夏休み、浩介とはかなり頻繁に会っていた。
『海の家』でのアルバイトは全部朝一のシフトだったので、部活やバイトの日は夕方から、二人とも休みの日は朝から、一緒に勉強したりバスケの練習をしたり遊びに行ったり…………
おかげで、夏休み明けの実力テストは、入学時の順位よりも300番以上上がって、89番になった。親も担任もビックリしてたけど、一番ビックリしたのはおれだ。でも、浩介は「渋谷は頭良いから、これからもっと上がるよ」とケロリと言っていた。
一方の浩介は、3番下がって11番。
以前は自分の成績をかたくなに教えてくれなかった浩介だけど、最近ちょっと距離を縮めてきてくれたというか……
「部活やめろって言われたらどうしよう……」
ポロッとそんな心配事も口に出してくれるようにもなった。
浩介の両親はとても教育熱心らしく、10番以内に入っていないなんて言語道断、らしい。
浩介は理数系が苦手(苦手といっても、おれより出来るけど)のため、それが足を引っ張っているだけで、教科別の順位をみれば文系科目はすべてトップ3入りしている。そこを説得内容に使って、なんとか退部だけは免れたらしいが。
「でも、次の中間で変な点取ったらホントにやめさせられちゃう」
「……バスケの練習、やめるか?」
「やだやだやだっ」
とんでもない。と浩介は首をふる。
「おれ、渋谷とバスケできなくなったら、勉強も手につかなくなる」
「……なんだそりゃ」
また変なこといってる。浩介はぐっと拳を作ると宣言した。
「勉強も頑張る。バスケも頑張る。全部頑張る!」
「………」
浩介のこの一生懸命さが羨ましい。
おれは本当に何もない。
**
また冬服に戻った10月……
バスケ部では秋の大会に向けて、再びメンバー決めの紅白試合が行われた。
浩介は夏の特訓が功を奏して、試合内で充分に存在感をアピールできた。前回の大会でベンチ入りしていた部員2人が大会直後に退部したため(浩介が前に言っていた「部活サボってばかりだけど上手い」という奴らだ)、今回は更にメンバー入りできる可能性が広がった。
試合後すぐにメンバー発表をして、その後、決起会を行うらしいので、その前に結果だけでも聞けないもんかと、体育館につながる階段の下でウロウロしながら、浩介達がでてくるのを待っていたら、
「おお、渋谷」
「……げ」
顧問の上野先生が階段を一番に下りてきて、おれをみるなりニヤニヤ声をかけてきた。
「桜井待ちか?」
「………はい」
ケケケと笑う上野。
「お前は桜井のかーちゃんか。おーい、桜井! 保護者が待ってるぞー」
「……保護者って」
すれ違いざま、上野はおれの肩をポンポンとたたくと、
「そんなに心配ならお前もバスケ部入れ。緑中の切り込み隊長ならいつでも大歓迎だ」
「だから、それはもういいですよっ」
『りょくちゅーのきりこみたいちょう』……懐かしいあだ名。でも、もう、それはいい。
ふっと中学時代の記憶に入り込みそうになったところを、
「わ! 渋谷! 待っててくれたんだ!」
「……おう」
バタバタバタっと浩介が下りてきた。
その顔を見れば一目瞭然。
「入ったんだな?」
「うん!」
浩介、目がキラキラしてる。
「やったな」
「うん。渋谷のおかげだよ!」
「いや、そんなことは……」
嬉しいはずなのに、ふっと、不安な気持ちにとらわれる。
(もう、おれと練習する必要ないんじゃないか……?)
せっかくメンバー入りしたんだ。単純に喜べばいい。喜べばいいのに……
「桜井、良かったな」
ふいに、浩介の頭が小突かれた。部長の田辺英雄さんだ。
田辺先輩はおれにも目をやり、
「渋谷が直々に教えてくれてるんなら、そりゃ桜井も伸びるよな」
「え」
なんでおれの名前を?
