2016年4月19日(火)
オレはなんてバカな勘違いをしていたんだろう。
出来ることなら、自分のことをもぐら叩きみたいにハンマーでガンガン叩いて、地中に埋まりたい気分だ……
「おー、潤子ちゃーん、久しぶりー。結婚おめでとー」
大人の色気たっぷりなスーツ姿で現れた峰先生。その容姿を裏切る軽い朗らかな口調。その場にいる人間の注目を集めることのできるカリスマ性……
峰先生を見るなり、その場にいた明日香さんと潤子さんが、パアッと表情を明るくした。
「ヒロ兄!」
「明日香ちゃんも久しぶりー。二人ともすっかり大人になったなあ」
「わーヒロ兄、全然変わんなーい。変わらなすぎてコワーイ」
「最後に会ったのいつだ?」
「私達の成人式の時に車出してくれた時以来じゃない? だから十……」
「いい。数えるな。計算して悲しくなるから」
「何それっ」
明日香さんと潤子さんに囲まれて軽口を叩いている峰先生のことを微笑みながら見ている戸田さん……
「………」
ああ、そうだよ……
オレは何を勘違いしていたんだろう。
戸田さんと友達以上になっても、結局、気持ちが離れて別れてしまうのが怖い。だから、友達のままでいい。なんて思っていたけれど……
(初めから、そんなことありえないんだった)
戸田さんの好きな人は、17年……いや、もう18年も前から、峰先生……ヒロ兄一人なんだ。そこにオレの立ち入る隙なんて一ミリもない。
(バカだなあ……オレ)
こんなバカな勘違いをしてるから、戸田さんにも距離を置かれてしまうんだ……
突然、ラインを読んでもらえなくなったのは、2週間ほど前のことだった。
最後の戸田さんからのラインは、『会えませんか?』と誘ってくれたのを、オレが仕事を理由に断り、それで、
『承知しました。お仕事頑張ってください』
と、返事をくれたものになる。
翌日の夕方、思うことがあって、ラインをしたのだけれども、いくらたっても既読が付かず……。
何かあったのだろうか、と心配していたところ、二次会幹事のライングループでのやり取りには、普通に書きこみがあったので安心した。
(じゃ、なんでオレのは読まれてないんだ?)
はじめは、読み落とされてるのかな? なんて気軽に思って、再度ラインを送ってみたけれど、やはり読んでもらえず……
(もしかして……ブロックされてる?)
気が付いて、ザーッと血の気がひいた。
先月、手を繋いで戸田さんの家まで送っていき、そこで『朝まで……』なんて口走ってしまったせいだろうか……
いや、そのあと2週間は普通にラインのやり取りをしていた。ただ、オレの中で、これ以上戸田さんと親しくなるのが怖い、という気持ちが働いて、若干よそよそしい文章になっていた気はする。でも、ほとんど今まで通りにやりとりしてきたつもりだ。
会えませんか、と誘ってくれたのに断ったから? いや、でも、それに対してはちゃんと返事をくれているし、だいたい、そんなことでブロックするような人ではない。
じゃあ、なんだ?
いや、それ以前に、ブロックされてるのか? どうなんだ?
(ブロックされているかどうかを確認する方法……)
ネットで検索してみたところ、ブロックされていた場合、相手のタイムラインは見れなくなるらしい……
戸田さんは滅多にタイムラインの投稿はしないけれども、バーベキューのスイカ割りの時の写真を投稿したことがあった。それが見れなかったら、ブロック決定だ。
(………………)
かなり緊張しながら戸田さんのラインのホーム画面に飛んでみると……
「あ、見れた」
スイカの写真が出てきて、ホーーっと体の力が抜ける。
(そういえば、この日に須賀君と潤子さんは出会ったんだよなあ……)
そして、オレはこの日、戸田さんのヒロ兄に対する気持ちに気がついてしまい、何となく戸田さんとギクシャクしたまま過ごしたんだった……。
あれから約8ヶ月……
須賀君と潤子さんは結婚に向けて準備を進めていて……そしてオレは。オレ達は……
『山崎さん、まだ結婚してないんだってねー? でも彼女はいるでしょ』
約2週間前の区役所共催のお祭りの際、麻実に聞かれ、「いない」と答えると、
「えー、噂になってるよー、最近山崎さんが色気づいてるって」
「………なんだそれ」
呆れて言うと、麻実はニッと笑って、
「私も会ってすぐそう思ったよ?」
「…………」
「元カノの目は誤魔化せないよ~?卓也くん?」
丸い目がキラキラしてる。この子、本当に変わってないな……。
麻実とは20代前半に一年ほど付き合っていた。
当時、同じ区役所に勤めてはいたけれども、規模の大きな区のため職員の数も多く、しかも違う部署で、階も1階と4階と離れていたこともあり、オレ達が付き合っていることを知っていた人は少ないと思う。
付き合っていた当時、弟はまだ中学生だったし、奨学金の返済もあったため、オレは気持ちどうこうよりも、実際問題として結婚なんてとても考えられなかった。でも、7人兄弟の真ん中っ子である麻実には、早く結婚して子供がたくさん欲しい、という夢があり……結局、オレ達は別れることになった。
別れてからわりとすぐに寿退職した彼女とは、今まで一度も連絡を取ったことはなかった。まさか、この区に住んでいたとは……。
彼女は、先月の出店ブース責任者の顔合わせは欠席していたため、当日、15年ぶりに再会して本当に驚いた。彼女の方は、代わりに出席した人から受け取った資料を見て、オレが担当であることを知り、会えることを楽しみにしてくれていたらしい。
少しも変わらない明るい麻実。今はもう、中学生の女の子1人と、小学生の女の子1人と男の子1人、それに幼稚園の女の子1人、の4人の母親だそうだ。今回のお祭りでは、小学校のPTA役員で出店している的当てゲームのテントの責任者をしている。なんだか不思議な感じだ。
「彼女、どんな人? ねえ、どんな人?どんな人?」
ねえねえねえ、と袖口を引っ張ってくる仕草まで昔と変わっていなくて、タイムスリップでもしたような気分になってくる。ちゃんと答えなければ解放してくれないということも、おそらく変わっていないだろう。観念して両手を「降参」というように上げる。
「だから、彼女じゃないって」
「でも、好きな人、なんでしょ?」
「…………」
黙ってしまうと、キャーっとバシバシ腕を叩かれた。……今、気が付いたのだけれども、麻実、目黒樹理亜とノリが似てる。だからオレ、樹理亜に妙に親近感を持ってたのか……。
「結婚、しないの?」
「結婚……ねえ……」
思わずため息をついてしまうと、麻実はアハハハハと大声で笑いだした。
「卓也くんの方こそ、あいかわらず、じゃん。考えすぎで行動できないとこ、変わってない!」
「………え」
考えすぎで行動できない……?
