沈黙を破り、浩介が口をひらいた。
「……ごめんね」
「………」
浩介は川に目を向けたまま、小さく言った。
「せっかく教えてもらってたのに……ダメだった」
「………。まだ、これからだろ。お前はじめたばっかりなんだから」
「うん……ありがと」
えいっという掛け声とともに、浩介が立ち上がる。
「おれ、一回も部活サボらなかったし、休みの日も渋谷に教えてもらったりしてたし、結構真面目に頑張ったんだけどなあ」
「………」
「でも、部活休んでばっかでも中学からやってた人の方がおれよりずっと上手いんだよね。やっぱ上手い人の方が選ばれるのは当然だよね」
「………」
真上を見上げる浩介……
「ちょっと期待してたなんて、図々しかったな……」
そして、顔をおろすと、『にっこり』とおれに笑いかけてきた。
「せっかく教えてくれたのに、ごめんね」
「………お前」
なんだ、その『にっこり』は……
おれも立ち上がり、浩介を間近から見上げる。
「無理に笑うな」
「無理になんて笑ってないよ」
またヘラッとする浩介。
「だからっ」
なぜだか分からないけれど、無性に腹が立った。
その作り物の『にっこり』をおれに向けるな。そんな仮面をかぶっておれを見るな。
「悔しいんだったら悔しいっていえよっ」
言うと、浩介がきょとんとして、
「え? あ、うん。悔しいよ?」
「………っ」
また『にっこり』!
「お前………っ」
カチンときて、両頬に手を伸ばし思いっきり引っ張ってやる。
「な、なにす……っ」
「悔しい時は悔しいって顔しろっ」
「やめてよ~」
おれの手を引きはがす浩介はまだヘラヘラしてて……もう我慢ができなかった。
「笑うな! 泣きたいときは泣け!」
「……っ」
鳩尾に拳をねじ込むと、浩介が声にならない声をあげて身を折った。
「なにす……っ」
「だから泣けっつってんだよ」
もう一度拳を構えたところ、手首を掴まれた。
ギリギリギリギリ……と強い力で掴んでくる。
「いてえっお前……っ」
空いているほうの手で、その手を剥がそうと上から掴んだところで、
「………っ」
息をのんだ。
「お前……」
すぐ近くに浩介の瞳がある。もうあの『にっこり』はなく、その代り深い光を帯びていて……。
「渋谷……」
つぶやいたのと同時にその瞳から涙が一粒、こぼれた。
「あ……」
きゅうっと心臓が掴まれる……。
「渋谷……おれ……」
浩介はゆっくりとオレの腕から手を離した。そしてペタンッと座りこむと、
「おれ……」
涙をいっぱいにためた瞳でおれのことをまっすぐに見上げてくる。おれも目をそらさなかった。
「おれ……」
ポロポロポロ……と七色の光が流れ出す。夕日に照らされて光っている……
(ああ……きれいだな……)
妹が昔集めていたビーズによく似ている。
浩介はそれをぬぐおうともせず、おれのことを見あげている。
「ちゃんと、泣けよ」
階段を一段おり、座っている浩介の前に回りこむ。手をさしだし、頭を引き寄せると、浩介がおれの胸に顔をおしつけた。
「渋谷……っ」
絞り出すような浩介の声。
「おれ、悔しい……っ」
浩介……
「わかってる。わかってるから」
「渋谷……っ」
小さな子供のようにしゃくりあげながら泣く浩介の頭を抱え、そのやわらかい髪に頬をおしつけ、力いっぱい抱きしめた。おれの腰に回された浩介の腕の力が強すぎて痛いけれど、それでも構わなかった。
おれ達はそうやって長い間、抱きあったままジッとしていた。夕焼けが胸に沁みるほどキレイだった。
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まだ自覚ナシの二人。まだ高校一年生。ゆっくりゆっくり近づいていきます。
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