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風のゆくえには~たずさえて26(菜美子視点)

2016年09月09日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年4月26日(火)


 ヒロ兄の病院での仕事が終わり、病院を出たところで……

「山崎さん……」
「…………」

 道路の脇に、ポツン、と立っていた山崎さんが、私の姿に気がつき、ゆっくり、ゆっくりと頭をさげた。

 
 ちょうど一週間ぶりに見る山崎さん。少し、雰囲気が変わった……

(あ、髪型か)
 以前は眉にかかるくらいの前髪を横に流していたのに、今は少し短くなっていて、精悍……とまではいかないけれど、以前よりもキリッとした印象になっている。

「髪、切ったんですね」
「え、あ……はい」

 近づいていって言うと、山崎さんは緊張した表情のままコクリと肯いた。

「気合いを入れるために、切りました」
「気合いって」

 思わず笑ってしまう。山崎さんのこういうところホント面白い。中学生のようだ。

「何の気合いですか?」

 笑いながら問いかけると、山崎さんは真剣な目を、まっすぐにこちらに向けてきた。

「告白するための、気合いです」
「……っ」

 うわ……

 いきなりこんな直球投げてくるとは思いもしなくて、動揺してしまう。

「少し、お時間をいただけないでしょうか」
「え……あの」
「5分……いえ、3分……、あ、1分でもいいんです」
「………」

 なんだそれは。

「あの……」

 山崎さんの瞳に、今までにも時々現れていた深い光が見える。出会った日にも見た光……

 その中に、今までの色々なことが映し出されていく。

『自分の知らない場所………知っている人のいない場所』
 そう言った時の切ない瞳。

 ストーカーから咄嗟に庇ってくれた頼りがいのある背中。

 抱きしめることもできなくて真っ赤になった頬。

 ………ヒロ兄の代わりに抱いてくれた手。

『あなたのことが、好きです』
 そう真摯に告白してくれた。

 夜景の綺麗なレストランに連れて行ってくれた。大きな花束をくれた。

『朝まで……』
 手をギュッと握って言ってくれた。

 そして……

『あ、ごめんっ。卓也くん!』
『あいかわらずだなあ、アサミ……』

 甘ったるい女の声。笑っていた山崎さんの声…


「…………」

 ああ、やっぱりダメだ。

「あの、戸田さん」
「ごめんなさい」

 手で制して首を振る。

「1分も時間ないです。さよなら」
「え」

 ビックリした顔の山崎さんを置いて、くるりと方向転換し、病院の中にかけ戻った。


**


「無理無理無理無理無理っやっぱり無理っ」

 ブツブツいいながら自分の診療室に直行する。

 山崎さんに関わると、感情のコントロールができなくなるから本当に嫌だ。

 前に付き合っていた彼氏が浮気したときは、彼が他の女とどうこうしていたのが悲しいとか辛いとかではなく、ひたすら裏切られた怒りと、そんな男を選んだ後悔でいっぱいになった。

 でも、今回はどうだろう。

 一番の感情は、やはり「怒り」だ。とにかく腹が立ってしょうがない。でも、それと同じくらいの「悲しみ」が迫ってくる。彼の気持ちが私以外の人間に向いているということが、単純に悲しい……つらい。

『お前、ホントにあいつのこと好きなんだなあ』

 ヒロ兄の言葉を思いだす。

 ………。

 そんなことはない。ただ、山崎さんに好かれているということが心地よかっただけだ。だって、私の好きな人はヒロ兄で……ヒロ兄で……

『オレを逃げ場にすんな』

 ヒロ兄を好きでいることは、逃げていることになるのだろうか。
 でも、山崎さんと一緒にいると、どんどん自分が嫌な人間になっていく気がして……


 そうしてかなり長い間、診療室の椅子に座って、くるくると回っていたのだけれども。

「戸田、いるか?」
「!」

 コンコンコンというノックの音のあと、ヒロ兄が顔をのぞかせたので、びっくりして飛び上がってしまった。

「ヒ……、院長。どうかされたんですか?」
「どうかされたのはお前だろーが」

 頭をかきながら呆れたようにいうヒロ兄。

「お前、どんだけ逃げ足早いんだよ」
「え……」

 逃げ足?

