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BL小説・風のゆくえには~遭逢12(浩介視点)

2015年12月13日 07時23分55秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢
 渋谷の腕の中はやっぱりすごく居心地がよくて。
 つい時間も忘れて、ぎゅーぎゅーぎゅーぎゅーくっついていたものだから、決起会に遅刻しそうになってしまった。

 近くの公民館で、女子バスケ部と合同で行われた決起会。
 顧問や部長の挨拶が終わったあと、女子バスケ部が用意してくれたジュースやお菓子をみんなでいただいた。

 各々散らばった輪の中。渋谷と同じ中学のバスケ部だった上岡武史や、渋谷と試合をしたことがある田辺先輩たちの間で、渋谷の話題が持ち上がっていた。
 渋谷は中学時代、緑中の切り込み隊長、とあだ名されていたらしい。真っ先に敵陣に切りこんでいく小さい選手。

「小さいのがチョコマカしてて、ずっげー鬱陶しかったよな」

 田辺先輩と志村先輩が笑っている。上岡はうんうん肯き、

「しかも、あの顔だから、女子がキャーキャー言ってて、それも鬱陶しかったんですよ!」
「羨ましかった、の間違いじゃないの? 上岡君」

 女子バスケ部の荻野さんが上岡の脇腹をつつき「やめろっ」と怒られている。

「渋谷、お前にバスケ教えてるってことは、もう膝大丈夫なんだろ? なんでバスケ部入らないんだ?」
「え……あ」

 志村先輩に聞かれ、返答に困ってしまう。すると荻野さんがあっけらかんと、

「それ、上岡君のせいですよ~。渋谷君、上岡君がいるからバスケ部入りたくないっていってました。二人、中学時代すっごく仲悪かったので」
「えっマジかよっ。かみおかーーーっ」

 田辺先輩と志村先輩が笑いながら上岡を小突き回し、上岡が「やめてくださいっ」と逃げていく。

 残されたおれと荻野さん……。女子と二人きりなんて間が持たない。おれもトイレとか言ってこの場から逃げ出そうかと考えていたところ、

「渋谷君って、別にバスケが特別好きだったわけじゃないと思うんだよね」
「え」

 荻野さんが、オレンジジュースをつぎたしながら、ボソリと言った。

「何て言うか……渋谷君ってなんでもできちゃう人だったんだよ。勉強も、スポーツも、なんでも。しかもあの顔で、その上、明るいし社交的だから友達もたくさんいたし」

 なんとなく想像ができる、中学時代の渋谷……。

「だからこそ、一番がないっていうのかなあ……」
「………」
「モテてたけど彼女もいなかったし、男子達ともグループで仲が良いだけで、親友、とかいない感じだったし」

 親友……

「だからちょっと珍しいよ。渋谷君と一対一で友達してる桜井君って」
「そう……なんだ」
「うん。……あ、最後のケーキ出てきた! ほら、桜井君も早く行かないと好きなのなくなっちゃうよ!」

 出されてきたケーキに目を輝かせて、荻野さんは行ってしまった。
 ぽつんと残されたおれ……荻野さんの話を思いだしてみる。

(一対一で友達してるおれは珍しいって……)

 でも、渋谷は同じクラスの安倍と仲が良い。一緒にバイトもしてたし、放課後も一緒に出掛けたりしてるようだ。

(あ、でも、一対一ではないのか)

 安倍は固定だけど、安倍と誰かしらが一緒にいる印象がある。バイトも安倍ともう一人一緒だった。

(親友……)

 もしかしたら……おれ、親友、になれたり……する?

 そう考えると胸がぎゅっと苦しくなる。
 さっきの渋谷の感触を思いだす。抱きしめあった心地の良い感触。思わず顔がほころんでしまう。

 おれ……渋谷の『特別』に……なれるかな……


***


 なんとなくふわふわした気持ちのままで、翌日登校したのだが……
 休み時間を挟むにつれ、どんどん、どんどん、嫌な感覚が強まってきて、昼休みに確信した。

 この感覚……知ってる。

 みんなが、おれの噂をしてる。ちらちらと視線を送ってくるのに、そちらを見ると目をそらされる……。
 小学校の時も中学校の時も、こういうことが日常茶飯事だった。

(おれ……何した?)

 思い返してみても、分からない。小学校の時のきっかけは、成績が良くて先生に贔屓されてる、とかそんなことだった。それを母が大袈裟に騒ぎ立てたから余計に被害が広がっていって……。

 でも、今は、そんな思い当たることなんて何もない。 

(なんで……)

 指先が冷えてくる。なんで。なんで。上手くやってたと思ったのに。
 どうしてまた……

 どうしておれはこうなってしまうのだろう……

(………渋谷)

 渋谷に会いたい。会いたいけど……。
 渋谷の耳にも、おれの何か悪いことが伝わっていたら……

 渋谷に嫌われたら……

 ブラウン管の中に放りこまれ、深い深い闇の中に沈み込みそうになっていった……その時。


「宇野ってのはどいつだっ」
「!」

 パリンッとブラウン管が割れた。光が差し込んでくる……

「し……渋谷」

 渋谷が……ものすごい怒りのオーラを充満させながら教室の中にズカズカと入りこんできた。

「しーぶーやー、冷静に冷静にっ」
「渋谷君、こわいよっ」

 後ろから慌てたように安倍と荻野さんがついてきている。
 な、なんだ……?