「仕事も慎重で丁寧で正確、だもんね。仕事はそれでいいけどさ、恋愛は慎重すぎるのも問題だよー?」
「………」
「ようはココですココ」
バンバンバン、と胸のあたりを叩かれた。
「ハートです。ハート。考えるな、感じろ、だよ」
「………」
自分の心に正直に……と言ったのは渋谷だったか……
みんな同じこと言うんだな……
「足踏みばっかしてたら、あっという間におじいさんになっちゃうよー?」
「………余計なお世話」
「確かに!」
昔と変わらない笑い声を立てられ、つられて笑ってしまう。
確かにな……あっという間におじいさんだ。
考えすぎ……自分の心に正直に……か。
(正直にいえば……)
戸田さんに会いたい。友達以上がどうとか結婚がどうとか、そういう難しいことを全部取っ払ってしまえば、残る気持ちはただ一つ。
(あなたに、会いたい)
だから、ラインを送ったのだ。
『今夜、二人で会えませんか?』
………でも、そのラインは読まれることなく、2週間が過ぎた。せめて幹事4人で集まろうとしたけれど、なかなか都合が合わず……
結局2週間たってしまった今日。
二次会の会場となるホテルの宴会場の見学のため、幹事4人と新郎新婦で集まったその席に……戸田さんは峰先生と連れだってやってきたのだ。
「峰です。菜美子の兄がわりなもんで、潤子ちゃんと明日香ちゃんとも二人がまだ若~い頃から……」
「ヒロ兄、失礼!私達まだ若いって!」
「おお!峰先生! 渋谷の病院の院長先生なんですよね?」
「え、渋谷のこと知ってるんだ?」
「高校の同級生っす!」
溝部も加わり、みんなで盛り上がっている中……
「………あ」
ジッと見ていたせいか、戸田さんと目が合った。でも、速攻でそらされてしまい……帰る時まで一切こっちを見てもらえなかった……
そして……
「じゃーまた、次は連休あたりに集合しよう!」
進行表の話も概ねでき、会場の見学が終わったところで、溝部がハイっと手を打った。
「じゃ、オレ、明日香ちゃん送ってくから、菜美……」
「ヒロ兄、一緒かえろー」
すいっと、戸田さんは端っこの方で電話をしている峰先生のところまで駆け寄ると、オレ達の方に手をふってきた。
「じゃ、またね」
「あ、うん。バイバーイ」
「ばいばい」
戸田さんに背中を押され、峰先生も電話をかけながらこちらに手をふって……そのまま二人は寄り添いながら、出ていってしまった。その間、戸田さんがこちらを見てくれることは一度もなかった。
「…………」
わかってはいるけれど……キツイ。これはキツイ。なんの罰ゲームだ。……って、オレが調子に乗ってたから、戸田さんが戒めのためにヒロ兄を連れてきたんだろうか……
「相変わらず、菜美子ってヒロ兄に懐いてるんだね」
潤子さんが、明日香さんを振り返ると、明日香さんは、まあねえ、と笑った。
「何しろ、初恋の相手だもんね」
「あーだよねー」
「え、そうなんだ? お前知ってた?」
溝部に聞かれ、コックリうなずく。すると心配そうに溝部がつぶやいた。
「さっきの感じさあ……、もしかして、菜美子ちゃん、今でも好きなんじゃ……」
「…………」
「…………」
「…………」
その場にいた誰も否定してくれなかった……
いや、知ってる。オレが一番知ってる。
戸田さんの好きな人は、ヒロ兄だって。そんなこと、知ってる。
知ってるけど……
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お読みくださりありがとうございました!
山崎の『今夜、二人で会えませんか?』のライン、未読になってますが、実は菜美子は読んでます。開かないでも読めちゃうので……
で、「なにそれ今さら!4人でって言ったくせに!女とイチャイチャしてたくせにーー!!」と余計にムカついてしまったのかと(^_^;)
で、「私が好きなのはヒロ兄だし!山崎さん関係ないし!!」と怒り続け、ついにはヒロ兄を会合に連れてきた、のかな?
そんな話が次回で書かれるはず……
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感謝してもしたりませんっっっ
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!
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