2016年5月15日(日)
先々週……、正確には20日前の4月26日火曜日。
『オレをあなたの恋人にしてください』
そう言ったオレに、戸田さんは『はい』と小さく肯いてくれた。
だから、この日から恋人ということになるんだろうけれど……
その3日後から5月6日まで、戸田さんは以前からの予定通り、高校時代の友人3人と『バルト三国とフィンランド8日間の旅』に行ってしまったため、このゴールデンウィーク期間はまったく会えず……。
旅行から帰ってきてすぐに電話をくれたのだけれども、声がすごく疲れていたし、旅行の片付けもあるだろうから、とその週末に会うということはしなかった。その後一週間も、仕事が立て込んでいるようだったので結局会わず……
ようやく会えることになった今日。……でも、来月に迫った須賀君たちの結婚式の二次会の打ち合わせのため、溝部と明日香さんも一緒だ。
(オレたち本当に恋人……なのかな)
甚だ疑問が残る……
あの日も結局、マンションまで送っただけですぐに帰宅した。翌日仕事だから、ということもあったけれど、意識しすぎて会話が続かず、お互い気まずくなったから、というのが正直な理由だったりする。
(会うのも20日ぶり……しかも二人きりじゃない)
打ち合わせで集まる前に、二人きりで会えませんか? と打診はしたのだけれども、
『ごめんなさい。明日香と先に約束していて』
と、断られてしまった……。
(やっぱりあの日、気まずくなったから会いたくないんじゃないだろうか……)
とか、色々考えすぎてしまうのは、いつもの悪いくせだ。
今日の打ち合わせのあと、またマンションまで送っていけばいい。そこでゆっくり……は無理だろうけど、少しは話ができたらいい。今後のこととか……
(今後のこと……)
う………
先週、弟と話したことを思い出して、胃がキリキリと痛くなってきてしまった……
***
「兄ちゃん、例のホワイトデーの彼女とはどうなったの?」
先週、一家で遊びにきた弟達。
母と弟のお嫁さんである亜衣ちゃんと甥の翼が夕方の散歩に出かけたため、兄弟二人きりでビールを飲んでいたら、弟の誠人が直球で聞いてきた。
以前、ホワイトデーのプレゼントについて亜衣ちゃんに相談した関係で、2人は戸田さんの存在を知っているのだ。
「あー……おかげさまで一応、付き合うことになった」
「おおおっ」
やったね、と缶をカンパーイとぶつけてきた誠人。
「お医者さんなんだよね?」
「ああ、うん」
「そしたらやっぱり共働きだ?」
「いや、まだ付き合いはじめたばかりで、そんな話は………」
ゴニョゴニョ、と誤魔化すと、誠人はイヤイヤイヤと手を振り、
「彼女、オレの2コ上って言ったよね? 今年34でしよ? ちゃんと考えてあげなよ」
「…………」
「だいたい、兄ちゃんだって、もうすぐ42じゃん。今すぐ子供作ったって、子供成人したとき62だよ? 大学ストレートで入ったって……、あ」
手で制すると、誠人がハッとしたよう口を閉じた。こいつは昔から口が達者で余計なこともペラペラ喋るので、こうやって制して黙らせる、というのはいつものことなのだ。
「まだ何もそんな話はしてないし、するタイミングでもないと思ってる」
「ふーん……」
酒のツマミに、と母が出していった筑前煮をつつきながら、誠人は不満そうに口をとがらせた。
「でも、結婚するしないは早めに確認した方がいいと思うよ? お互いいい歳なんだから」
「…………」
「もし、彼女がしたいと思ってるのに、兄ちゃんにその気がないなら、さっさと別れてあげたほうが彼女のためだし」
「…………」
別れるのは嫌だ。せっかく掴んだこの手を離したくない。
でも………
(結婚…………)
するとなったら、精神的なことはさておき、現実問題として色々難しい問題をはらんでくる。
最大の難点は、結婚後に住む場所だ。
実はこのゴールデンウィーク中、東京・神奈川の路線図とにらめっこしていた。
戸田さんが今住んでいるマンションは、新宿にほど近い駅にあり、勤務先のクリニックや峰先生の病院にもかなり近いし、実家の最寄り駅までも30分程度しかかからない。
オレは職務上、できれば横浜市内から出たくないという希望がある。そこを考慮して一番ベストと思われる駅を選んでも、戸田さんの通勤時間は今までよりも30分は長くなり、実家へもプラス20分になる上、乗換も増える。戸田さんは一人っ子だし、ご両親も娘をもっと近くに住まわせたいだろうから、今よりもさらに遠くなることをどう思われるか……