 教卓の近くに集まっていた男子軍団の一人が、ニヤニヤと手をあげた。

「オレが宇野だけど、何?」
「お前かっ。変な噂流してんのはっ」

 ……噂?

「噂じゃねーよ。真実だろ。オレ見たし。お前と桜井が昨日、抱き合ってたとこ」
「!」

 それ……っ

 自分でも顔が青ざめたのが分かった。そのことだったのか……っ。

 渋谷はピクピクと頬を引きつらせている。

「それがどうして、付き合ってるって話になんだよ?」
「どうしてって……」

 宇野はそこにいた仲間連中と「なあ?」と肯きあってる。

 ああ、おれのせいだ。おれのせいだったんだ。
 おれが軽率に校内であんなことしたから……っ。

 今にも爆発寸前の渋谷の横に慌ててかけよる。

「なあ、じゃねえ……っ」
「渋谷……っ」

 おれの呼びかけに、

「……あ」

 振り向き、おれを見た途端、渋谷の肩の力がふっと抜けた。

「……なんだ。お前いたのか」

 そして、ちょっと冷静さを取り戻したように、眉間にシワをよせて言った。

「なんか、変な噂立てられてるぞ。おれら」
「あ、うん、あの……ごめ……、え?」

 ごめん、と謝る前に、いきなり後ろに回られ、両腕をそれぞれ掴まれた。

「な、何?」
「『おれ、今度の試合、メンバーに選ばれたよ!』」
「え?」

 渋谷がいきなり甲高い声でセリフをいうと、おれの両腕を勝手に振り上げて『わーい』とする。腹話術の人形にでもなったみたい。なんなんだ?

「『やったー嬉しいよー!』……ほら、安倍、こうなったら、お前どうする?」
「えええ?!」

 いきなり振られた安倍、「えーと、えーと」と迷ったあげく、

「『おお!やったなー』」
「え」

 で、ガシッとおれを抱きしめてきた。な、な、なに、このお芝居はっ。

 どうしようとおろおろしていると、渋谷がおれと安倍をべりべりっと剥がし、宇野を睨みつけた。

「……って、誰でもこうなるだろっ」
「なんだそれーっ」

 宇野たちはゲラゲラ笑っている。

「なんねえよっ」
「いや、オレ、なるかも~」
「やってみるか?!」
「『やったー!』」
「『おお!やったな!』」

 みんなでガシッガシッと抱き合いながら笑いだす宇野たち。

 渋谷はそれをあきれ顔で見ながらブツブツと、

「女子と抱き合ってたんならともかく、なんで野郎同士で抱き合ってこんな噂流されなくちゃなんねーんだよっ」
「あーそりゃ、渋谷が女みてえな顔してるからだろ」
「んだと、こらっ。誰が女みてえだっ」

 安倍のセリフに渋谷がプリプリ怒りだす。

「だから宇野! 抱き合ってたのは事実だから否定しねーよ。それに変な背びれ尾びれつけんなっていってんだよっ」
「あー…、わりいわりい。ちょっと面白かったから」

 宇野がへらへらと謝ると、渋谷はムッとしたまま、

「面白くねえっ。お前今度こんなことしたら……」
「しないしない。こえー渋谷。こえー」
「んだとっ」

 言いながらも、渋谷の怒りはだいぶおさまってきたようで、その後、

「そういえば、お前、体育祭の時に応援団やってた?」

とか宇野に言い出し、なんだか話が盛り上がって、予令が鳴る頃には、渋谷はすっかり宇野達とも打ち解けていた。

(……すごいな……)
 こうやって友達を増やしていくんだ……。

 渋谷って、本当にすごい。
 嫌なことは嫌ってちゃんと言って。おどおどしたりしないで、いつでも正面を向いていて。おれには到底真似できない。渋谷はやっぱり光だ。


**

 その日の帰り、少しだけ渋谷の家にいき、部屋に入れてもらった。ちゃんと謝りたかったからだ。

 でも、渋谷は、なんで?と首をかしげて、

「なんでお前が謝るんだ? お前悪くないじゃん」
「でも、おれがあんな人目のつく校内で、抱きついたりしたから……」
「あー、それ言ったらおれの方だろ。あの場所に座らせたのおれだし」
「でも、おれが変なお願いしたから……」
「別に変じゃないだろ」

 渋谷、笑ってる。良かった……

「今度からは人目のつかないところでお願いするね」
「なんだそりゃ」

 ぷっと吹き出された。

「だって……きっとまたお願いするよ?」
「別にいいけど……」

 ちょっと照れたようにうつむく渋谷。
 今、渋谷に手、伸ばしたい。伸ばしたいけど……何でもないのにダメだよね……

 その代わり、今日気が付いたことを報告する。

「あのね……おれ、気がついたの」
「何を?」

「やっぱり渋谷じゃなくちゃダメだって」
「………え」

 顔をあげた渋谷を見つめる。渋谷の綺麗な瞳……

「おれ、今日、安倍にぎゅーってされたでしょ?」
「ああ……うん」

 あの感触を思いだして首をかしげる。

「全然、気持ちよくなかったんだよね」
「…………」

「渋谷の腕の中はあんなに気持ちいいのに」
「何を………」

 みるみるうちに真っ赤になっていく渋谷。

 あれ、おれ変なこと言ってるかな………

「ごめん。おれ変なこと言ってる?」
「……お前はいつでも変だっ」

 なんか怒られた。
 でも、一瞬だけ、腕を伸ばして、頭をぎゅっと抱きしめてくれた。

 やっぱり、渋谷の腕の中は心地がいい。



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