佐世子の体は小刻みに震えていた。その震えた右手で手紙をテーブルの上にゆっくりと置いた。涙を拭うことも忘れ、呆然と手紙を絵のように見ていた。
「どうして気付いてやれなかったのだろう」
佐世子自身にも聞こえない程の微かな声を漏らした。
大学のキャンパスの芝生に彩乃は寝転がっていた。隣で男子学生も同じ格好をしていた。春の午後の光を浴びながら、彩乃は両手を思い切り伸ばした。
「森川君もやってみなよ。気持ちいいから」
「ああ。吉川、この後、ネットカフェでも行くか?」
「残念だけど、3時限目は必修の授業なの」
「必修も何も、吉川が授業サボったところ見たことないんだけど」
「森川君、学生の本分は?」
彩乃がユーモアを交えた偉そうな口調で森川に問う。
「勉強と言いたいんだろ。吉川って変わってるよな。遊びが好きそうな顔してるんだけど、根が真面目というか」
森川が首をひねる。
「遊びが好きそうな顔ってどういうこと?」
彩乃は一応怒った顔を作ろうとしたが、込み上げてくる笑いがそれを邪魔した。
「もしかして将来、何になるか決めてるの?」
「そうだなあ。はっきりとは決めてないけど、法律に関わる仕事。だから受験も法学部しか受けてない」
「いや、俺なんかいろんな学部を受けたよ。経済学部、商学部、文学部。大学のレベルにはこだわっていたけど。それでいま、憲法だ、民法だって苦労してるよ」
「ダメダメ君だねえ」
「なんだと?」
彩乃は素早く立ち上がり、小走りに逃げると、早速、森川も追い掛け始めた。なかなか2人の距離は縮まらない。彩乃も森川も息を弾ませながら若い笑顔を浮かべている。まだ淡さを残した陽光が彼らに、より一層の輝きを与えた。(終)