2016年4月23日(土)
『山崎君を励ます会を開催します』
と、溝部からふざけたラインが入ったのは、須賀君達の結婚式の二次会の打ち合わせの席に、戸田さんが峰先生同伴で現れ、オレが落ち込んで帰ったその夜のことだった。
日時は、その週の土曜日の夜8時。場所は渋谷と桜井のマンション。……って、勝手に決めてる。
『ちょっと待って!今、慶に聞くから』
あわてたような桜井のラインがすぐに入った。渋谷はラインをやってないため、桜井が二人分の窓口になっているのだ。
何往復かのやり取りの後、餃子パーティーをやることになった。
励ます会っていうのは意味が分からないけれども、まあ、餃子は楽しそうだからいいか………
約束の夜8時に、頼まれていた酒類を買ってマンションを訪れると、ダイニングテーブルで渋谷がひたすら餃子の皮を包んでいた。
「わ……さすが医者。器用だな」
「こんなの普通だ普通」
いや、我が家の餃子より、ヒダの数が断然多くて細かいぞ……
溝部がその横でケタケタ笑っている。
「渋谷のその指使い、なんかやらしー」
「あほか」
溝部のことを蹴りながら、包み続ける渋谷……本当に器用だ。
そこにムッとした桜井がキッチンから出てきて、容赦なく水餃子を入れた鍋を溝部の頭の上にのせた。
「人の彼氏のこと、やらしいとか言わないで」
「熱い熱いマジ熱いっ」
悲鳴をあげる溝部。笑う渋谷。
なんか……楽しそうだな……
一瞬、高校時代の教室に入りこんだような錯覚がした。一番楽しかった高校二年生……。
あの時と何が違うかな……中身は何も変わってない。ただ、社会人としての常識とか諦めとかそういうものを覚えただけ……
あ、あと。酒を飲めるようになったな。
桜井と渋谷が作業している横で、溝部はさっさと水餃子をつまみながら缶ビールを開けはじめている。
思わずボーっと三人の様子に見とれていたら、桜井にポンと肩を叩かれた。
「焼きもすぐ出るから、山崎も食べ始めちゃって」
「あ、ごめん。何かやることあったら……」
「ご飯食べたかったら自分でよそってくれる?」
言いながら台所に下がっていく桜井。主婦のようだ……
餃子の皮包みが終わった渋谷が、台所に向かって叫んでいる。
「こーすけー、皮余ったからあれ作りたいー」
「大葉ないけどいい?」
「チーズだけでいい」
「ハムも切る?」
あいかわらず、2人にしかわからない会話をする桜井と渋谷。ちょっと羨ましい……
結婚したらこんな感じなのかな……
(………)
ふいに、戸田さんの横顔が浮かんできて、あわてて首を振る。
オレもホントにしつこいな……。誘いのライン、2週間経ってようやく見てもらえたけれど、その後も何も返事はない。いい加減あきらめないと……
***
山のようにあった餃子を41歳男4人(渋谷は5日後、42歳になるらしい。「当日誕生パーティーやろう」と言った溝部の申し出を桜井が速攻で断っていた)でたいらげ、ソファー席に移動する。最後に桜井と渋谷で作っていた餃子の皮でチーズとハムを包んで揚げたものが酒のつまみにでてきた。
テキパキと動いている桜井を見て、溝部がため息をついている。
「あー……マジでオレ、桜井みたいな嫁が欲しい。文句言わず家事やってくれる嫁……」
「だからそれ言うと女性に怒られるって、委員長がいってたじゃん」
言うと、溝部は「でもさー」と続けた。
「やっぱり、『はい、あなたお茶』ってお茶だしてほしいじゃん。『今日の夕飯は自信作だよ!』とか可愛くいってほしいじゃん!」
「……………」
なんだその妄想は……。
でも、桜井と渋谷は顔を見合わせて苦笑いしている。……こいつらそういうこと日常的に言ってるんだろうな……。ため息をつきたくなってくる。
「あーオレも頑張ろう」
チビチビと缶を舐めている溝部。そんなに酔っているようには見えないけれども、少し酔っているのかもしれない。
「山崎も頑張れー? あ、そうだそうだ。今日は山崎を励ます会だったんだ」
「別に励まさなくていいよ……」
何を励ますというんだ……
「なんで? 菜美子ちゃんのこともう諦めんの?」
「諦めるっていうか……」
ひたすら無視されてるし……オレ嫌われたんだ……
思いだして、落ち込みそうになったところ、溝部がポンと手を打った。
「じゃあ、さ」
そしてニッと笑うと、オレの肩をバシバシと叩き、とんでもないことを言い出した。
「オレ、菜美子ちゃん口説いてもいい?」
「…………は?」
溝部の言葉が脳に達するのに少し時間がかかった。
口説く? 誰が? 誰を?
