渋谷慶という人は、中性的でとても綺麗な顔をしている。
5月の連休明けに初めて話しをしてから数週間、しょっちゅう会っているからそろそろ慣れてきてもいいはずなのに、時々そのあまりもの綺麗さに、ぎょっとしてしまう時がある。
「美人は三日で飽きる」って言葉があるけれど(渋谷は男なので美人というのは語弊があるが)、あれはウソだ。ここまでの美形だと、飽きるどころか慣れるのにも時間がかかる。
そんな容姿とは裏腹に、渋谷はものすごく男らしい。一刀両断。竹を割ったような性格、という感じ。それでいて気さくで人懐っこくて、誰とでも分け隔てなく話をするから、友達も多い。
だから、おれは勘違いしてはいけない、と自分に言い聞かせている。
おれなんて、数多くいる渋谷の友達のうちの一人でしかない。だから渋谷の特別なんかではない。こんな人の特別なんかになれるはずがない……
衣替えも完全に終わった6月の2週目のこと。
「……あ」
「おお!」
地理の先生に頼まれて、両手いっぱい世界地図の筒を持って階段をのぼっていたところで、渋谷と出くわした。あいかわらずのキラキラした笑顔でおれに手を振ってくれる。
「すっげー荷物だな。大丈夫か?」
「……うん」
普段は使っている階段が違うから滅多に会えないのに、こうして偶然に会えると余計に嬉しい。
渋谷は気軽な感じにトントントンっとおれのほうに下りてくると、
「手伝ってやるよ」
「え」
「悪い、先行ってて! これよろしく!」
一緒にいた友達2人に言い、持っていた教科書と筆箱をそのうちの一人に押しつけると、おれの腕の中からこぼれそうな筒を数本取ってくれた。
「北野センセー、遅刻うるせーから遅れんなよ」
「もし遅れたら便所って言っといて」
「大って言っとく」
「やめれっ」
あはは、と笑って「行くぞ」とおれに言って先に歩きだす。
その後ろ姿に着いていきながら思う。
(勘違いしちゃいけない)
渋谷は誰にでも優しい。おれだけ特別なわけじゃない。
渋谷は友達が多い。おれはそのうちの一人でしかない。
でも、それでいい。それで充分だ。
(友達を独占しようとしてはいけない……)
本に書いてあった言葉を心の中で繰り返す。
だから、渋谷。おれと友達でいて。友達の一人、でいいから友達でいて……
「地理、誰先生? うちのクラス、杉井」
「あ、えと、迫田先生、だよ」
「迫田って……あのイカツイ顔した恐そうなおっさんか。こわい?」
「ううん。そうでもない」
渋谷の声は心地よい。心の中にスーッと入ってきて中をキレイにしてくれる感じがする。このままずっと聞いていたい……と、思ったのに。
「あー渋谷君!」
「渋谷君だー」
不協和音。クラスの女子たちだ。
「おお。いいところで会った。はい、持ってって」
渋谷が、ほらほら、と自分の持っていた筒をその女子たちに渡して、おれの手元からもまた数本とって、持っていなかった女子にも渡した。渋谷、いつの間にうちのクラスの女子達とも仲良かったんだ……。
「じゃ。おれこれから化学実験室だから」
「あ……うん。ありがと」
肯くと、渋谷は、いやいやと言いかけてから、あ、そうだ、と手を打った。
「お前、今日うち寄れる?」
「え、う、うん」
「昨日姉貴が買ってきたすっげー美味いクッキーがあんだよ。お前絶対好きだから食べにこい」
「あ……うん」
「じゃー待ってるからなー」
渋谷は爽やかな笑顔を残して、颯爽と階段を駆け下りていってしまった。
「渋谷君、あいかわらずカッコいいよね~」
女子の一人がホウッとため息をつくと、他の2人もうんうんと激しく肯いた。
「桜井君、仲良いんだ?」
「え……あ……」
「うちにまで遊びに行くなんて相当仲良しじゃん。いいな~」
相当仲良し……そうなのかな。そうなのかな……
でも、勘違いしちゃいけない。
渋谷は友達が多い。おれだけじゃない。勘違いしちゃいけない。
おれは友達の1人で充分。それで満足だ。
そう、思ってたのに。
6月23日土曜日。
急に部活がなくなったので、渋谷がまだ教室にいることを期待して行ってみたら、渋谷と女の子2人が何か話しているところに出くわした。片方の子は泣いているようだった。
なんだったんだろう……。帰り道、我慢できなくて聞いてみたら、渋谷に何でもないことのように言われた。
「今日誕生日なんだってさ。それでみんなで飯食いにいくから一緒に、とか言われたけど、断った」
「断った……」
驚いた。そっちを断って、おれと遊ぶことにしてくれたんだ。
先に嬉しい、という気持ちでいっぱいになって……それから怖くなった。
(勘違いするな。勘違いするな)
おれは特別じゃない。期待しちゃいけない。
確かに最近、本当にしょっちゅう一緒に過ごしてるけど、でも、渋谷にはおれの他にも友達がたくさんいる。
だからそのうちおれも、おれとの約束より他の友達との約束を優先される時がくる。
そんなことは分かってる。分かってる……だから。
「おれ、別によかったのに」
思わず、本心とは別の言葉がスルリと口から滑り出た。
「渋谷、誕生日会の方に行けばよかったのに」
これは自己防衛。傷つけられる前に自分を守るために自分につく嘘。
自転車をこぐ音がやけに大きく聞こえてくる。
そんな中に、渋谷の気配がする。渋谷……何考えてるんだろう。何も話してくれない……
(勘違いしちゃいけない。……けど)
泣いてた女の子……あの子よりも、おれを選んでくれた。
今日、渋谷がおれを選んでくれた、というのは事実としてここにあるわけで……
(……だから今はそれでいいじゃないか)
ふっとそんなことを思って、自転車をこぐのをやめた。
急に止まった衝撃でごんっと渋谷の頭がおれの背中にあたる。ぬくもりが伝わってくる。そうだ。今あるこのぬくもりは現実なんだから、それでいいじゃないか……
「とか言っちゃって」
声が震える。こわくて渋谷の顔は見れなくて、前を向いたままだけど……
おれの本当の気持ち、言ってもいいかな……
「とか言って、おれ喜んでんの」
「え」
きょとんと聞き返してきた渋谷に小さく告げる。
「よかった。渋谷がそっちにいかないでくれて」
そう、これが本心。
「うれしかった。渋谷がおれの方にきてくれて」
言ったら、なんか、すっとした。
渋谷に何か言われる前に、再び走りだす。すると、少したってから、渋谷の頭がこつん、とおれの背中に預けられた。
(……渋谷)
このぬくもりは現実。渋谷がおれを選んでくれたという現実……
だから、今だけでも勘違いさせて。おれは渋谷の特別な友達だって思わせて。
渋谷。渋谷……おれの大切な、唯一の友達。
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お読みくださりありがとうございました!
なんか浩介、超鬱陶しいですね……スミマセン。
このお話は前回の「遭逢7」の対になっています。
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