きょとんとすると、田辺先輩はちょっと笑った。
「オレ、中学の時、渋谷と試合で当たったことあるんだけど……覚えてないか」
「えーと……スミマセン」
おれは小さいせいか目立つらしく、おれは覚えてないけれど相手に覚えられている、ということはよくある。申し訳ない……
「もうバスケやらないのか?」
「はい……スミマセン」
もう、バスケはいいんだ。これ以上、自分の小さいコンプレックスを重症化させたくない。
「じゃあ、桜井、余計に頑張んないとな。渋谷の遺伝子を継ぐのはお前だっ」
「頑張りますっ」
にこりと笑う浩介。浩介、笑ってる……
浩介の横をバスケ部員が次々と通り過ぎていく。通り過ぎながら、
「桜井ーよかったなー」
「がんばろうなー」
浩介の背中をたたいていく。浩介の頭を小突いていく。
「桜井っ。オレの分も頑張れよっ」
「篠原」
パンとハイタッチ。
桜井、桜井、と皆が浩介に一言ずつ声をかけていく……。
(………浩介)
浩介にはおれの知らない世界がある。そこではおれは必要とされていない……。
なんだこの孤独感……。
「桜井、決起会、お前も行くだろ?」
聞き覚えのある声に顔をあげると、そこには上岡武史の姿が……。
「あ、うん。いくいく」
武史とも親しげに話す浩介。いつの間に仲良くなってんだよお前ら……
「渋谷」
「………」
武史がこちらに目をむけた。
「良かったな。桜井、選ばれて」
「………」
なんだよ。それ。お前に関係ねえだろ。
なんていうのも大人げないので黙っていると、武史は軽く肩をすくめた。
「じゃあ、先いってんぞ」
「うん」
軽く手を振った武史が最後で、ようやくバスケ部員がいなくなった。
なんだ、この空虚感……
おれは……おれは……
「渋谷」
「………」
浩介の声。優しい浩介の声。
(おれは、もう、お前に必要のない人間なんじゃないか……?)
聞きたいけど、聞けない。そんなこと……
「渋谷?」
「ああ」
振り返れず、うつむいていると、
「あの、頼みがあるんだけど」
「頼み?」
なんだ?と振り返りかえったところを、
「!」
ふわりっと包み込むように優しく抱きしめられ、ぎょっとする。
「な、なに……っ」
びっくりして叫ぶと、浩介が耳元で小さくささやいてきた。
「ありがとう。渋谷」
「え……」
見上げると浩介の瞳は涙でいっぱいになっている。
「もう少しこのままでいてくれる?」
「え……?」
おれの鼻の頭に浩介の涙が一粒こぼれた。
「おれ……渋谷の前でだけはちゃんと泣けるみたいなんだ」
「え……」
「今、泣きたいんだけど……いい?」
浩介の涙にぎゅうっと胸が締めつけられる。
おれは返事の代わりに、浩介を階段に座らせると、並んで座り、頭を引き寄せた。浩介の柔らかい髪に頬をよせ、腕のあたりをゆっくりゆっくりさすってやる。
浩介はおれの肩口に顔を埋めて、静かに涙を流し続けた。3ヶ月前の悔し涙とは違って、今日は嬉し涙だ。
「良かったな」
「うん……」
小さくうなずく浩介……。
『渋谷の前でだけはちゃんと泣ける』
そう、言ってくれた。
お前にはあんなにたくさん仲間がいるけど……、でも、おれのことも必要としてくれてるって思ってもいいんだよな……?
そんなことを考えながら、思わず肩に回した手に力をこめると、
「渋谷」
浩介はちょっと笑って、おれの腰に手を回してぎゅっと抱きついてきた。
「渋谷の腕の中、すっごく居心地いい」
「………なんだそりゃ」
笑ってしまう。
そうだな。おれもお前のぬくもり、すごく心地いい。
二人でクスクス笑いながら、おれ達はしばらくの間、ぎゅうっと抱きしめ合っていた。まるで小さい子供のように。
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お読みくださりありがとうございました!
