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土曜日、仕事が終わっても、なぜかずっと気持ちがふわふわしていた。
樹理亜も「ちょっとキュンッてきちゃったよー」と言いながら、スタッフルームでしばらく呆けていたけれども、
「でも、ちゃんとフレて良かったーこれでもう諦めてくれるね」
と、Vサインをしたので、心底ホッとした。
実のところ、今回、樹理亜の協力を仰ぐことには院内で反対意見もあった。でも、押し通した。樹理亜の話しぶりから、彼女は佐伯氏と正面から向き合うことができる、彼女自身で佐伯氏の影を払拭できる、と判断したからだ。予想通り、いや、予想以上に、彼女は『昔の片思いの少女』を演じ切ってくれ、そして彼女自身の中の影にも打ち勝ってくれた。
『樹理亜にもありがとうって伝えてください』
そう言って帰っていった佐伯氏。おそらくもう、私達の前に現れることはないだろう。
疑似体験による昇華……成功してくれたようだ。
「………山崎さん」
思い出すバレンタイン。ヒロ兄の代わりになってくれた山崎さん。その疑似体験のおかげで、私は敦子さんの真似をやめることができた。
『あなたのことが……ずっと、好きでした』
『あなたのことが、好きです』
佐伯氏の告白と山崎さんの告白の言葉が重なる。山崎さんもあんな真っ直ぐな瞳で私のことを見てくれてた……。
「………」
ふいに、無性に山崎さんに会いたくなった。
実は、あの、樹理亜の突然の来訪以来、ラインで時々やり取りはするものの、直接は一度も会っていないのだ。もう二週間になる。
私も春休み期間で忙しかったし、山崎さんも年度末で役員の入れ替えがあったりお花見大会があったりで忙しいらしい。
「連絡……してみようかな」
今から会えませんか? 今からが無理なら明日でも……
ラインにそう打ち込むと、なぜか緊張してきてしまった。「会えませんか?」という直接的表現を使ったのはこの二週間で初めてのことだ。
『朝まで……』
あの時……樹理亜が現れる前、山崎さんはそう言っていた。
朝まで……朝まで。それは、ヒロ兄の代わりとしてではなく、山崎さん本人として……
「!」
色々考えが飛びそうになったところで、返信がきて、あわてて開く。……と。
『申し訳ありません。明日、区役所共催のお祭りがあるため、今晩もその準備に追われています』
『2次会の進行表の原案できましたので、来週にでも4人で集まりましょう』
……………え?
「……なに?」
なんだろう……
実は、この二週間のやり取りの中でも、少し感じていた違和感……
「………素っ気ない」
いや、元々わりと素っ気ない、必要事項だけを伝えるような文章を書く人ではあるけれども、そんな中にも、もう少し気遣いがあったというか……
「4人でって……」
2人では会いたくないってこと……?
「…………」
いやいやいやいや、と打ち消す。
考えすぎだ。きっと忙しいから素っ気ないものになっているんだろう。『今晩もその準備に』ってことは、今も仕事中ということだ。悪いことをしてしまった。
『承知しました。お仕事頑張ってください』
そう、返信したけれど………深夜になってもそのラインは既読にもならなかった……。
翌日……
朝からずっとモヤモヤしたまま過ごしていた。
既読はついたものの、何も返信がない……そんなこと今まで一度もなかった。今までの山崎さんとのラインは、必ず山崎さんからの書きこみで終わっていた。
「…………」
きっと、仕事で忙しいんだ。そうだ。そうに違いない……
「区役所共催のお祭り……」
ふと思いついて、山崎さんの勤める区役所のホームページを開いてみる。
「〇〇公園……雨天決行……」
わりと大規模なお祭りで、飲食の屋台が出たり、地元の子供会がガレッジセールをしたりもするらしい。今日は天気が不安定だけれども、雨天決行ということは開催されているだろう。
時間は、14時半まで。今から出れば、まだ間に合う……
「………」
行って……みようかな。別に山崎さんに会うためじゃなくて、もしかしたらガレッジセールで掘り出し物があるかもしれないから。
そう自分の中で言い訳をしながらも、何を着て行こうかな、これは前に会った時に着ちゃったしな、これは好きじゃないかな……と、山崎さんに会うことを前提に洋服選びをしてしまう自分に苦笑してしまった。
***
公園についたのはちょうど14時。
まだ時間まで30分あるのに、店じまいをしているテントも多く、お祭りは終わりの雰囲気を醸し出していて、着いた早々にきたことを後悔してしまう……
せめて何か食べ物でも……とテントの間を進んでいったところ、
「山崎さーん!」
「!」
女性の声に驚いて、思わず木の陰に隠れてしまった。
(何隠れてんの私……)
自分の行動にツッコミをいれていたところで、
「……あ」
山崎さんが小走りにその女性の元に走ってきたのが見える。ワイシャツを腕捲りして、首から名札下げてて……
(へえ……)
腕捲り……ちょっと新鮮……
なんて少々トキメいてしまっていたら、話している二人が通行の邪魔になると思ったのか、こちらの方に歩いてきた。見つからないかと別の意味でもドキドキしてきてしまう。
「……あれ? もしかして消耗品費?」
「ああ……そうだね。あ、いや、こっちは雑費扱い……」
無駄に距離の近い二人……
腕章を着けているので、どうやらスタッフの人らしいけれども……目が大きくて唇がぽてっとしてる可愛らしい女性……私より少し年上くらい……かな。
「あ、田中さん、これも違う」
「えーーー、だってそれ、こっちの資料に書いてあったよ」
「そんなことは書いてない」
「うそ!書いてあったって!これ作ったの山崎さんでしょ?」
「だから作った本人が書いてないっていってるじゃん」
「えー私読んだよ!えとねー何ページだったかな……」
二人で彼女の持っている紙をのぞきこみ……
「あ!」
彼女が驚いたように叫び、山崎さんの腕を叩きながら、ケラケラと笑いだした。
「ごめんっ。卓也くん! 私の勘違い~~」
卓也くん?
え? と思っていると、山崎さんもおかしそうに笑いながら、
「あいかわらずだなあ、アサミ……」
アサミ……?
さっきは、山崎さん、田中さんって……
何それ……仕事の時は名字呼びで、プライベートの時は名前呼び方ってこと……?
二人の距離、本当に、近い。見つめ合って、笑い合って……まるで恋人みたい……
「あいかわらずって失礼ー」
「一年目の忘年会の時だってさ……」
「あーもー何年前の話よーもう忘れてよーー」
笑い声を残して去っていく二人……
「………」
心の中に色々なものが渦巻いて立っていられなくて、その場にしゃがみこむ。
ポツリ、ポツリ……と、止んでいた雨も再び降ってきた。
私……なんでこんなところまで来ちゃったんだろう。
(………バカみたい)
バカみたいだ、私。
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お読みくださりありがとうございました!
山崎が、菜美子に素っ気ないラインを送っていたのは、前回の山崎視点で言及しましたが、「これ以上戸田さんとの距離が縮んで、別れることになるくらいなら、友達のままがいい」なんてアホなことを思っているからなのでした。山崎さん、このままでは友達ですらなくなります^^;
ちなみに……、山崎は首から名札、なのに、麻実(アサミ)さんは腕章、なのは、山崎は区役所の職員で、麻実はとある出店ブースの団体の代表スタッフだからです。
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二人がくっつくまであと少し?お見守りいただけると幸いです。
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