「区役所君が院内ウロウロして警備員に捕まって……」
「えええ!?」

 山崎さん、追いかけてきてたんだ! 私は入ってすぐの階段をかけ上ってしまったので、見失ってしまったんだろう。

 もう、どこの科も診察は終了している。面会時間も過ぎているので、相当怪しまれたに違いない……

「で、オレのとこに連絡きたから、警備員室に迎えにいって………連れてきてやったぞ」
「……………あ」

 気まずい……という表情をした山崎さんが、ヒロ兄の後ろから入ってきた。いや、ほんと、気まずい……。

「山崎さん……」
「すみません、ご迷惑をおかけして……」

 ペコリ、ペコリ、と私とヒロ兄に頭を下げる山崎さん。

「でも、どうしても、伝え……」
「結構です。いりません!」

 思わず叫んでしまう。
 今のこの心理状況では何を聞いても素直に受けいれられるとは思えない。

「菜美子、お前なあ……」

 ヒロ兄の呆れたような声。

「話くらい聞いて……」
「聞きたくない!」
「菜美子」

 耳を塞いだけれど、あっさりとヒロ兄に手首を掴まれ離されてしまう。

「ちょっと離して……っ」
「区役所君、とりあえずさっきの話、して」
「あ……、はい」

 山崎さんは戸惑った表情をしつつ、ポツリ、と言った。

「あの………オレには名前を呼びつけにしている職場の女性はいません」
「だって……っ」
「さん付けやちゃん付けはいますけど……」
「……っ」

 ちゃん付け、いるのかよ!!

 あ、でも考えてみたら、樹理亜のことも「樹理ちゃん」って呼んでるんだった……

 ムッとしながら、確信を突く。

「じゃあ、アサミ、さん、は?」
「え」

 目をみはった山崎さん。ほら、やっぱり……

「卓也くん、アサミ、って呼び合ってたじゃないですか」
「それは………」

 グッと詰まった山崎さんに変わって、ヒロ兄がケロリと言う。

「元カノ、だってよ」
「は!?」

 元カノとまだ繋がってるってこと!?
 っていうか、なんでそんなことをヒロ兄が知ってる!?

「まあ、落ち着け。ほら、座れ」

 とん、と肩を上から押さえられ、イスに座らさせられる。

「区役所君、読みが当たったな」
「……………」

 苦い顔の山崎さん……

「さっき、名前呼びつけの話をしてやったら、お前にシカトされはじめた時期と、元カノに15年ぶりに偶然再会した時期が一致したから、もしかしてってさ」
「お祭り、来てくださってたんですね?」
「…………」

 腕捲りして働いてた山崎さん……元カノと15年ぶりに再会……してたんだ。

「彼女とは23、4の頃に一年だけ付き合っていて、彼女が結婚してからは一度も会ったことなくて……」
「…………」
「今は4人の子供のお母さんで、今回のお祭りも、小学校のPTAで出店してて……」

 4人の子供……PTA……ああ、幸せそうな雰囲気の女性だったもんな……

「あの、名前が出てしまったのは、本当についウッカリでして……決して他意は……」
「別に、どうでもいいです」

 イーッと鼻にシワを寄せてやりたいのを何とか我慢する。

「私には関係ないことです」
「素直じゃねえなあ」

 ヒロ兄のつぶやきに「うるさい」と返す。
 ついウッカリだろうが何だろうが、元カノとイチャついていたことに変わりはない。ああ腹が立つ。腹が立っている自分にも腹が立つ。

「菜美子さあ、ちょっと冷静に考えてみろよ。お前、色々おかしいぞ?」
「おかしくない」 

 ヒロ兄の言いがかりにムッとする。

「山崎さんが誰と仲良くしようが関係ないもん。だって」
「私が好きなのはヒロ兄だから、とか言う気じゃないだろうな?」
「…………」

 グッと詰まると、ヒロ兄が大きくため息をついた。

「お前さ……こないだも言ったけど、オレを逃げ場にすんなよ」
「意味わかんない」
「ホントはわかってるくせに」
「わかんないよ!」

 思わず立ち上がる。

「私が好きなのはヒロ兄だよっ。それはもう私のアイデンティティーなのっ。それでいいんだよ!」

 頭に血が上っていく。

「山崎さんに元カノがいようが、腕捲りしてようが、関係ないの! 私はヒロ兄が好きなの!」
「菜…………」

 宥めようとしたヒロ兄の腕を思い切り振り払い、怒鳴りつける。

「逃げ場でも何でもいいよ! 山崎さんの言動にいちいちイライラしたりする自分が本当に嫌なんだよ! ヒロ兄を好きな自分の方がずっといい!」
「……………」

 シン……ッと自分の声が診療室にこだました。

「…………あ」

 はっと我に返る。私、今、何を口走った……?

