時系列的には、『28』の翌日。『29』の5日前のお話になります。
慶視点でございます。
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2016年5月24日(火)
手首を切って入院していた目黒樹理亜を、おれの実家で引き取ることになったことに、たいした理由はない。成り行き上、というやつだ。
たまたま、退院日がおれの休みと重なったので、おれが退院の付き添いをすることになったのだけれども、この日は実家の母から 今年4歳になる葵ちゃん(椿姉の娘の桜ちゃんの娘だ。おれからみて姪孫とか又姪とかいう関係になるらしい)の面倒を少しの間みてほしいと頼まれていたため、そのまま樹理亜を実家に連れていった。
本来の予定では、樹理亜のことは戸田先生がその夜から引き取り、日中はマメに連絡を取るようにする、となっていたのだけれども、両親にその話をしたところ、「それなら、うちにくれば~?」と軽~く提案され……
うちの親は、昔から能天気というかなんというか、あまり深いことを考えていないようなところがある。まあ、そんな人達だから、跡取り息子であるはずのおれに男の恋人がいることを許容してくれているのだろうけど……
「……機嫌悪いな、お前」
「べーつーにー」
その男の恋人、桜井浩介。高校からの同級生。は、機嫌が悪いです!ということを隠そうともせずムクれた顔をしている。
さっきまで、おれの母親とはにこやかに話しをしていたくせに、二人きりになった途端これだ……
「もうちょい壁に寄せるか。せーの」
「……はい」
現在、妹の南の部屋にあったドレッサーを、おれの部屋に運びこんでいるところだ。
元・姉の椿の部屋は父のアトリエに、元・南の部屋は母の趣味の物置部屋になっているため、樹理亜には元・おれの部屋を使ってもらうことになり、母から南のドレッサーの移動を頼まれたのだ。女の子なんだから必要でしょ、というのは言い訳で、前から移動させたかったのをこの機会に実行することにしたらしい。
「何怒ってんだよ?」
「……怒ってない」
とりあえず運び終わったので、休憩、とばかりに、ベッドに並んで腰かけた。学生時代みたいでちょっと懐かしい。
「これのどこが怒ってないんだ?」
「……だって」
むくれている頬をつついてやると、その指をきゅっと掴まれた。
「ここは、おれたちの思い出がいっぱい、いーっぱい詰まってる部屋なのに……」
「あー……でも、もう、おれが家を出てから15年以上経つし」
言うと、浩介はますますムクれた。
「でも、このベッドだってさ、初めて……」
「あー、いやいやいや」
いやいや、と浩介の腿をたたく。
「このベッド、南が出産で里帰りしたタイミングでマットレス買い替えてるからな。おれが使ってたものとは違うぞ」
「え、そうなの?」
「しかも、南だけじゃなくて、桜ちゃんも、守君も、西子ちゃんも、葵ちゃんも、うちに泊まりにくると、この部屋使ってるらしいからな。何も目黒さんが初めてじゃないぞ」
「………ふーん」
まだまだ、不機嫌なままの浩介……
せっかく仕事を早く切り上げてこちらに来てくれたというのに、このままでは帰宅してからも機嫌が悪そうだ。
どうにかしないとなあ……
「あー……えーと」
とりあえず、浩介が好きそうな話題を振ってみる。
「でも、この部屋で最後までしたことってないよな?」
「………あるよ。一回だけ」
「え、そうだっけ」
さすが浩介。抜群の記憶力。
「ホント慶って覚えてないよね……」
「お前が頭良すぎなんだって」
「違うよ。一つ一つが大切な思い出で忘れられないだけだよ」
すりすりと頬を撫でられる。くすぐったい。
浩介はその手を下ろすと、おれの手にきゅっと絡めて繋いだ。
「この部屋ではじめて、手、繋いだし」
「え、そうだっけ」
まったく覚えてない。
「………。この部屋ではじめて、触れるだけじゃないキスした」
「え、そうなんだ」
本当に全然覚えていない。
「………。この部屋ではじめて、慶のに触った」
「あ、それは何となく覚えてるぞ」
うんうん肯くと、浩介は、はああっと大きくため息をついた。
「慶って本当におれのこと好きだったの?」
「何を失礼な」
むっとして、軽く頬にパンチをくれてやる。
「おれはお前に一年以上も片想いをしてだなあ」
「ホントかなあ……」
「ホントだよ! って、あああ!!」
思いだした!!!
思わず叫ぶと、浩介がビックリしたように目を丸くした。
「な、なに!?」
「おれ、お前のこと好きだって自覚したの、この部屋だ!」
「え?!」
そうだそうだ!!
急に鮮明によみがってきた、あの時の光景……
「え、なにそれ? いついついつ?!」
「えーっと……いつかまでは分かんねえけど……」
断片的な記憶を何とか寄せ集める。
「なんかおれ、倒れて、お前が部屋に運んでくれて……」
「倒れてって、高1の文化祭の前の日のこと?」
え、そうだっけ?
「さあ?」
「さあって! 慶、前日にあそこの公園でバスケやってたら急に倒れたんじゃん!」
「あー……そうだっけ?」
「そうだよ!」
ホントに恐ろしい記憶力だな浩介……
「まーとにかく、倒れて、起きた時に、椿姉にお前への気持ちを話したら『それは恋よ』って断言されて……」
「え……」
知らなかった……とつぶやいた浩介の胸にトンと手の平を押しつける。
「で、言われたんだ。こうやって手、やってな。『あなたの思った通りにしなさい』って」
「え」
「で、お前が部屋に入ってきて……」
思い出す……
浩介の笑顔をみて『好き』と確信した瞬間……
「それで……?」
浩介が、泣きそうな嬉しそうな顔をしておれの頬に手を添えた。
「うん……それで……」
その手にそっと手を重ねる。
「それで、好きだって気がついた」
「…………」
慶、とつぶやくように浩介が言い……どちらからともなく、唇を合わせた。
この部屋でも何度もキスをした。いつでも、どんなキスも幸せで……
「慶」
「………」
コツン、とおでこをあわせる。
「慶、大好き」
「ん」
「大好きだよ」
「ん……おれも……」
もう一度、唇を合わせ………
「終わったーーー?!」
「!」
「!!!」
声と共にバーンとドアを開けられ、あわてて立ち上がると、目黒樹理亜がズカズカと中に入ってきて、いつものようにわーわー騒ぎはじめた。
「まさかラブラブしてたの?!」
「そうだよ。せっかくいいところだったのに……」
あっさり答える浩介。
「うそっ!もっと早く邪魔しにくればよかった!!」
「何それっ」
そして、いつものように喧嘩が始まる。
(………。仲良いよな……)
微妙に疎外感を感じる……。
浩介の一番仲の良い友人のあかねさんとも、浩介はいつもこんな感じの言葉遊びみたいな喧嘩をするんだけど、それがはじまるとおれはいっつも微妙に寂しくなったりするわけで……
わあわあ騒ぎながら出て行く二人の後ろ姿に着いていきながら、ふと部屋の中を振り返り……
(この部屋も色々なこと見てきてくれたんだよなあ……)
そう思って感慨深くなる。
今後も我が家で起こる色々なことを見守っていってくれるのだろう。
これから数日滞在することになるであろう樹理亜にとっても、良い思い出の残る部屋になってほしい。
「慶ー? どうしたのー?」
「んー今行く」
愛しい声に返事をして、おれは静かに部屋のドアを閉めた。
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お読みくださりありがとうございました!
寝落ちしてしまいましたっ。6時半に起きて慌てて続き書きました。今から投稿します!ちょっと遅刻……
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