「何言ってんの……だって、溝部は明日香さんを……」
「明日香ちゃん、脈ないんだもんよー。この何ヵ月かそこそこ頑張ってみたけど、全然進展ないし。こりゃもう諦めて、菜美子ちゃんに鞍替えしようかと」
「……………」
鞍替え……?
「ほら、菜美子ちゃんの初恋って峰先生なんだろ?」
「…………」
「オレ、タイプ的には峰先生と似てるじゃん?」
「…………」
それは………そうだけど……
「だから、ちょっと押せば落ちるんじゃないかなって思ってんだよ~」
「落ちるって……」
溝部は楽しげに言葉を続ける。
「今までは明日香ちゃんいたし、山崎もいたから、菜美子ちゃんとはそんなに喋ったりしてこなかったけど、もう、オレがガンガン行ってもいいってことだよな?」
「……………」
「えーと、菜美子ちゃんて金曜と日曜が休みなんだっけ? ってことは明日休みか! 今から誘うか!」
「ちょ……」
おもむろに携帯を取りだした溝部。
「山崎、前にお前、夜に誘われたことあったよなー?」
溝部が画面をスクロールしながら言う。
「オレにも今から来てっていってくんねーかなあ」
「え………」
ドクン、と心臓が波打つ。
あの時、オレはヒロ兄の身代わりとして戸田さんを抱いて……
「あ、菜美子ちゃん、あったあった……」
溝部の指が一度止まり、再び動き出す。
「えーと……今、何してますか?」
「………」
頭の中で脈がグワングワンと膨張している。
溝部が……戸田さんと……?
「んーと……」
再び缶に口をつけ、テーブルに戻した溝部……。そんな、酒飲みながら………
「今から会えませんか……、と」
「溝部……」
そんな、鞍替え、とか、落ちる、とかゲームみたいに……
ふつふつと腹の奥の方に熱いものがたまっていく……
「えーと………オレだったら夜の寂しさを埋めて……」
「溝部」
夜の寂しさを埋める? ………ふざけんな。
思わず腕を掴むと、怪訝な顔で溝部が見上げてきた。
「何だよ?」
「そういう不誠実な気持ちで彼女に近づくのはやめてくれ」
「は?」
半笑いになった溝部。
「なにそれ? お前、なんの立場でそれ言ってんの?」
「なんの立場って……」
「お前、関係ないんだろ? ほっとけよ」
溝部は、バッとオレの腕を振りほどき、再び画面に打ち込みはじめた。
「あー、変換おかしくなったじゃねえかよ……えーと、夜の寂しさを……」
「…………」
戸田さんの潤んだ瞳を思い出す……切ない声を思い出す……
彼女がオレ以外の奴に抱かれる……?
「溝部」
「あ? なんだよ?」
画面を見たままの溝部……
「溝部……」
そんなことは許されない……
許されないんだよ……っ
「溝部!!」
「うわっ」
衝動的に溝部の胸ぐらを掴む。
「だから、やめろって言ってんだよ!」
「……何でだよ?」
溝部はまったく動じず、まっすぐ見つめ返してくる。
「何でお前にそんなこと言われなくちゃなんねえんだよ?」
「それは……っ」
「関係ないだろ?」
「……っ」
詰まってしまう。
関係ない。関係ないけれども……っ
「オレはお前と違って菜美子ちゃんと向き合える」
「…………」
「逃げてばっかのお前みたいなヘタレとは違うんだよ」
溝部が再び携帯に目を落とす。
「まあ見てろよ。すぐにモノにしてやる」
「やめろ……っ」
モノにする?