(こんなに不便になるのに、結婚する利点ってあるんだろうか)
利点がある、と思ってもらえるんだろうか……
それに……
オレが出ていったあと、母はここで一人で暮らしていけるんだろうか。
団地のローンは払い終わっているので、あとは月々の管理費と修繕積立金、それに固定資産税……そういう金銭的なことはもちろん、団地の草刈りや、自治会の盆踊りの手伝いなど、腰痛持ちの母にできるのかどうか……
「兄ちゃん」
あらたまったように呼ばれ、顔を上げると、弟の真剣な目があった。
「でも、もしさ、兄ちゃんがお母さんのこと気にして結婚に踏み切れないっていうんなら、お母さんのことは心配しないでいいからね」
「え」
オレの心を読んだかのような、弟の発言にドキリとする。
「なにを……」
「オレ、これでも悪かったなって思うことあるんだよ? 兄ちゃん、学生の時からバイトして家に金入れてくれてたり、就職してからもずっと家から出ていかないでくれてたりしてさ」
「……………」
「オレは今までずっと自由にさせてもらってたから……」
「そんな………」
誠人はこちらを見つめたまま、静かに続けた。
「それにさ、お母さんのためにも、結婚できるならした方がいいと思うよ」
「え?」
「兄ちゃんが結婚しないのは自分のせいだってお母さんが気にしてるって、亜衣ちゃんが言ってた」
…………なんだって?
「兄ちゃんが前の彼女と別れた原因ってお母さんなの?」
「………っ」
なんで……っ
驚きの目を向けたことを、誠人は肯定と取ったようで、「そっか……」とつぶやいた。
「お母さんがそう言ってたって、亜衣ちゃんが」
「…………」
「こんな感じでさ、うちの奥さんは、本当の娘みたいに上手くやってるし……」
「…………」
「だから、兄ちゃんも長男だからお母さんの面倒みないと、とかそういうの、考えなくていいからね。……まあ、金銭面では頼ることあると思うけど、共働きだったら大丈夫でしょ?」
「…………」
全然、話が頭に入ってこない。
お母さん、原因が自分だって気がついてたって……?
だからこないだも、彼女のところに行けだの変なことを言ってたのか……?
「ただいまー」
にぎやかな声と共に、母と亜衣ちゃんと翼が帰ってきた。誠人も加わって、楽しそうな4人の姿に、一人取り残されたような気持ちになってくる。
『お母さん、安心して。僕が、ずっと、そばにいるから……』
10才のオレの言葉……
母にとって、オレという存在は何なのだろう……
母にとって、オレが結婚して家を出ていくことが、幸せ……?
(でも)
だから結婚する、というのはおかしな話だ。戸田さんにも失礼だ。
好きだから、一緒にいたいから、結婚したい、と思うべきであって、決して他の要因が理由であってはならない。
でも、だから……
『考えすぎで行動できないとこ、変わってない!』
ふいに元カノである麻実の声が脳内に響き、苦笑してしまう。
『足踏みばっかしてたら、あっという間におじいさんになっちゃうよー?』
本当だ。このままじゃ、あっという間に爺さんだ。
難しいことは考えず、自分の心に正直でいよう……と、思いつつも、考えてしまい胃がキリキリ痛くなってくる……
**
20日ぶりに見る戸田さんは、キラキラしていてまぶしいくらいだった。海外旅行で羽を伸ばせたおかげだろうか。こんな人がオレの彼女だなんて、やっぱりいまだに信じられない……
打ち合わせ終了後、今日こそはマンションまで送ってそれで……と頭の中でグルグル誘いの言葉を考えていたところ、
「旅行のお土産があるんです。少し上がっていかれませんか?」
と、戸田さんの方から誘ってくれた。嬉しいやら情けないやら、非常に複雑な気持ちになりながら、お邪魔させてもらったのだけれども……
(ああ、心地いい……)
パソコンに落とされた写真を見せてもらいながら、旅行の話を聞いたり、お土産のクッキーを食べたりしていたら、何だか夢心地になってきてしまった。
戸田さんの声はふわふわと本当に気持ちがいい。聞いているだけで幸せに包まれていく。
「……山崎さん?」
「え」
パソコンに写された白く美しいヘルシンキ大聖堂の写真を眺めながらぼんやりしていたら、横に並んで座っていた戸田さんに、目の前で手を振られてしまった。
「どうかなさいました?」
「あ……いや……」
「退屈でした?」
「まさか!」
ぶんぶん首を振る。
「戸田さんの声がとても心地よくて、なんだかとても幸せな気持ちになってしまって……」
「…………」
ふふ、と小さく笑った戸田さん。ものすごく可愛い……、と!