まだ自覚ナシ。「心地いい」止まり。でも心地いいからずっとベタベタしていたい2人です。
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『海の家』でのアルバイトは全部朝一のシフトだったので、部活やバイトの日は夕方から、二人とも休みの日は朝から、一緒に勉強したりバスケの練習をしたり遊びに行ったり…………
おかげで、夏休み明けの実力テストは、入学時の順位よりも300番以上上がって、89番になった。親も担任もビックリしてたけど、一番ビックリしたのはおれだ。でも、浩介は「渋谷は頭良いから、これからもっと上がるよ」とケロリと言っていた。
一方の浩介は、3番下がって11番。
以前は自分の成績をかたくなに教えてくれなかった浩介だけど、最近ちょっと距離を縮めてきてくれたというか……
「部活やめろって言われたらどうしよう……」
ポロッとそんな心配事も口に出してくれるようにもなった。
浩介の両親はとても教育熱心らしく、10番以内に入っていないなんて言語道断、らしい。
浩介は理数系が苦手(苦手といっても、おれより出来るけど)のため、それが足を引っ張っているだけで、教科別の順位をみれば文系科目はすべてトップ3入りしている。そこを説得内容に使って、なんとか退部だけは免れたらしいが。
「でも、次の中間で変な点取ったらホントにやめさせられちゃう」
「……バスケの練習、やめるか?」
「やだやだやだっ」
とんでもない。と浩介は首をふる。
「おれ、渋谷とバスケできなくなったら、勉強も手につかなくなる」
「……なんだそりゃ」
また変なこといってる。浩介はぐっと拳を作ると宣言した。
「勉強も頑張る。バスケも頑張る。全部頑張る!」
「………」
浩介のこの一生懸命さが羨ましい。
おれは本当に何もない。
**
また冬服に戻った10月……
バスケ部では秋の大会に向けて、再びメンバー決めの紅白試合が行われた。
浩介は夏の特訓が功を奏して、試合内で充分に存在感をアピールできた。前回の大会でベンチ入りしていた部員2人が大会直後に退部したため(浩介が前に言っていた「部活サボってばかりだけど上手い」という奴らだ)、今回は更にメンバー入りできる可能性が広がった。
試合後すぐにメンバー発表をして、その後、決起会を行うらしいので、その前に結果だけでも聞けないもんかと、体育館につながる階段の下でウロウロしながら、浩介達がでてくるのを待っていたら、
「おお、渋谷」
「……げ」
顧問の上野先生が階段を一番に下りてきて、おれをみるなりニヤニヤ声をかけてきた。
「桜井待ちか?」
「………はい」
ケケケと笑う上野。
「お前は桜井のかーちゃんか。おーい、桜井! 保護者が待ってるぞー」
「……保護者って」
すれ違いざま、上野はおれの肩をポンポンとたたくと、
「そんなに心配ならお前もバスケ部入れ。緑中の切り込み隊長ならいつでも大歓迎だ」
「だから、それはもういいですよっ」
『りょくちゅーのきりこみたいちょう』……懐かしいあだ名。でも、もう、それはいい。
ふっと中学時代の記憶に入り込みそうになったところを、
「わ! 渋谷! 待っててくれたんだ!」
「……おう」
バタバタバタっと浩介が下りてきた。
その顔を見れば一目瞭然。
「入ったんだな?」
「うん!」
浩介、目がキラキラしてる。
「やったな」
「うん。渋谷のおかげだよ!」
「いや、そんなことは……」
嬉しいはずなのに、ふっと、不安な気持ちにとらわれる。
(もう、おれと練習する必要ないんじゃないか……?)
せっかくメンバー入りしたんだ。単純に喜べばいい。喜べばいいのに……
「桜井、良かったな」
ふいに、浩介の頭が小突かれた。部長の田辺英雄さんだ。
田辺先輩はおれにも目をやり、
「渋谷が直々に教えてくれてるんなら、そりゃ桜井も伸びるよな」
「え」
なんでおれの名前を?