バカなこというな。許さない……
許さない……っ
目の前が赤くなる。頭が沸騰して何がなんだか分からないまま、溝部の胸ぐらを掴みあげた。
「彼女は渡さない……っ」
「わ、山崎……っ」
衝動のまま、驚いた顔をした溝部の顔面に向かって拳を振り上げ………
「はい。よくできました」
「!」
いきなり、振り上げた拳を後ろから掴まれ、つんのめりそうになる。
振り返ると、涼しい顔をした渋谷が立っていて……
「…………渋谷」
「渋谷、おせーよ!!」
オレに胸ぐらを掴まれたままの溝部が、渋谷に向かってがなりたてている。
「もっと早く止めろよー! ホントに殴られるかと思っただろー!」
「まあまあ」
桜井が、固まっているオレの手を溝部からはがしながら、笑って言った。
「名演技名演技。本当にムカついたから、殴られてもいいんじゃないかと思ったよ」
「バカ言うなっ何でオレが殴られなくちゃなんねーんだよっ」
わあわあ言う溝部……
これは……これは一体……
「山崎」
トン、と両肩を押され、その場に座らさせられる。
「今のが本音だろ?」
「…………え」
「戸田先生のこと、他の奴に渡したくないんだろ?」
「…………」
渋谷………
「一応言っとくけど、全部演技だからな?」
溝部がブツブツと言う。
「明日香ちゃんからも山崎と菜美子ちゃんをどうにかしたいって言われてるからさ」
「溝部……」
あれが演技だったなんて……すっかり騙された……
あんな風に人に掴みかかったり、怒鳴ったりしたのなんて、生まれて初めてだ……
「なんか懐かしー。おれもさー昔、慶が上岡と仲良くバスケしてるの見て、みんなの前で叫んだことあるー」
「うわ、そんなことあったな。忘れてたけど思い出した」
桜井がニコニコと言うのに、溝部がウゲーと返す。
「あれ、試合に負けて悔しくて叫んだんじゃなかったのかよー」
「違うよー。慶が他の人と仲良くするのがどうしても許せなくてさー」
桜井がちょこんとオレの横に座りこんだ。
「山崎も、許せないんでしょ?」
「…………」
「戸田先生のこと、好きなんでしょ?」
「…………」
でも……でも。
「山崎」
渋谷が、呆けているオレの胸のあたりを、トン、と手の平で突いてきた。
「言っただろ? 自分の心に正直にって」
「…………」
正直に……
正直に言えば、オレは……
「それから。今日の帰り際、峰先生から伝言頼まれた」
「え」
峰先生……ヒロ兄。
渋谷の聞き取りやすい声が、ぼんやりとしているオレの頭の中に沁み入ってくる。
「『今がチャンスだ。一気に攻めこめ』」
「………え」
チャンスって……攻めこめって……
「何それ……」
「知らね。それだけ伝えろって言われたんだよ」
肩をすくめた渋谷の横で、溝部が再びビールを片手に携帯のスクロールをはじめた。
「一気に攻めこめかー。あーオレもそろそろ本気で明日香ちゃんに攻めこもうかなー」
「そろそろって、今までは本気じゃなかったの?」
「いや、本気は本気だけど、強気にはいってなかったからさ」
「わーなんか大変だねー」
桜井が他人事のように言う。
「前に委員長も言ってたけどさ、この歳で恋愛一からはじめるって、精神的にも体力的にもきついよねー。おれ、慶がいてくれて良かったー。ね、慶もそう思うでしょ?」
「まあ、そうだな」
渋谷が苦笑しながら肯くと、桜井は蕩けるような笑顔になって、ソファーにつっぷした。
「あー……幸せ……」
「ウルセー!そこのバカップル、人前でイチャイチャすんな!」
「イチャイチャなんかしてねーよ」
「してほしい?みたい?」
「アホか」
「見たくねえよっ」
高校生のように、わあわあ騒いでいる三人を、来た時同様にぼやっと眺める……
本当に、この歳になってからの恋愛って大変で……
だからこそ、自分の心に正直に進むことを心掛けないといけないのかもしれない。
(……戸田さん)
もう一度だけ、チャンスをもらえるかな……
オレの気持ちを、もう一度だけ、伝えさせてくれるかな……
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お読みくださりありがとうございました!
溝部くん発案「山崎を怒らせて本音を引きだそう」作戦でございました。
慶君、可憐な容姿をしておりますが、喧嘩強いです。趣味筋トレなので、脱いだら相当すごいです。
この「たずさえて」企画初期段階から、慶の「はい。よくできました」は存在してまして。
ああ、慶ってやっぱりカッコいいなーと一人ニヤニヤしておりました^^
そういうわけで、山崎さん、3日後、ようやく意を決して告白しにいきます。
3日後になってしまったのは、ラインや電話はどうせ出てもらえないので、待ち伏せしかない!と思ったからでして。
火曜日は峰先生の病院の日。何時に終わるのか、慶に調べてもらえたんです。
ということで。その火曜日のお話を次回……
クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!
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