(………わっ)
こつん、と肩に頭をのせられ、血が逆流していくような感覚に襲われる。
戸田さんの、甘い匂い……柔らかい感触……
わわわわわ……と内心アタフタとしていたところで、戸田さんが小さくつぶやいた。
「………良かった」
「え?」
良かった?
聞き返すと、戸田さんは頭を離し、ニッコリとほほ笑みかけてくれた。
「本当はちょっと不安だったんです」
「………え」
不安?
「旅行から帰ってからもずっと会えなくて……、っていうか、会いにきてくれなくて」
「え」
会いにきてくれなくて?
「旅行で疲れてるだろうから、とか、仕事が忙しいだろうから、とか、気を遣ってくださってることは分かってたんですけど……」
「…………」
「それでも、会いにきてくれないのは、それほど私に興味がないってことなのかなって思ったりして」
「そんな、まさかっ」
再び勢いよく首を横に振る。
「ご迷惑になると思って我慢してただけです。本当はすごく会いたかったし、会えない間もあなたのことばかり考えて……っ、あ、いや、その」
わ、ばか、気持ち悪いこと口走ってしまった!! まるでストーカーだっ。
あわてて、なんとか誤魔化そうと、言葉を繋げる。
「あ、あの、考えていたというのは、今後のこととか……」
「今後のこと?」
大きく瞬きをした戸田さん。抜群にかわいい……
『結婚するしないは早めに確認した方がいいと思うよ? お互いいい歳なんだから』
弟の言葉が頭をよぎる。
でも、そんなことは、まだ、言える話では……
「今後のことって……」
黙ってしまったオレに向かって、戸田さんはあっさりと言い放った。
「もしかして、結婚、とかそういう話ですか?」
「!!」
うっと、思わず胸のあたりを押さえてしまう。いや、そうなんだけど………そうなんですけど………
なんとか勇気を振り絞って、聞いてみる。
「あの……戸田さんは、その件に関しては、どのようにお考えで……」
「そうですね……今まで、現実問題として考えたことなかったんですけど……」
そりゃそうだ。戸田さんはずっと妻子ある人に叶わない恋をしていたんだ。結婚なんて考えたことないだろう。
戸田さんは、うーん、と唸ると……ボソッと衝撃発言をした。
「ただ、昨日、両親からお見合いを勧められてしまいまして」
「……………は?」
お、お見合い?!
「父の会社の取引先の方らしいんですけど、電話だったので詳しくは……」
「だ、だめですっ」
思わず、戸田さんの手を掴んでぎゅうっと握る。
「お見合いなんて、そんなの断ってくださいっ」
「え……」
「そんなの嫌です。絶対嫌ですっ」
さっきの比でなく、頭に血が上ってくる。
そんなのオレが言える話じゃないのかもしれないけど、でも……っ
「絶対に断って……っ」
「あ、はい。断りました」
「絶対……え?」
戸田さんの言葉に、はい?と聞き返す。……断った?
「はい。もちろん断りましたよ?」
戸田さんのニッコリ。ドッと体の力が抜ける。
「あ……そうですか……良かった」
「ただ……」
握っていた手を恋人繋ぎに繋ぎ直してくれながら、戸田さんがいう。
「お付き合いしている人がいるって言って断ったら、両親が会わせろってうるさくて」
「……え」
お付き合いしている人って……オレのこと? オレのことか……?
思わず頬が緩んでしまったオレに、戸田さんが少し心配そうに言葉を続けた。
「そういうわけで、両親に会っていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、それはもちろん……」
肯くと、戸田さんはホッと息をついた。
「それじゃ、お願いいたします。両親も、公務員の方だったら結婚相手として安心だって申してまして……」
「…………」
結婚相手? 結婚相手って言った? 今……
「いつがご都合よろしいですか? 来週とか……」
「あ、はい。はいはい、確認します」
手帳をめくりながら、先ほどの言葉を反芻する。
(結婚相手……結婚相手?)
うわ……
どうしよう……
オレ、結婚相手なのか?
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お読みくださりありがとうございました!
安定の『流される男・山崎』。やっぱり流されていきます(^_^;)
今回、ぐだぐだと鬱陶しくてすみません……。いやでも、結婚って大変ですよね。色々乗り越えないといけないことがあって……
そしてそして。
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