きょとんとすると、田辺先輩はちょっと笑った。
「オレ、中学の時、渋谷と試合で当たったことあるんだけど……覚えてないか」
「えーと……スミマセン」
おれは小さいせいか目立つらしく、おれは覚えてないけれど相手に覚えられている、ということはよくある。申し訳ない……
「もうバスケやらないのか?」
「はい……スミマセン」
もう、バスケはいいんだ。これ以上、自分の小さいコンプレックスを重症化させたくない。
「じゃあ、桜井、余計に頑張んないとな。渋谷の遺伝子を継ぐのはお前だっ」
「頑張りますっ」
にこりと笑う浩介。浩介、笑ってる……
浩介の横をバスケ部員が次々と通り過ぎていく。通り過ぎながら、
「桜井ーよかったなー」
「がんばろうなー」
浩介の背中をたたいていく。浩介の頭を小突いていく。
「桜井っ。オレの分も頑張れよっ」
「篠原」
パンとハイタッチ。
桜井、桜井、と皆が浩介に一言ずつ声をかけていく……。
(………浩介)
浩介にはおれの知らない世界がある。そこではおれは必要とされていない……。
なんだこの孤独感……。
「桜井、決起会、お前も行くだろ?」
聞き覚えのある声に顔をあげると、そこには上岡武史の姿が……。
「あ、うん。いくいく」
武史とも親しげに話す浩介。いつの間に仲良くなってんだよお前ら……
「渋谷」
「………」
武史がこちらに目をむけた。
「良かったな。桜井、選ばれて」
「………」
なんだよ。それ。お前に関係ねえだろ。
なんていうのも大人げないので黙っていると、武史は軽く肩をすくめた。
「じゃあ、先いってんぞ」
「うん」
軽く手を振った武史が最後で、ようやくバスケ部員がいなくなった。
なんだ、この空虚感……
おれは……おれは……
「渋谷」
「………」
浩介の声。優しい浩介の声。
(おれは、もう、お前に必要のない人間なんじゃないか……?)
聞きたいけど、聞けない。そんなこと……
「渋谷?」
「ああ」
振り返れず、うつむいていると、
「あの、頼みがあるんだけど」
「頼み?」
なんだ?と振り返りかえったところを、
「!」
ふわりっと包み込むように優しく抱きしめられ、ぎょっとする。
「な、なに……っ」
びっくりして叫ぶと、浩介が耳元で小さくささやいてきた。
「ありがとう。渋谷」
「え……」
見上げると浩介の瞳は涙でいっぱいになっている。
「もう少しこのままでいてくれる?」
「え……?」
おれの鼻の頭に浩介の涙が一粒こぼれた。
「おれ……渋谷の前でだけはちゃんと泣けるみたいなんだ」
「え……」
「今、泣きたいんだけど……いい?」
浩介の涙にぎゅうっと胸が締めつけられる。
おれは返事の代わりに、浩介を階段に座らせると、並んで座り、頭を引き寄せた。浩介の柔らかい髪に頬をよせ、腕のあたりをゆっくりゆっくりさすってやる。
浩介はおれの肩口に顔を埋めて、静かに涙を流し続けた。3ヶ月前の悔し涙とは違って、今日は嬉し涙だ。
「良かったな」
「うん……」
小さくうなずく浩介……。
『渋谷の前でだけはちゃんと泣ける』
そう、言ってくれた。
お前にはあんなにたくさん仲間がいるけど……、でも、おれのことも必要としてくれてるって思ってもいいんだよな……?
そんなことを考えながら、思わず肩に回した手に力をこめると、
「渋谷」
浩介はちょっと笑って、おれの腰に手を回してぎゅっと抱きついてきた。
「渋谷の腕の中、すっごく居心地いい」
「………なんだそりゃ」
笑ってしまう。
そうだな。おれもお前のぬくもり、すごく心地いい。
二人でクスクス笑いながら、おれ達はしばらくの間、ぎゅうっと抱きしめ合っていた。まるで小さい子供のように。
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