「あの……」
「あのー……」

 当事者にも関わらず、端っこで小さく佇んでいた山崎さんが、おそるおそるというように手を挙げた。

「……イライラさせて、すみません」
「…………」

 だからそういうところもイライラするんだよ。
 そう思いかけて「違う」と否定する。山崎さんにイライラしてるんじゃなくて、そういう発言をさせてしまった自分にイライラしてるのだ。

「あの……」
「それで……言わせていただいていいでしょうか」
「あ……」

 私が何か答える前に、ヒロ兄が「じゃ、オレは戻るな」と出て行きかけた。が、

「あ、いえ、よろしければ峰先生も一緒に……」
「え」

 怪訝な顔で立ち止まったヒロ兄に軽く会釈すると、山崎さんは、あらたまった様子で私の前にスッと立った。

「戸田さん」
「……………」

 この期に及んで何を言う気だろう。さっきまでの会話、ちゃんと聞いてた? 私、ヒロ兄が好きだって連呼してたよ? 嫉妬深いかなり面倒くさい女だよ?
 そんな私の気持ちなんて全然関係ない、というように、山崎さんはつぶやくように、言った。

「オレ、色々考え過ぎて前に進めなくなる傾向がありまして……」
「…………」

 そうでしょうね。抱きしめられなかったのも、キスできなかったのも、そのせいかもしれないね。

「でも、渋谷とかに、もっと自分の心に正直になれと言われて……それで色々考えたんです」
「………」

 やっぱり色々考えてるんじゃないの、とツッコミたいのを我慢する。山崎さん、あくまで真剣だ。
 山崎さんは一度目をつむり、大きく深呼吸をしてから、意を決したように目を開けた。

「戸田さん」
「……はい」

 ドキリとする。前に告白してくれたときよりも、もっと深い光の瞳……

「オレ、やっぱり、どうしても、あなたのことが好きです」
「……………」

 うん。知ってる。でも……でも。

「でも……」
「あなたが峰先生のこと好きなのはわかってます。でも、それでいいんです」
「…………」

 優しく微笑んだ山崎さん……

「オレは、ヒロ兄への想いを携えたあなたを、愛し続ける自信があります」

 想いを携えた私……


「ただ」

 ふと、顔をこわばらせ、山崎さんはヒロ兄を振り返った。

「オレも聖人君子でも何でもないし、人並みに嫉妬心も独占欲も持ち合わせているので」
「…………」
「もし、峰先生が戸田さんのことを恋愛対象として接するようなことがあったら、何をしでかすか分かりません」
「…………」

 再び、訪れる沈黙……。
 破ったのは、ヒロ兄の方だった。あごをなでながらボソッと言う。

「へえ……こわいね。オレ何されちゃうんだ?」
「何もしたくないので、何もしないでください」
「……………」

 あくまで真面目な顔をした山崎さん。ふっとヒロ兄は笑うと、私の方に目をやった。

「……って山崎君は言ってるけど? お前は?」
「私は………」

 私は……?

「戸田さん」

 山崎さんが再び視線を真っ直ぐに向けてくる。

「以前、『友達から』と言ってくださいましたが、そのお気持ちに変わりはないですか?」
「え……あ……」

 山崎さんの問いに戸惑う。友達から……友達から。確かにそう言った。けれども……

「オレはもう、友達は嫌なんです」
「え」

 珍しく語気を強めた山崎さんにドキッとする。


「恋人に、してもらえませんか?」
「…………」

 真剣な瞳……

「すみません、オレの中途半端な行動のせいで、戸田さんをイライラさせてしまったのだと思うんですけど……」
「…………」
「これからはそんなことがないように、気を付けます。頑張ります。ご指摘いただければいくらでも直します」
「…………」


「だから、オレをあなたの恋人にしてください」


(ああ………)

 こんな風に真っ直ぐに言われて、断れる人なんているのかな……
  
 そんなことを思いながら……

「はい」

 私も小さくうなずいた。



---------



お読みくださりありがとうございました!
思いの外長くなってしまいましたが、なんとか、題名のネタになっている、
「ヒロ兄への想いを携えたあなたを、愛し続ける自信があります」
まで辿りつくことができました!
あとは、他の携えているもの……家族だったり仕事だったり、とどう向き合っていくのか……

あの……すごくどうでもいいことですが、
菜美子の診療室を訪れたヒロ兄が、「戸田、いるか?」と、「戸田」と言ったのは、もしかしたら中に菜美子以外の人間がいるかもしれない、と思ったからなのでした。ヒロ兄、病院関係者の前では、戸田・戸田ちゃん・戸田先生のいずれかで呼ぶようにしています。
普段は「菜美子」なのに「戸田」と言われると、逆にドキッとしちゃいます(*^-^)

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